• 渋谷・神山町 [かんたんなゆめ 渋谷]寿里さん<前編>新たな街で和菓子をよりカジュアルに楽しんでもらうために

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    この春オープンしたばかりの和菓子屋カフェ[かんたんなゆめ 渋谷]を訪ねた。取材時は忙しいオープン直前の時期だったにもかかわらず、快く対応してくれたのは店主の寿里じゅりさん。

    彼女が作る可愛らしくも美しい練り切りが評判とのことなので、早速寿里さんにひとつ練り切りを作っていただけないかお願いした。

    練り切りは、和菓子の中でも特に上等な「上生菓子」に分類されるもの。季節の移ろいを日本ならではの美意識で映し出した練り切りの意匠は、茶席をより味わい深いものにするためのものとして江戸中期から今日まで発展してきた。

    寿里さんはまず、練り切りのベースとなる白餡を取り出し、それを手のひらの上で広げていく。

    広げた白い練り切り餡の上に、今度はピンク色に着色し丸めた餡を乗せ、白い餡で包むと、ほんのり内から淡いピンクが漏れる餡が生まれた。

    そして、寿里さんはもう一方の手に握られたさまざまな和菓子道具で、その丸い餡の形を変えていく。三角棒で餡に筋を入れたかと思えば、先に小さな球がついた棒では餡を押し、花弁のような模様を作っていく。そしてまた三角棒や針箸で細かい筋や線を入れていく。

    見る見るうちにもうほとんどそれは、春らしい花の形になっている。最後に、黄色い餡をざるで濾し、粉のように細かくした“めしべ”を針箸で花の中央につければ出来上がり。

    手のひらの上には“桜”があった。

    店主で菓子職人の寿里さん

    和菓子とお茶を持ってピクニックしてもらいたい

    [かんたんなゆめ 渋谷]は寿里さんがひとつひとつ丁寧に作る和菓子と、お茶やお酒などさまざまなドリンクが楽しめる和菓子屋カフェ。今年2月末までは[かんたんなゆめ 日本橋別邸]として日本橋三越の近くで営業していたが、ビルの取り壊しのため同月末に閉店。3月21日より、代々木公園からほど近い、いわゆる「奥渋」と言われるエリアに移転しリニューアルオープンした。

    旧東急百貨店本店前を奥渋方面へ進み徒歩8分ほど。左斜めに道が2本伸びる交差点、その手前にある短い坂道を登った先にピンク色の壁が印象的な[かんたんなゆめ 渋谷]の建物がある。日本橋から、なぜここ奥渋を選んだのか、寿里さんに尋ねた。

    「日本橋のお店は元々ビルが壊されることがわかっていたので、去年の秋ぐらいから次の物件を探していました。私の中では公園の近くでお店をやりたいという思いが強くあったんです。とにかくカジュアルに和菓子を食べてほしくて。[かんたんなゆめ]で和菓子とお茶をテイクアウトして、公園でピクニックしながらそれを楽しむ、みたいなイメージを実現できる場所。和菓子とお茶が人と人を繋ぐ、そういうおもてなしをこの街を通してできたらいいなと思って、この場所を選びました。どうしてもお花見の時期に間に合わせたかったので、少し無理をして(笑)。なんとか間に合いそうでよかったです」

    忙しいオープン直前の取材にもかかわらず、笑顔で対応してくれる寿里さん。建物の1階と2階が店舗となっており、1階には注文を受けるカウンター、2階はテーブル席が並び全部で18席ほどが設けられている。

    1階のカウンターでは練り切りなど和菓子を目の前で見せてもらいながら選んだり、お茶を淹れてもらえる
    2階のテーブル席。花が生けてある中央部分は下のフロアと吹き抜けになっていて、ほどよい距離感で良い気が巡っている

    基本的には一人でお店を切り盛りする寿里さんは、「様子を見ながら」と前置きした上でこれからの営業方針を語ってくれた。

    「昼と夜で営業スタイルを分けていこうと思っています。当分は昼のみの営業で、予約なしで入れて誰もが和菓子を楽しめるようにして、店内で食べてもテイクアウトしてもOK。店内で食べる場合は上のテーブル席で召し上がってもらいます。営業が落ち着いてきたら、夜営業も始めていこうと思っていて。カウンター席を中心にお酒を飲みながらゆっくり和菓子を食べていただいたり、練り切りのワークショップやイベントなどをやっていけたらいいなと思ってます」

    上階の中央には掛け軸と花が飾られた「床の間」が設けられている。掛け軸には「壺中日月長(こちゅうじつげつながし)」と書かれており、これは書道家の万美さんによって書かれたもの。“忙しい時こそ自分と向き合う時間を大切にしてほしい”というこの言葉の意味は、寿里さんが[かんたんなゆめ」に込めた思いともリンクしているという。

    この床の間はある程度時間が経ったらデザインをガラリと変えていくらしく、次は照明をモダンな感じにし、掛け軸もアクリル板にした現代アートのような床の間の構想が控えているという。いくつかのパターンでローテーションしていくとのことなので、季節とともに移りゆく和菓子とともに、変化していく床の間のスタイルも[かんたんなゆめ 渋谷]の楽しみのひとつになるだろう。

    地元・宮崎の懐かしの味にインスパイアされた練り切り

    [かんたんなゆめ]の練り切りは「嬉々」という名前がつけられている。「作っても食べても嬉しくなる、みんながハッピーになるもの」という思いから名付けられたこの嬉々は、季節ごとに装いを変えていく。春なら桜やクローバー、もう少し経って桜が散ったらネモフィラ、夏には花火や向日葵など、季節ごとの嬉々はどれも美しく、日本の四季折々、花鳥風月を寿里さんならではの感覚で繊細に表現する。その世界観は一目見ただけで圧倒される。

