某日、渋谷の空の下、写真家の平野太呂さんにお茶を淹れてもらった。
平野さんといえば、カルチャー、ファッション等の雑誌をはじめ、CDジャケットや広告などを手がけ、2000年代から活躍を続ける人気写真家の一人。
自身がスケーターで、スケートカルチャーとの関わりも深く、写真集『POOL』(2005年発表)と『FORECLOSURE』(2008年)は、アメリカ西海岸のプール付き邸宅にフォーカスを当てた名作。使われずに水が抜かれ、どこか侘び寂びすら感じるプールの写真には、“プールスケーター”たちの面影とアメリカカルチャーの光と影が浮かぶ。他にも、ロサンゼルスのハイウェイを疾走する自動車を捉えた『Los Angels Car Club』、メンフィスでエルヴィス・プレスリーのトリビュート・アーティスト(エルヴィスのそっくりさんたち)を撮った『The Kings』(いずれも2016年)など、独自の視点でさまざまなカルチャーを写真に刻んできた。
平野太呂さん
そんな平野太呂さんになぜお茶を淹れてもらったのか?
それは、「BYSAKUU」というアートと日本茶を融合させたプロジェクトに平野さんが参加したからだ。アート作品から受けたインスピレーションをテーマに、オリジナルブレンドのお茶をつくるというこのこのプロジェクト。第1弾ではコラージュアーティストの河村康輔さんの作品をモチーフに「CHAOS」、第2弾ではグラフィックデザイナーの北山雅和さんの作品をモチーフに「AWAI」というブレンド茶が生まれており、アーティスト×茶師というこれまでにないコラボレーションを味わうことができる。
こちらが「BYSAKUU 03 EXCHANGE」のパッケージ。アーティストの作品がプリントされた箱の中には1杯分(3g)に分けられた茶葉が封入されている。同じく作品がプリントされたTシャツも展開されているが、その狙いは「白いTシャツのような当たり前のアイテムとして茶葉を選び手に取ってもらいたいから」
そして第3弾、平野太呂さんと盟友ジャイ・タンジュさんの共同作品から生まれたのが「EXCHANGE」だ。
二人の写真家が撮り重ねた「多重露光」の写真。 それにインスパイアされ、二人の茶師がブレンドを重ねた「多重合組」の茶葉。
それらの意味するところを、平野太呂さんとのインタビューで紐解いていこう。
平野太呂さんとジャイ・タンジュさんの、写真による“往復書簡“
今回「EXCHANGE」として初めて発表された写真たちは、「多重露光」という手法で生み出された。まず、多重露光とは?
「多重露光っていう手法は昔からあるんです。一度シャッターを切ってからフィルムを巻かずにもう一度シャッターを切れるという多重露光のボタンがあったんです。でもそれは一人で完結するものだった。その遊び方を利用して、誰か別の人と多重露光をやってみようと始めたのがジャイで。彼がどこからその発想を得たのかはわからないんですけど、始めたのはたぶんジャイなんだと思います。ジャイは、プリントのエクスチェンジというのもやっているんです。印画紙に自分の住所を書いてジャイに送る、するとジャイがその住所に彼のプリントを送ってくれるという作品の交換なんだけど、それを展示にするとまさに“コミュニケーションの展示”という感じで、ジャイはそういうプロジェクトをやっていた。(今回の作品は)そのフィルム版。より難しいというか、技術が必要だし、時間もかかるからね」
一回撮影済みのフィルム。何を撮ったかの情報もない状態で二回目を撮影する。そのタイミングをいつにするか……何年も前のフィルムはタイムカプセルのような感覚も
一人が撮影し終えたフィルムを現像せずに、もう一人が再度カメラに装填し撮影する。二人が撮った景色が一本のフィルムに重なって記録される。それが多重露光の意味するところだ。
次に、アメリカ人フォトグラファー、ジャイ・タンジュさんとの出会いは?
