吉本ばなな連載『和みの想い出』第1回
2020.02.14 COLUMN
子どもが小さいときに毎日通っていた日本茶喫茶には、大きな金魚がいた。
最初は金魚だと思っていなかった、絶対に鯉だと信じていた。
そのくらい大きかったのだ。
子どもはいつもその金魚の動きを飽きずに眺めていた。
そのお店のオーナーはとても優しくて、ベビーカーも全くいやがらなかったし、子どもやお年寄りに対する配慮は常にすばらしかった。
入り口から注文まで十五分くらいかかるお年寄りが来ても、根気よく話を聞いている店長さんやオーナーの笑顔を見ていると、こちらも和んだ。
そのお店は帰り際に、小さい子どもたちだけに、棒の先にきれいな青やピンクの星がついた飴を一本くれた。
合成着色料がどうとか、棒だから危険とか、そんなことを一切思い浮かべられないほどすてきな考え方で、子どもはいつもまるで宝物を手にしたように喜んだ。
店長さんがある日言った。
「ここでずっと働いていたら、小さい子がね、最初はものすごく目をきらきらさせて飴を喜んでくれて、だんだんベビーカーから立ち上がって自分で歩くようになって、自分で『飴ちょうだい』って言うようになって、そしてだんだんと飴に興味がなくなってきて、あんなにほしがっていたのに飴には目もくれずに出ていくようになる、そこまでをずっと見ることになるんですよね。だから、小さい子のきらきらがほんとうに一瞬のものなんだって思えて、飴をあげることができるのが嬉しくてしかたないんですよ」
うちのまだ小さい子にもそんな日が来るのかしら、信じられない、と思ったのが、つい昨日のことのように思える。
ある日金魚は天寿を全うして、水槽は空になった。お別れの言葉が貼ってあった。近隣の全ての人たちが淋しがった。
あれだけ大きくなると主のような風格が生まれていたからだ。
金魚が店の中をずっと見ていた、ただそれだけなのに、その視線の力の大きさに驚いた。
それからその水槽にはカメがやってきて、今のカメはすでに二代目である。月日がたくさん流れたのだ。
店長さんは辞めて独立し日本茶のお仕事をしているのだが、オーナーは健在で、私は今でも時間があるとそのお店に寄る。
うちの子どもはすっかり大きくなって、飴には全く興味がないが、そのお店で冬しか供されない柚子こぶ茶を何杯もおかわりする。
「もうやめなさい、いくらなんでも悪いよ」
と私が言うと、
「いいんですよ、こんなに飲んでくれてむしろ嬉しい」
とオーナーは微笑む。
巨大になって親の背をとっくに追い越したうちの息子の心の奥底には、きっとあの日の飴の輝きや巨大な金魚の思い出が眠っているのだろう。
変わるもの、変わらないもの、うつりゆくもの。
そんなものの中を駆け抜けていく、人生はあっという間だ。
そんなふうに心の奥底に沈んでいる美しい印象のかけらこそが、人の幸せの土台を作っているのだろう。
吉本ばなな
1964年東京都出身。1987年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞し作家デビューを果たすと、以後数々のヒット作を発表。諸作品は海外30数ヶ国で翻訳、出版されており、国内に留まらず海外からも高い人気を集めている。近著に『切なくそして幸せな、タピオカの夢』『吹上奇譚 第二話 どんぶり』など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた単行本も発売中。
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