• 今年もお茶の波が来た! 狭山[奥富園]の2023年初摘みに密着
    <前編>自然仕立ての畑で手摘みを体験

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    春のうららかな陽気の下、公園の草木も家庭にある観葉植物も新芽を伸ばし出すこの時期。お茶の木もまた、新芽を伸ばしています。この新芽を摘み取り、その年一番初めのお茶に仕立てたものが「新茶」あるいは「一番茶」と呼ばれます。桜前線と同じように気温が高い地域から新芽が伸びてきますが、お茶が育つのは山間部であったり平野部であったり、同じ地方でもさまざまな地理的バリエーションがあるため、一概に南から北ともいえないのが面白いところ。さらには、早く芽を出す品種と遅い品種とさまざまあるため、同じ茶園でも摘み取る日が違うということもあります。

    そのように今各地で寄せては返すように訪れる“新茶の波”。その一つを体感できる機会を今回、埼玉県狭山市の[奥富園]にいただきました。4月14日金曜日の晴れの日。今年の初摘みの畑から夜中の製茶作業までを、CHAGOCOROの取材班3名で体験させていただいたのです。

    舘﨑(30代/男性/東京出身)、平木(20代/男性/静岡出身)、芦谷(20代/女性/東京出身)の3人がそれぞれ感じたことを振り返り座談会形式でお届けします。

    お茶摘みってどうやるの? お茶はどうやってできるの?

    身近だけどふつうは知らないお茶のことを、ぜひ私たちの目線を通じて感じてもらえたらと思います!

    近所に住む人たちが自転車、バイクなどで茶摘みに参加する狭山の[奥富園]の畑にて

    舘﨑 まず[奥富園]について。自分は2020年の5月の終わりに一度取材をさせていただきました(記事「江戸からつづく狭山の茶園今年もお茶づくりは止まらない奥富雅浩さん」)。その時は新茶がひと段落したタイミング。奥富雅浩さんとお父上の康裕さんが楽しそうにお茶づくりのことを話してくださいました。新茶真っ盛りのタイミングには寝る間もなく働いていると聞きますから、この一番いい時期にゆっくりと取材をさせていただくことはふつうできない。今回はとても貴重な機会でしたね。

     狭山は有名なお茶どころですが、都内から車で1時間弱で来られます。高速道路を降りて、住宅街を走ってきて、気がつくと茶畑があるというような感じですよね。平木さんは静岡の藤枝出身ですが、そことは雰囲気が違うと感じませんでしたか? 着いたときの印象はどうでしたか?

    平木 子供の頃から茶畑は山の傾斜に並んでいるものという認識だったので、雰囲気は全然違いました。自分の実家は山間部にあるのですが、山と茶畑はセットでひとつの景色というのが当たり前だったんです。取材に向かう途中は「こんな住宅地の中に茶畑があるんだろうか?」と思ってしまいました(笑)。

     到着して間近で見た時に、まず目を引いたのがやはり“自然仕立て”の茶畑でした。“かまぼこ型”に刈り揃えられた茶畑しか見たことがなかったので、茶樹ってあんなに高く育つのかと驚きましたね。

    170cm前後、人の背丈ほどの高さに伸びた茶の木。腰高に低く刈り揃えられた“かもぼこ型”の茶畑は景色として一般的だが、[奥富園]では上へ高く伸ばす“自然仕立て”を手摘みのためにあえてつくっている。その理由を尋ねると「手摘みするのにその方が楽しいだろ!」と康裕さん

    舘﨑 芦谷さんはいくつか茶畑に行ったことがあるそうですが、[奥富園]に着いたときの印象はどうでしたか?

    芦谷 住宅街の一角ですが、周囲には空をさえぎるような建物がほとんど見あたらなくて、気持ちが良かったです。畑のお茶の木の背丈や畝の幅が様々だったので、いろんな種類のお茶の木が植わっているんだな、と思いました。遠目には同じように見える畑でも、近づくと葉っぱの大きいもの小さいものなど、さまざまあることもよくわかりました。別の区画にある畑もあわせると、全部で15種類ものお茶の品種を育てていると聞いて、そんなにあるのかとびっくりしました。

    舘﨑 朝一からたくさんの方が茶摘みのお手伝いに参加していましたね。エプロン姿も素敵でした。自分なんかはロンTに長ズボン、一応防水の靴というほぼ普段着でしたが、茶摘みのときは枝や虫などから肌を守りつつ帽子をかぶって暑さ対策も大事ですね。芦谷さんは防虫ネットも被って完璧でした。

