• お茶を淹れる技術と表現力を競う
    「淹茶選手権 2023」決勝の模様を全編ハイライト!

    SCROLL

    お茶を淹れる技術を競う「淹茶えんちゃ選手権」という大会があることをご存知だろうか?
    昨年2月に初めて開催され、今年2月19日には第2回目となる「淹茶選手権 2023」決勝が東京・大手町で行われた。

    コーヒーの世界では、「ワールド・バリスタ・チャンピオンシップ」や「ワールド・ブリュワーズ・カップ」といった世界的な競技会が存在し、コーヒーを淹れる人々が切磋琢磨する土台となっている。

    日本茶の世界において、こうした競技会が生まれたことは一つのブレイクスルーと言ってもいいのでは――。「世の中に“お茶を淹れる人”に着目してもらうこと」を目的とする淹茶選手権の決勝を現地で取材させていただくと、そうしたポテンシャルを感じることができた。

    さて、まずは「お茶を淹れる技術を競うとは?」「どんな大会なのか?」
    大会をハイライト的に振り返り、そうした疑問に答えていきたい。

    全員が同じ茶葉を使う「課題茶部門」

    淹茶選手権の出場者は、2回の淹茶(=お茶を淹れる行為)を披露する。「課題茶部門」と「フリースタイル部門」という二つの部門でお茶を淹れるのだ。大まかにイメージをしていただくならば、フィギュアスケートでいう「ショートプログラム」と「フリースケーティング」のようなものといってもいいだろう。より適当な例としては、コーヒーのブリュワーズ・カップにおける「必修サービス」と「オープンサービス」というルールに近い。技術を客観的に評価しながら、感性や表現力といった個性も総合的に審査できるルールづくりを目指していることが伝わってくる。

    最初の課題茶部門では、全員が同じ茶葉を使ってお茶を淹れる。また、使用する急須と湯呑みも同一のものを使う。

    こちらが課題茶の茶葉。今年は大阪の[多田製茶]が手がけた

    50gの茶葉が決勝1週間前に各出場者に届けられる。産地や製法に関する説明は与えられず、「これがどのようなお茶なのか」を考察することもパフォーマンスの一部となる。淹れ方はもちろん出場者に委ねられるのだが、はたして1種類の茶葉が5名の出場者によってどのように表現されるのか。それが課題茶部門の一つの見どころといえる。

    トップバッターを務めたのは山本睦希さん。神奈川県に[逗子茶寮 凛堂-rindo-]を営む

    「きらきら輝く、卓越した光沢とツヤ。きれいな形状から、上級煎茶以上の茶葉だと見受けられました。香りは青草やハーブ、大草原を想像させます。それから花のような香り、海苔のような旨味、その奥には石灰や火打石のようなミネラルの香り。壮大なミネラルと清涼感、プラス旨味を引き出して一煎を淹れたい」

    茶葉の印象を言語化するところからスタートした山本さん。湯呑みに入れて審査員に出すのは1煎目ではなく2煎目だと話しながら手を動かす。ポイントは1煎目をスプレーボトルに入れたこと。「一口目はそのまま湯呑みから(2煎目を)。二口目にスプレーを2プッシュ、三口目に4プッシュして、旨味をプラスして味わっていただければ」と、このお茶のポテンシャルを伝える独自の淹れ方・飲み方を提示した。

    スプレーボトルに1煎目「テアニンアブソリュート」を入れる山本さん
    審査員は規定の評価項目に従って一人ずつ点数をつけていく。小幡一樹さん(ヘッドジャッジ、日本茶インストラクター)、田代亮平さん(日本茶インストラクター、[日本茶専門店蘊-on-])、土井克朗さん(UCC コーヒーアカデミー)という3名の審査員が厳正に審査
    2人目の川端綾子さんは、名古屋でインテリアショップ[interior essence]を営みながら、日本茶活動家としての顔も持つ

    「1煎目・2煎目の味わいの違い、また温度によっても味わいの違いが大きかった。衝撃を受けたその“違い”に焦点を当てます」と話しながら淹茶を始めた川端さん。「ほっこりと天津甘栗のような甘さ」を意識し低温で淹れた1煎目につづき、2煎目は熱湯でさっと淹れ「このお茶が持っている渋味」を表現した。

    3人目、神﨑悠輔さんは前回大会につづいてのファイナリスト

    「調べれば調べるほど楽しいお茶でした」と話す神﨑さんは、解説資料を携えてのパフォーマンス。茶葉を自らふるいにかけて“解剖”していったところ5種類の茶葉のブレンドだと推察したという。「5人の個性的なメンバー」の良いところを引き出し、悪いところが出ないように丁寧かつ流麗な所作で一杯を淹れた。

    神崎さんの一杯。解説を聞きながら淹れる姿を見てるとぜひ飲みたいと思ってしまうが、実際のお茶は審査員だけしか飲めない。ただ「この人のお茶を飲みたい」という思いを抱かせることは、この大会の一つの意義
    4人目は、日本茶インストラクター(2期生)の畑寿一郎さん。モニターの映像はYouTubeでライブ配信された

