• シングルオリジンの緑茶を愉しむ
    茶茶の間 直伝の
    お茶の淹れ方
    <後編>

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    お茶を淹れるという行為が一種のアートになる

    「単一農園、単一品種=シングルオリジン」の煎茶を提供する先駆けとして、多くの日本茶ラヴァ―に愛されている、[表参道 茶茶の間]。前編では、店主の和多田喜さんに香りを愉しむ淹れ方を紹介していただいた。後編で紹介するのは、味わいを楽しむ淹れ方だ。

    「味わいを重視した淹れ方は、冷茶です。この淹れ方は私が15年前にお店を始めるときに考案しました。もともと日本茶には水出しの文化がないんです。理由は簡単で、煮沸しない水は衛生的に問題があることが多かったからです。茶葉に関しても、流通時に外気に晒されたりと、そこまで衛生面の担保がなされていなかった。しかしここから水も茶葉も格段に品質が向上され、衛生的になりました。そこで水出しという飲み方が可能になったのです。一方、ペットボトルでは冷たい緑茶が市民権を得ていき、ガラスメーカーのハリオさんが2013年に水出しボトル(フィルターインボトル)を発売してからは一般家庭での水出し緑茶も市民権を得ましたね」

    「味わい」編でも前編と同様、香駿(こうしゅん)品種の「咲耶」(左)、やぶきた品種の「秋津島」(右)の2種を飲み比べ

    では「秋津島」で、水出し煎茶のお手本を見せていただこう。用意するのは熱湯編と同じく急須、湯呑み、そしてお湯、それに加えて氷水だ。

    氷水で淹れる、味わい広がるシングルオリジンの煎茶

    今回は茶葉8gを氷水(氷は入れない)40mlで淹れていく(2人分)。浸出時間は3分ほど。

    上の写真の黒い茶器のように器にたっぷりの氷で水をしっかりと冷やしこむ。その間に、茶葉を分量通りに量り、急須に入れて平らにならす。

    氷は入れずに冷たい水のみを茶葉全体に染み渡らせるように急須に注ぐ。蓋を開けたまま3分間置く。茶葉が水を吸って、徐々に形を広げていく。「いいお茶は見た目も綺麗なんですよ。どういう風に開くか楽しみになる」と和多田さん。

    ブレンドの煎茶を冷水で淹れると、茶種のばらつきから雑味が出ることもあるが、最適な状態で作られたシングルオリジンの煎茶ならばごく低温でもクリアな旨味だけが抽出される。冷水仕立てはシングルオリジンならではの愉しみだ。

    こんな風に葉が水分を含んで少し膨らみ、開ききる前の状態が抽出のタイミング

    お茶を注ぐ前に、もうひと工程。器を熱湯で温めるのだ。暑い夏は冷たいまま飲むのもいいが、まだ少し肌寒い春の日は、このように器を温めることでお茶の温度を少し持ち上げる。少し温度を上げることで、口当たりがよくなるだけでなく、より明確に香りを感じることができる。同様に湯呑みも温めておき、お茶を注ぐ直前にお湯を捨てる。

    冷水の場合、急須に蓋をする必要はないという。静かに茶海に注ぎ入れ、最後の1滴まで落とす。熱湯で淹れたときと同じく、急須を振って無理に水分を絞り出すことはしない。渋みの原因になるからだ。上の写真から茶葉が片方に寄ったりしていないことがわかる。このように茶葉にストレスをかけずに浸出することで、クリアな旨味や甘みの冷茶を淹れることができる。

    秋津島の冷水仕立て。濃縮した淹れ方でも雑味なく飲めるのはシングルオリジンならでは

    ほのかに温めたことで、香りも楽しめる。熱湯で淹れたときの印象との違いに驚くはずだ。強い旨味の骨格、上品な甘味。煎茶の概念が覆される。

    咲耶の冷水仕立て。色味はより儚い新緑色。水色の印象に違わず、のびのびとした健康的な葉の味がする

    2煎目、3煎目を常温の水で楽しむこともできる。少しずつ違う表情を見せる煎茶の多面性にきっと魅了されていくだろう。

    17年ほど前は、まさか日本茶に「人生を突っ込む」とは考えていなかった、と和多田さんは言う。「学生の頃から、飲食業界に興味を持っていました。当時もお茶が好きだったのですが、どちらかというと紅茶や中国茶が好きで、恥ずかしながら日本茶にはそれほど興味がない部分もありました」と話す。

    ところが、ある日本茶カフェでたまたま単一農園の煎茶を飲むことがあり、衝撃を受けたことが、一気に日本茶に向けて探究心が傾くきっかけとなる。

    「それを飲んで、いかに自分が無知で愚かだったかと気づかされました。そこから直観というか、勢いで」

    幸運な縁が重なり、茶問屋、生産者とつながり、店舗物件も見つかった。それはまるで、お茶の神様に使命を授けられたような気すらした、と和多田さんは振り返る。これまでの流通では不可能とも思われた茶茶の間好みのシングルオリジン茶葉が、生産者、そして問屋の協力のもと作ることができたのだ。

    少し前まで、紅茶やコーヒー、中国茶に比べ、煎茶を淹れるという行為が特段ポジティブなイメージで語られることは多くなかった。昭和の時代には「お茶くみ」と表現され、家庭では妻や母の、会社では女性社員の奉仕労働という象徴ですらあった。

    ところがペットボトルのお茶が市民権を得たいま、「お茶くみ」文化はとうに終わりを告げて、やっといま、純粋に「お茶を淹れるのが楽しい」と思う若い人が増えてきたように感じる、と和多田さんは言う。

    「ペットボトルでしかお茶に触れてこなかった若い人が、急須を使ったらどんな味がするんだろうと興味をもってくれています。茶心をもって淹れるということに愉しみを感じてくれていて、そこに大きな可能性を感じています」

    一杯のお茶を淹れる。それは作業にもなりうるし、絵を描くのと同じような芸術的行為にもなりうる。

    「五感を研ぎ澄まして、温度や湿度を感じながら、お茶を淹れる。その行為はアート足りうると思っています。そう思ってくれる人が増えたら楽しくなりますね」

    人間の五感を刺激するものをアートと定義するならば、煎茶を淹れる行為はとても面白いアート活動といえるのではないか。静かな所作の中に大きな自然が映し出され、山の中に吹く風が、空が、木が感じられるのだから。

    表参道 茶茶の間
    生産者、お茶問屋と対話を重ねながら、煎茶の楽しみをアップデートし続ける日本茶カフェ。カフェでいただけるオリジナルのお茶と洋菓子の組み合わせにファンも多いが、現在は臨時休業中。記事中で紹介した煎茶はオンラインショップで購入することができる。
    chachanoma.com
    www.instagram.com/chachanoma_omotesando (Instagram)

    Photo: Eisuke Asaoka
    Text: Reiko Kakimoto
    Edit: Yoshiki Tatezaki

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