「『POOL』を2004年に撮影していたので、その1〜2年前に出会ったんだと思います。サンフランシスコから移動して次の街がサンノゼで、スケーターたちがシェアしているスケーターハウスに行ったらそこにジャイがいた。ジャイのことはスケート雑誌のクレジットで名前を見ていたし、たまにジャイも(スケーターとして)載っていたから、僕はジャイを知ってて。『日本からプールの写真を撮りに来た』って言ったら興味を持ったらしく、すごく人懐っこいやつだから、その場で『一緒に行くよ』って。すごく自由。それから2、3日一緒にいたかな。そこからの付き合いですね」
もう20年近い付き合いになる。だが、直接会うのはこれまででも数えるほどなのだそう。その替わりに、写真プリントやフィルムのエクスチェンジが二人のコミュニケーション手段になっていた。
「SNSがまだ今みたいになってなかったから、新鮮っていうのはあったかもしれないですね。フィルムだけが送られてくるから、何が撮られてるかはわからないです。日常的にパチパチ撮ってるものだから、多分本人も何を撮ったか覚えてないと思う」
「見分け方としては、やっぱり僕が日本の風景でジャイがアメリカの風景。この馬は代々木ポニー公園で、こっち(黄色い上着の人物)がジャイなんですけど、同じ栗毛だったなみたいな。もちろんそれは偶然」
他には、平野さんの撮ったただの木に、ジャイさんが撮った有名スケートフォトグラファーのバンが重なっている写真。富士山にヤシの木と外国の家が重なった写真。ハロウィンの日にお化けの格好をした子供たちに、人の横顔のようなシルエットが重なっている写真。一つひとつ見ていきながら、これは何だ、あれは何だと考えてみるのも楽しい。中には、平野さんも首を傾げるものもある。
「ジャイは何を撮ったんだろうな? 人の顔にも見えるけど……。ジャイが逆光で撮ったりして暗かったところに、僕が明るいのをかぶせると、“露出のマジック”みたいのが起こるんですよね」
一応、感度は合わせるが、露出はバラバラだし、遠近感も、縦横も撮り方はランダム。カメラの機種によってフィルムの入れ方が異なるため、天地がずっと反対のフィルムもあったそう。
「ルールは何もない。だから何が起こるかわからないんだよね。カオスになるというか。いつも僕がプリントするので、ジャイが最初に撮るというのは変わらない。フィルムも『長巻き』っていうんですけど、一本繋がったままネガで現像して、最後に3:5の比率でどこを切り取るかっていうのを自分で選ぶことができるんです。なんとなく、最後のセレクトを僕がやった方がいいかなと思っていて、だからジャイが最初に撮ったのを僕がもらってという感じにしてるかな」
そうしてできた多重露光写真をジャイさんに送ってあげる。ジャイさんの反応はいつも一言なのだそう。
「ジャイはね、いつも“rad!”しか言わない。『やばいね!』みたいな意味なんだけど」
こうした“往復書簡”はフィルム7〜8本分交わされたそう。最近は久しく交換が止まっているのだそうで、「またやろうと思えばできるんだけど、お互い義務でやっているわけではない」という言葉の通り、あくまで自然体でやりとりがされていたというのも貴重だ。
同じ時代、同じフィールドで活躍する者同士の距離感は難しいものがありそうだが、「全然、そんなライバルとかそういうのになりたくないから。スケーターって、この前のオリンピックでも評価されてましたけど、誰かがチャレンジして失敗したら、すごいねっていろんな国の人が寄ってくるみたいな。ああいうところが、もちろんあるので」とさらりと話してくれた。お互いが撮った景色を重ねて楽しむというアイデアは、こうしたスケーターらしい精神も影響しているのかもしれないと感じた。
さて、写真作品について解説いただいたところで、「EXCHANGE」の茶葉の方をテイスティングをしていただくことに。
普段はコーヒーを飲むこともあればお茶を飲むこともあるという平野さん。自ら淹れていただいた。
「まじまじと(茶葉を)見たことなかったですね。色んな形だったりするんだね。本当に自然というか」
お茶にも好奇心をそそられた様子の平野さん。後編では、ブレンドを行なった茶師の多田雅典さんとリモート中継をつなぎ、お二人の対話から「EXCHANGE」の核心に迫っていきます。
平野太呂|Taro Hirano 写真家。スケートボードカルチャーを基盤にしながら、広告、CDジャケット、ファッション誌、カルチャー誌などで活躍中。作品には、廃墟となったプールを撮影した写真集『POOL』(リトルモア)や、様々なエルヴィスのトリビュートアーティストを撮影した『The Kings』(ELVIS PRESS)、ロスのハイウェイを疾走する様々な車を撮影した『Los Angels Car Club』(No.12 Gallery)など、 アメリカを舞台に撮影したものが多い。instagram.com/tarohirano77 Jai Tanju|ジャイ・タンジュ カリフォルニア州サンノゼをベースに活躍する写真家、スケートボーダーでありアーティスト。「Sb Skateboard Journal」などアメリカのスケートカルチャーを代表するメディアで活動中。フィルムで撮影プリントした写真を友人やスケート仲間と郵便で送り合ったことからムーブメントとなったPRINT EXCHANGE PROGRAMというプログラムも世界的に有名。
BYSAKUU|バイサクウ 茶葉が日常になかった全ての人に向けて、一服のお茶で繋がるコミュニケーションを提案するプロダクトブランド。アーティストとのコラボレーションを通じて、オリジナルの茶葉と白いTシャツを制作。茶葉をブレンドするのは大阪[多田製茶]。視覚と味覚を通して新しいお茶の楽しみ方を発信する。instagram.com/bysakuu jinnan.house/collections/bysakuu
Photo: Yutaro Yamaguchi Text & Edit: Yoshiki Tatezaki Coordination: Emiko Izawa