    「優れた合組ごうぐみ茶は、喩えるならば名人が設計したような日本庭園のようだ。今回の課題茶を飲んでそのように感じました」と切り出した畑さん。「名園は眺めるだけでも美しいと感じられるが、その裏の意図を探るとより深く楽しめる」と、比喩を交えながら合組茶(=ブレンド茶)へのアプローチを考えたそう。そして「淹れ方も“合組”してみようと思った」と語った通り、低温で淹れた1煎と、別の急須で高温で淹れた1煎を湯呑みの中で合わせた一杯を提示。旨味、渋味、清涼感といった複雑な味わいを表現した。

    5人目は、福岡から出場の今村由美さん。[茶時遊空間]という移動式茶席とともに各地でお茶を淹れている

    「とても面白いお茶だと思いました。玉露のような、青のりのような香りを一番に感じましたが、淹れた時に火香を感じたのでいつもと違うお茶だと」と、玉露が有名な福岡・八女らしい視点で考察。「煎を重ねると変化する味わいを、『月夜の宴』と名付けて淹れたいと思います」とテーマを設定。1煎目、2煎目、3煎目、それぞれ味わいの狙いを定めつつ一杯に重ね合わせた。金色の水色を月に見立て、桜の花も添えた。

    このように同一の茶葉を使っても各自の個性がはっきりと表れる「課題茶部門」の淹茶となった。各自10分の持ち時間があっという間に感じられるほど、皆さん伝えたい言葉に溢れている様子。

    次に「フリースタイル部門」へと移るが、こちらもより一層個性的かつ濃厚なパフォーマンスの連続となった。

    「自然」というテーマを自由に表現するフリースタイル部門

    「フリースタイル部門」はその名の通り、自由なパフォーマンスが求められる。茶葉も茶器も自由。ただひとつ、設定されるテーマに則って構成を考え、お茶で表現をする。今大会でのテーマは「自然」。なるほど抽象的で、各自の世界観が試されそうだ。

    演技順は課題茶部門と同様。山本さんは、静岡・玉川地区にある[志田島園]佐藤さんのお茶づくりが今回のテーマに合うと考え、同氏がつくる在来品種の紅茶をベースにした一杯を淹れた。バーライクな作法で淹れる姿が印象的。京番茶を香り付けの副原料として用い、グラスをリンスしたり、紅茶の上から加えたりと「お茶を淹れる」というイメージを広げるようなパフォーマンスを見せた。

    京番茶は「刻音(ときね)」というティードリッパーで抽出。ウイスキーを注ぐかのようにジガーカップを使った

    川端さんは、京都・和束わづかで自然農を行う[製茶房 嘉栄]林嘉人さんの茶葉を持参。その畑の土もディスプレイし、自らキャンプに行く時に持っていくという巾着袋から茶器を取り出すところからスタート。自らのインテリアショップで茶器を扱っていることもあり、道具のセレクトも興味深い。常滑の急須職人・村田益規さんのワイングラス型の急須で在来品種の力強さを2煎で表現した。

    60℃と低めの湯温で淹れた1煎目は小さな茶杯で
    2煎目は香りも楽しんでほしいと大きめの湯呑みで。

    神﨑さんは、愛知・豊橋市で40年来無肥料無農薬でお茶づくりをする[ごとう製茶]の「べにふうき」をセレクト。「自然茶とは何か?」という問いを後藤さんに投げかけ、安全〜芸術までに至る自然茶のグラデーションを解説しながら、“三煎重ね出し”というオリジナルの淹れ方で、味香りのバランスを追求した一杯に。

    畑さんが選んだ茶葉は、滋賀・政所まんどころの平番茶。自然の豊かさも厳しさもある政所の風土を、フリップを用いて説明しながらお茶を淹れていく。およそ600年におよぶ歴史があること。高齢化が進み、さらに機械化ができない環境で、幻のお茶と呼ばれること。そこで受け継がれてきた平番茶のやさしい甘さ、煮出してもえぐみが出ずすっきりした喉越し。「課題茶が緻密に計算された日本庭園と言ったが、平番茶はありのままの自然なお茶だと思う」という対比もわかりやすく、素朴なお茶に惹かれた。

    茶碗を拭く所作も美しかった
    審査員の土井克朗さん

    最後のパフォーマンスは今村由美さん。「星野村の八女伝統本玉露の世界にお招きしたいと思います」と、自らの移動式茶席を登場させ、背後のスクリーンで八女の映像を流し、会場を一気に今村さんの“ホーム”へと誘なった。自然仕立て(枝を刈り揃えず、自然のまま伸ばす)であることが条件の八女伝統本玉露を、凝縮した旨味の一杯からほっと一息つくお茶らしい一杯まで3煎に渡って差し出した。

    お茶、お茶、お茶に次ぐお茶……。

    一口にお茶と言っても、これほど広く、深いものなのだとあらためて感じさせてもらった。

    さて、淹茶選手権は全演技を終え、審査発表へ。五者五様の淹茶はどのような結果になったのか――。後編で詳しくお伝えします。

    淹茶選手権|Encha Championships
    淹茶のプロフェッショナル達が一同に介し、その年度の最も優れた「最優秀淹茶賞」の獲得を競う選手権。「課題茶部門」と「フリースタイル茶部門」の二つの競技の合計得点で競われる。
    instagram.com/enchakeikaku
    encha.jp/championships/淹茶選手権-2023

    Photo by Tameki Oshiro
    Text by Yoshiki Tatezaki

    TOP PAGE