写真家の平野太呂さんに、お茶を飲んでもらっている。
平野さんとジャイ・タンジュさんという二人の写真家による多重露光の写真作品「EXCHANGE」(作者名は、二人の名前を合わせてJAI TARO)。それをイメージしたブレンドのお茶を、あらためて味わっていただいた。
そのお茶づくりについては、事前に二人の茶師にあらましを聞いていた。
フィルムを交換(エクスチェンジ)して、一人の写真にもう一人の写真を重ねるという手法にインスピレーションを受け、未だかつてないプロセスでお茶がつくられた。一人がブレンドしたお茶を、もう一人に送りさらにブレンドを重ねるという、言うなれば「多重合組」だ。
最初のブレンドを担ったのは、静岡[茶屋すずわ]の渥美慶祐さん。JAI TAROの作品を見て感じたことをブレインストーミング的にまず言葉に出すことから始めたという。
「懐かしいけど新しい」
「日常感」
「外国というエッセンス」
「境界線」
「レイヤー感」
写真から得られた感覚を、もう一人の茶師・多田雅典さんと言葉にして交換し合った。そのイメージを基に渥美さんが3種類の茶葉をブレンドし、多田さんに届ける。あえて未完を意識して角を残した渥美ブレンドを受けて、多田さんが最終形をつくるべくさらに3種類の茶葉を重ねた。
平野さんは一煎目をゆったりと飲みながら、お茶についての説明を聞いてくれていた。
平野 あぁ、美味しいですね。「角が取れる」って表現があったけど、二人が混ざると、お互いのツンケンしたものがなくなるのかなって感じますね。話を聞きながらだんだん思い出してきたけど、ジャイと一緒にやってみてすごくいいなと感じたのは、「俺はこうだぜ」っていう感じがちょっと減るんですよね。自分の写真だけど、自分の写真ではなくなるんですよね、いい意味で。そのポップな感じっていうか、気楽さもあるし、それをたまに求めたくなるっていうか……それは相手を選ぶんだけど。ジャイとはそれができるから、何か一緒に作ってみたいっていう気持ちの方が先に立つっていうか、プロセス自体がずっと楽しいので。
— 今、[多田製茶]の多田さんとzoomがつながりました。多田さん、ちょうど平野さんにお茶を飲んでいただいていたところです。
多田 本当ですか。ありがとうございます。
平野 2回目(2煎目)も結構しっかり色が出るんですね。美味しいですね。まろやかで。
多田 もう何よりです……ありがとうございます!
平野 さっき「境界線」という話も聞いたんですけど、僕もこの写真でそういう印象を受けていて。この写真に関しては、境界線を“越える”っていうより、僕は“曖昧にする”感じかなって思ってるんですよね。国境も越えるし、郵便でフィルムが運ばれてくる間に時間が経つので、時間も超えるし。長巻きのフィルム上でお互いの写真がずれたりしてるので、いつも囲われている写真のフレームも曖昧になるんですよね。そういう緩い気持ちよさみたいなのがすごいあるなって。お茶も、今聞いたんですけど、他の人と混ぜるっていうのは珍しいんですね?
多田 おそらく、商業ベースでこういった作業を行なったのは、日本で初だと思います。
平野 それはどうして今までなかったんですか?
多田 基本的には自社で完結する作業であることと、各お茶屋さんで「うちの味」というのがあって、それを大事にして商品をつくるというのがまずあります。
平野 そうなんですね。じゃあ、ちょっと面白い体験でしたか?
多田 めっちゃくっちゃ面白かったです!
平野 あぁ、よかった。
多田 マニアックな話ではあるんですけど、同じお茶屋さんでも扱っているお茶っていうのは各社全然違うんですよ。地域も違えば、会社としての好みも違うので、原料ベースがそもそも違う。全く違うものを掛け算するということで、正直、どんなものが完成するかイメージができなかったんです。
平野 なるほど。茶葉はどちらがどちらに渡したんですか?
多田 すずわさんの方にまず“パーツ”となるお茶を合組してもらいまして、私の方に送ってもらいました。
— 多田さんも平野さんも同じく受ける側でしたね。
平野 そうですね。面白い。受ける側はちょっと編集作業というか、バランスを取る作業というのが加味されてきますよね。仕上げるイメージというか。ちょっと役割は違うんだろうけど。
— 多田さんもそこで、普通に整える、まとめる方向性もあったし、さらに自分の個性を上乗せする方向性もあって、色々迷う点があったと伺っていますが。
多田 はい。おっしゃる通りでございます。最初にできたのが“まとめたバージョン”だったんですが、それだと、二人でやっている必要性があまり見出せない。すずわさんにも『こいつやりよったな』って思ってほしいというのもありまして、最後に僕が加味した要素をどこで出そうか、すごく考えました。
平野 なるほどね。そうですよね。
多田 実は、今回お茶をつくる前に、平野さんの『POOL』を拝見しておりまして。
平野 ありがとうございます。
多田 『POOL』のお茶って、すごくイメージできたんですよ。
平野 へぇ〜!