    嬉々はさらに、その味自体にも特筆すべき特徴がある。なんとレモンとクリームチーズを使用しているのだ。食べてみると、チーズケーキに近い味わいを感じるが、白餡をクリームチーズで包んでいるため、よりフレッシュな味となっており、しつこい甘さが全くない。これはお茶だけでなく、お酒と合わせて食べても美味しいはずだ。

    なぜ、通常和菓子では扱われないような食材を取り入れているのか。その発想の原点は、地元・宮崎で過ごした寿里さんの幼少期の思い出が深く関わっているという。

    「宮崎の名物にチーズ饅頭というお菓子があるんです。クッキー生地の皮でクリームチーズを包んだものなんですけど、これが街のいろんなお菓子屋さんに売られているんです。地元は小さい街だったので、お菓子屋さんではチーズ饅頭、どら焼き、シュークリームが一緒に売られていて、和洋関係なく取り扱っている。そういうところで育っているので、練り切りにチーズを使うことに自分の中に抵抗がないというか。新鮮なお菓子だとみなさんは思うかもしれないけど、私の中の懐かしさとかこれ食べたことあるなっていう地元の記憶の片隅にあるものがブラッシュアップされた形なんです」

    「嬉々」以外にも、濃厚な胡麻の味わいの黒胡麻羊羹、ライチ×グレープフルーツの爽やかな吉野羹、ごまバターとつぶあんを合わせたクリームをサクサクの生地でサンドした「来る暮れ」、さらに寿里さんが大好きだというピスタチオを使用したピスタチオ羊羹など、練り切り以外のお菓子のラインナップも独創的かつ魅力的だ。

    お茶もカフェのようにカジュアルに、でも本格的な味わいを

    [かんたんなゆめ]はカジュアルに和菓子を楽しめるお店。そのことは、お茶の出し方にも表れている。寿里さんにお茶をお願いすると、見慣れない機械を操作し始めた。台の上にビーカーのような透明な容器が置かれ、その上にステンレスの茶漉しのようなものが蓋をされ、容器の上にセッティングされている。一体これはなんなのだろうか?

    「teploというお茶を自動抽出するティーポットです。容器にお水を、茶漉しに茶葉を入れたら、あとはこのICカードをかざしてOKボタンを押すだけ」

    茶葉の入った半球の茶漉しが湯の中でスイングしてお茶を抽出する。温度、時間などを自在にプログラミングできる

    「洞窟熟成ほうじ茶」用の設定をICカードのタッチで読み込み、OKボタンを押すと、台の液晶部分に「加熱中」と表示される。80度まで水温が達すると、茶漉し部分がスイングをはじめ、お湯に浸されていく。スイングを繰り返していくと、どんどんお湯が澄んだ琥珀色になっていき、最後の一滴までしっかりと抽出していく。

    こうして出来上がった「洞窟熟成ほうじ茶」を飲んでみると、キャラメルのような甘い香りの中に爽やかで程よい渋みが感じられ、ボタンワンタッチで淹れたというイメージを覆すほどしっかりとした味わいのほうじ茶になっていた。

    「普通のティーポットだと適温に達しても時間が経つごとに温度は下がってしまいますが、teploなら設定した温度のまま最後まで抽出してくれるので、ほうじ茶や中国茶といった香りを楽しみたいものに向いていると思っています。[かんたんなゆめ]では『洞窟熟成ほうじ茶』と『宮崎県産釜炒り烏龍茶』をこのteploで提供しています」

    「宮崎県産釜炒り烏龍茶」。名刺サイズのカードに各種抽出プログラムが組み込まれている

    どこかエスプレッソマシンで供される感覚に似ている。カフェスタイルでカジュアルに楽しむお茶と和菓子。そんなスタイルはこの奥渋の土地にもよく馴染みそうだ。

    ほかにも、オリジナルブレンドの煎茶やウイスキー和紅茶、お茶のフレーバーのお酒などユニークなドリンクを豊富に揃えている。甘さを控えた爽やかな味わいが特徴の[かんたんなゆめ]の和菓子はどの飲み物ともマッチするので、ぜひ自分の好みのペアリングを探してみては。

    後編では、寿里さんが和菓子の世界に足を踏み入れた経緯や[かんたんなゆめ]を開いたことで生まれた新たな出会いを掘り下げていく。

    寿里|Juri
    1994年生まれ、宮崎県出身。高校からパティシエ科専攻で製菓衛生師の資格を取得。卒業後は外資系のカフェレストランチェーンに就職したが、独立し2019年に渋谷のおでん屋[そのとうり]に間借りをする形で[かんたんなゆめ」をオープン。2020年に日本橋に店舗を移転、2023年3月に渋谷神山町にリニューアルオープン。[かんたんなゆめ]を拠点として、和菓子に馴染みがない人でもカジュアルに楽しめるようにアップデートを施しながら、さまざまな形で和菓子を広める活動を行なっている。

    [かんたんなゆめ 渋谷]
    2023年3月21日移転オープン
    東京都渋谷区神山町41-3
    12:00〜18:30
    月火定休+不定休
    instagram.com/kantan.na.yume

    Photo by Kumi Nishitani
    Text by Rihei Hiraki
    Edit by Yoshiki Tatezaki

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