• 熊本[お茶の富澤。]富澤堅仁さんを訪ねて
    茶農家・お茶屋として自分がもっとできること<前編>

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    こちらのインタビューの一部が音声(Spotify)でも公開中

    ついに熊本へ、富澤さんとの再会

    2020年1月、東京ミッドタウン日比谷で開催された「国産お茶フェス」で出会った熊本の茶農家・富澤堅仁けんじ さん。会場で振る舞っていたお茶「奥豊か」の、はつらつとした旨味には「こんなお茶があるのか!」と目を見張らされた。そして、インタビューでお話を伺うと、富澤さんの熱く、まっすぐな人柄にまた「こんなお茶農家さんがいるのか!」と目から鱗が落ちる思いだった。

    その際のインタビュー「お茶に救われ、お茶に夢中になった富澤堅仁さんのライフ」はこちらからご覧いただけます。
    前編 https://www.chagocoro.jp/article/456.html
    後編 https://www.chagocoro.jp/article/460.html

    その後、オンライン取材でお話を聞く機会こそあったものの、熊本・益城町[お茶の富澤。]の茶畑にはなかなか行くこと叶わず早2年半。この度ようやく念願叶って、熊本で富澤さんと再会することができた。

    今年の新茶は、そして今の富澤さんが見つめる茶農家としての未来とは。

    熊本市と阿蘇山の間あたり、熊本空港からは車でちょうど10分という距離に[お茶の富澤。]の製茶工場と自社運営のお茶屋[Greentea.Lab(グリーンティーラボ)]はある。

    7月14日で4周年を迎える[Greentea.Lab]は、「日本茶の淹れ方、飲み方、可能性を研究する場所」として富澤さんがオープンさせた日本茶専門店だ。この日は平日だったが、お昼時には駐車場はほぼ満車状態。多くが約50分の距離にある熊本市内からだが、島根県から4時間かけてはるばる訪れるお客もいるのだとか。

    季節のメニュー、この日は茶蕎麦(写真左)の他に冷やし煮麺にゅうめんが夏の陽気の中訪れたお客の口を喜ばせていた。他にもスイーツやお酒メニューまで。はるばるお客が訪れるのも納得の充実度だ。

    「もともとお茶と一緒にフードも展開する予定ではありましたが、ここまで豊富になるとは」と、富澤さんは笑う。

    自店舗でお茶を活用するだけではなくて、最近では市内の日本酒居酒屋と“日本酒×日本茶”の掛け合わせや、“お茶チェイサー”(お酒を飲む際のお水に代えて水出し茶を飲む)などのアイデアを実験しているという富澤さん。

    「お茶には可能性しかないと言っていますが、お店にたくさんの方が来てくれたり、お茶を使ってくれるお店が増えたりと、本当にそうだなと思いますし、ここ数年でより自信が強くなりました」

    お茶屋さんには未来しかない

    富澤さんに淹れていただいたのはもちろん「奥豊か」。品種はおくゆたか、かぶせの蒸し製玉緑茶。“かぶせ”というのは栽培中の茶の葉に7~10日ほど寒冷紗かんれいしゃと呼ばれる布などで覆いをして日光を遮り、渋味の成分(カテキン)の生成を抑える栽培方法。また、九州地方に多い玉緑茶というのは、茶葉を細く撚り上げる精揉工程が省略されているため勾玉のような形になっているお茶。深蒸しで、しっかりと深い緑色が出るのも九州のお茶らしい特徴だ。

    「このお茶の淹れ方として自分がおすすめしているのは、こうして振って淹れる方法です」

    60〜70度のお湯で60秒待った後、急須を3回4回体の前で円を描くように回す。注ぐ際もイチ、ニ、サンと素早く急須を返す。さらに急須を回し、返しながら注ぎを3セットほど繰り返して淹れ切った。

    普通、茶葉から雑味が出ないように急須は振らずに注ぐ、というのが“美味しいお茶の淹れ方”と言われるが、富澤さんはこれでもかと言わんばかりに振る。

    下が振って淹れたもので、上が振らずにいわゆる普通の淹れ方をしたもの。色味にもはっきり違いが見て取れる。「振らず」の方もすっきりとクリアな香りを感じさせつつ旨味もしっかりとあり「奥豊か」らしさを感じられる