多田 JAI TAROさんっていうアートの中にも、どこか『POOL』に感じる青いレイヤーとか靄がかったような青さっていうのをお茶で表現したいと思いまして、最後頑張ってみたところです。
平野 ありがとうございます。すごいですね。そんなことができるんだ。
多田 香りでいくと、ちょっとミルクっぽい香りがしつつ、覆い香という海苔っぽい香りもしてくる。そういうザ・青!っていうお茶があるんです。全体の世界観を崩さないながらも、そのお茶をレイヤーとして差し込んでいくようなブレンドをしました。
平野 なるほどね。ブレンドしていくときに頭の中に漠然とイメージがあると思うんですけど、それはビジュアルになってるわけではないんですよね? それはもうちょっと味の方ですか。
多田 いろんなケースがあるんですが、私の場合は、漠然とした世界観をずっと頭のなかで考えつづけるんです。考えつづけて、それをできる限り言語化していく。それはもう曖昧で、「淡い色」とかっていうケースもあれば、「古い家具のようなイメージ」とか。そういったイメージを言語化していって、言語化していったものをさらに因数分解していく。こういった世界観であれば、こういった味や香りが必要だろうなという構成を因数分解していって、必要値を洗い出していって、必要なブレンドを考える。というような基準で考えております。
平野 へぇ〜。そういうのは知らなかったな。
— 平野さんにもお聞きしたいんですけど、作品づくりのときに自分なりの組み立て方というようなものはありますか?
平野 組み立て方ですか……基本的にあるのは、普段日常的に暮らしてるときに、なんとなく考えることってあるじゃないですか。それで何度も引っかかることがあったら、そういうことを大事にしておきます。それが何なのかなっていうのを考える。僕の場合、作品は本になるというイメージがあるので、こういう写真がつづいていくと一冊の本としていいだろうなっていうイメージが湧いてくると、これを撮りに行きたいとか、あれを撮影しようとか思えてくるんですよね。本の表紙とか手触りとか、そういうところまで想像が到達すると作品づくりに動けるんですけど、それが僕、作品つくるのが結構遅いので、何年かに一回しかないんです。先に頭の中にイメージがあって、それを補完する感じで撮りにいくっていう感じですね。なんとなく撮ってたものが作品になるっていうタイプの人じゃないと思います。
多田 私も平野さんに質問してみたかったことがあるのですが。作品をつくっているときに、無敵感というか、それこそ神が乗り移ったみたいな、そういう瞬間ってあったりしますか?
平野 無敵感……何ですかね。無敵だとかはあんまり感じないですけど、例えばこういうプールの作品だったら、「ここにカメラ持ってきて、フィルム入れてこうやってきた人はいないだろうな」っていう感覚とか…「僕しか気づいてないよな」ってことを思うときはあって。それでどんどんシャッターを押す指が進む瞬間っていうのはあります。「あ、なんか俺、すごく撮りたがってる」っていうか、どんどん撮れるところに来たっていう感覚はあって。それが僕の場合、例えばどこか僻地に行くとかそういうことじゃないんですよ。捨てられたプールとか、住宅街の裏のどぶ川だったりするんですけど、「みんなが見過ごしてるところを僕は今違う視点で見られてる」って感覚になると、すごく嬉しくてどんどん撮れる気がします。それが訪れるのは5、6年に一回ぐらいですね。
多田 ありがとうございます。そういったことを聞けてすごく嬉しいです。
— 『The Kings』もまさにそういう感覚が伝わってきますよね。
平野 エルヴィス・プレスリーさんのそっくりさんばかりを撮ったアルバムも出してるんですけど…。
多田 拝見しました。
平野 そういうのも、「え? なんでこれ誰も撮ってないの?」みたいな。「だったら、やらないとな」っていう。俺がやらないとなっていうよりも、世の中的にちゃんと見てあげないと、誰かちゃんとしたカメラで、フィルム入れて、プリントで納めておかないともったいないよなって思うことをやりたいです。
平野 お茶の世界のニューウェーブというか、新しい流れみたいなのは、今どういう感じなんですか?