    「俺としては、苦味渋味、雑味と呼ばれる部分まで引き出すことでこのお茶は完成すると思っているので、こうして振って淹れる方法をご紹介しています。このお茶はかぶせてあるので、苦味渋味より旨味が圧倒的に勝つような茶葉になっているんです」

    だから雑味と感じるのではなく、旨味の“厚さ”が出る、そんな感じがする味だった。2年半前の衝撃的な味を思い出しながらも、舌に重く残る渋味がなくすっきりとした優しさも感じていた。そこにはここ1年取り組んでいる有機転換の成果が出ているのかもしれない、と富澤さんは教えてくれた。

    まだ転換期ではあるが、[お茶の富澤。]では今年の新茶からすべて有機栽培を実践している。

    「今の時代、SDGsという話もあるなかで、化学肥料で旨味を作るというやり方をしていていいのだろうかという思いもありました。有機は野放しというわけではなく、ひとつの栽培手法としてしっかりとしたお茶づくりをして、旨味も苦味も渋味もバランスの良い旨いお茶を作っていきたいと。今年のお茶は全体的に軽いお茶になりました。仕立て方や育ち方という理由もあるのですが、より日常に飲んでもらいたいお茶になりました」

    日常に似合うお茶は富澤さんが目指すお茶像の一つだ。[お茶の富澤。]のロゴマークになっている「〇〇と、◯」にその思いが詰まっている。

    「“まるまるとまる”と読むのですが、『と』は富澤の頭文字であり『富澤のお茶』という意味を込めています。何かと何かの間にお茶がある。人、もの、思い。何かをつなぐためにお茶はある。お茶で一息ついての『、』も入れました。お茶は主役にもなれると思いますが、潤滑油的に『間』をつくって、何かをつなぐ存在であってほしいと思っています」

    たしかに、「奥豊か」は力強さもあって主役にもなれるけれど、飲み疲れせずにすっと入ってくる爽やかさもある。

    「うちのお茶は、すっぴんのようなお茶です。元気に砂浜を駆けていく女の子のような」と富澤さんらしい言い回しにも頷ける。

    「奥豊かはどんな料理に合うかと聞かれて、思いついたのがカレーでした。妻お手製のキーマカレーと奥豊かの冷茶。スパイスのクミンが、奥豊かの余韻を伸ばしてくれるんです。スパイスカレーの強さに負けない奥豊かの強さで」

    妻・知春さんが前の晩に仕込んでくれていたキーマカレー。野菜の甘みとスパイスの香りがバランス良い。お店のメニューにはないのが惜しいほどのお味

    夏らしいセットに気分が上がる!
    カレーを食べて水を飲むのとは違う、身体に流れる気持ちよさがお茶にはある気がする。

    お茶って、人が思うよりもいろいろな楽しみ方がある。
    お茶と◯◯という掛け合わせで、多くの人が喜ぶような可能性があると感じさせてくれる。

    「最近では俺は『お茶とサウナ』ですけど、そうやってまだまだお茶って面白くなっていくだろうし、可能性も広がっていくと思います。お茶と日本酒もそうですし、お茶の需要ってもっと増えてくる。お茶屋さんには未来しかないってずっと言っていますけど、ほんとにそうだなと思っていて。10年前の自分に今の状況を見せてあげたいくらいです」

    でも、未来を感じられると心から言えるお茶屋さんばかりではないことも富澤さんはわかっている。お茶づくりの現場には大変なことの方が多い。

    それでも富澤さんがお茶をつくりつづける理由、次のチャレンジ、その先の夢は。後編ではお茶づくりの現場を見せていただきながら、さらにお話を聞く。

    富澤堅仁|Kenji Tomizawa
    熊本県上益城郡益城町で栽培・製茶・販売を行なう[お茶の富澤。]の4代目。震災後は地域に残る唯一の茶園となったが、意欲的な茶葉づくりで全国に熊本のお茶の魅力を発信している。人と人、食事とその空間、たくさんの何かを繋ぐ存在としてお茶を考え、お茶屋[Greentea.Lab(グリーンティーラボ)]も運営する。
    ochanotomizawa.co.jp
    instagram.com/greentea.lab (Greentea.LabのInstagram)

    Photo: Yutaro Yamaguchi
    Text: Yoshiki Tatezaki
    Support: Kensuke Kakuno and Keisuke Mizuno

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