多田 昔のお茶っていうのは、すごく高い嗜好品だったわけです。戦後になって嗜好品がどんどん生活品になっていったと。その一番わかりやすい例でいくと、ペットボトルのお茶があると思います。その流れの中で嗜好品としてのお茶っていうのは、どんどん減ってきてはいるんですが、一方で、お茶との距離が遠くなれば遠くなるほど、感性の鋭い若い世代とか、お茶に親しみがなかった世代が、逆にかっこいいとか面白いとか、深みがあるっていうことを再発見する流れはこれから大いにあると思います。
平野 全然違うところから、興味持ってお茶の世界に入ってきたりとか、そういうこともあるんですか。
多田 あります。煎茶の世界もそうですし、茶道の世界に関しても、若い世代からの注目が高まっているというのは感じます。
平野 なかなか伝統もありそうだし、業界もがっちりしていて入りづらそうっていうイメージですけどね。
多田 そうなんです。堅いイメージはあるんですけど、でもそう言っていられない業界の本音の部分もありまして。逆を言えばすごく入りやすいタイミングかなと思います。
平野 そうなんですか。何か資格っているんですか。
多田 全然必要ないです。本当に。例えば、明日から平野さんがお茶屋さんをしますって宣言してもらえれば、お茶屋さんです。
平野 それは写真家も一緒ですね。資格なしです。じゃあインディーズのお茶屋さんとかあるんですか。
多田 はい。すごく増えていますよ。それこそ、個人でブランドをされてる方もいらっしゃいますし、普段サラリーマンをしながら土日だけお茶の活動をしてるって方もいらっしゃいますし。
平野 へぇ〜! そうなんだ。全然知らなかった。
— すっかり4煎目まで淹れていただきましたが、お茶の味の方はあらためていかがでしたか?
平野 そうですね。甘みもあるし飲みやすいんじゃないかな。ツンケンしてない感じ。(多田さんに向かって)ありがとうございました。
多田 とんでもございません。めちゃくちゃ嬉しいです!
— [茶屋すずわ]の渥美さんからは一応、「お茶を飲んで感じたことがあれば、写真に撮ってもらえたら嬉しいです」っていうメッセージは昨日頂いていました。
平野 それはなかなか難しい課題ですね(笑)。機会があれば。それがこの写真ってことでいいのかな。コミュニケーションをテーマにしたお茶ということで思いついたものですし。でも、これがお茶屋さんたちにとっても面白いきっかけになったのであれば嬉しいです。僕からそうしてほしいとお願いしたわけではなかったけど、色々と汲んでくれて、僕らの作品のことを理解しようとしてくれたっていうのが嬉しいし、ご自分たちの仕事に置き換えたときに何ができるのか考えてくれたことがすごく嬉しかったです。
— アーティストとしては作品を分析されるのってどう感じるのかなというのは気になったのですが。
平野 正解はこれ、というのはないので。いろんな分析をしてもらえるのはすごく嬉しいですよ。僕とジャイのこのプロジェクトに、みなさんがお茶で関わってくれたことで、またレイヤーが増えたというか、多重層になったので、深みが出たなって感じがしていて、よかったと思います。ありがとうございました。
BYSAKUUから、おすそわけプレゼントあります
平野太呂さんとジャイ・タンジュさんの多重露光写真にインスパイアされ、二人の茶師が共同制作した特別ブレンドのお茶「EXCHANGE」を読者のみなさまにおすそわけします。本ページ末尾のアンケートフォームからご応募ください。
日本茶史上初の“多重合組”で生み出されたお茶を、JAI TAROのアートワークとともにお楽しみください。
プレゼントのご応募は終了いたしました。
たくさんのご応募、また記事へのご感想をいただきありがとうございました。BYSAKUUの茶葉やアートグッズはオンラインショップでお買い求めいただけます。引き続きお茶の時間をお楽しみください。
平野太呂|Taro Hirano
写真家。スケートボードカルチャーを基盤にしながら、広告、CDジャケット、ファッション誌、カルチャー誌などで活躍中。作品には、廃墟となったプールを撮影した写真集『POOL』(リトルモア)や、様々なエルヴィスのトリビュートアーティストを撮影した『The Kings』(ELVIS PRESS)、ロスのハイウェイを疾走する様々な車を撮影した『Los Angels Car Club』(No.12 Gallery)など、 アメリカを舞台に撮影したものが多い。
instagram.com/tarohirano77
ジャイ・タンジュ|Jai Tanju
カリフォルニア州サンノゼをベースに活躍する写真家、スケートボーダーでありアーティスト。「Sb Skateboard Journal」などアメリカのスケートカルチャーを代表するメディアで活動中。フィルムで撮影プリントした写真を友人やスケート仲間と郵便で送り合ったことからムーブメントとなったPRINT EXCHANGE PROGRAMというプログラムも世界的に有名。
BYSAKUU|バイサクウ
茶葉が日常になかった全ての人に向けて、一服のお茶で繋がるコミュニケーションを提案するプロダクトブランド。アーティストとのコラボレーションを通じて、オリジナルの茶葉と白いTシャツを制作。茶葉をブレンドするのは大阪[多田製茶]。視覚と味覚を通して新しいお茶の楽しみ方を発信する。
instagram.com/bysakuu
jinnan.house/collections/bysakuu
Photo: Yutaro Yamaguchi
Text & Edit: Yoshiki Tatezaki
Coordination: Emiko Izawa