     この日は埼玉でも一番の早さで摘んだこともあって、奥富さんは地元メディアの取材に応じたりと朝からお忙しそうでした。

    15代目園主の奥富雅浩さん。いつも通り穏やかに迎えてくれながらも、どこか引き締まった表情にも感じた

    平木 茶摘みの開始は例年より一週間ほど早かったようですね。茶摘みの時期が早くなること自体は問題ないらしいのですが、時期が前にずれると霜の被害を受けてしまうリスクが高くなるということでした。今年は暖かく、取材の日も晴天でとてもよかったです。先代の康裕さんも「今年はいい出来だ」と言っていましたね。

    芦谷 4月に入ると、茶葉は5日間で葉っぱ一枚分伸びるほど成長が早いんですって。摘み遅れると茶葉が固くなってしまうから、茶農家さんとしてはやきもきする時期のようです。でも、一か月前に萌芽(ほうが)した(新芽が出た)時点で収穫日はほぼ予測が立つのだそうです。すごいなと思いました。新茶を摘むタイミングは、埼玉県内でもどこが一番最初か?と気になるところもあるようで、「隣の入間市では新茶をいつ摘むか」といったことも気にしながら日にちを決めたのだと、先代にこっそり教えてもらいました。茶農家さんはお茶をいい形で世に出せるようにいろんなことを考えながら、新茶を摘む日を決めるんですね。

    上へ上へと新芽を出す茶の木

    舘﨑 平木さんは今回がお茶摘み初体験でしたよね? どうやって摘むといいか、ベテランの摘み子さんたちに教わりましたか?

    平木 今回は普通摘みのお茶とのことで、よく言われる一芯二葉ではなく、伸びた新芽をすべて摘むのが基本とのことでした。利き手と反対側の手で枝を持ち、利き手の人差し指の脇と親指の腹でポキンと柔らかい茎の部分から折っていく。そして摘んだ新芽はそのまま右手の中に集めていく感じ、と教わりました。奥の方に生えている木は摘みにくくて最初苦労していたんですけど、それを見てた摘み子のおかあさんから「茶樹って丈夫でしなやかだから、摘みやすいようにある程度曲げて自分の方に寄せても大丈夫だよ」とも教わりました。

    平木 あと大事なのは、枝の中央あたりに生えている新芽から枝の頂点に向かって順番に摘んでいくこと。そうしないと下の方にも生えている新芽を摘みこぼしてしまうんですね。

    舘﨑 そうですね、それは自然仕立ての茶畑の特徴でもあるのかもしれないです。てっぺんだけではなく、60〜70cm下から新芽が生えている。そうなるように“摘心”という作業を事前にしておくのだそうです。秋から冬をむかえ頂芽の伸びが止まった後に、ひとつずつハサミで切ることで、脇芽が均等に出るように仕立てるということですね。摘むための設計が面白いなと思いました。

    芦谷 今回手摘みしたのは「きらり31」という品種でした。お茶の収穫時期は品種ごとに微妙に時期が違うそうですが、比較的早い時期に収穫ができる品種とのことです。旨味があり、香り高く、水色すいしょく(お茶の色のこと)もよい。旨味が強く八女の本玉露にもよく使われる「さえみどり」と、冴えた色沢と温和な香味が特徴の「さきみどり」を掛け併せた品種とのことで、いわばお茶のサラブレッドなんでしょうね。去年[奥富園]では5月末には完売してしまったくらい人気だったそうです。

    手摘みに参加していた一人、浩三さん

    舘﨑 31人もの方が朝から手摘みに参加してくれていました。そのなかでもよくおしゃべりをしてくれたのが浩三さんでしたね。芦谷さんもいろいろとお話聞いてましたが。

    芦谷 狭山で生まれ育ち、かつてラーメン店を営んでいた浩三さん。皆さん集合時間は8時半でしたが、なんと朝7時にいらっしゃっていたそうです。ご近所さんの誘いがきっかけで始めたお茶摘みは今年で8年目。毎年お茶摘みに来る方々や、奥富さんに会えることが楽しみだっておっしゃっていました。昨年は病気にかかられたけれど、毎朝お茶を飲んでいたおかげで体も元気になったと誇らしげでした。

    舘﨑 僕らのような新参者にもいろいろとお話してくれましたよね。茶葉を摘みながらおしゃべるするのも楽しみのひとつとよく聞きますが、本当にその通りだと思いました。

    芦谷 熱中するのは「やったらやったぶんだけ」の達成感があるからだとか。私は新芽を見落として摘み忘れることもありましたが、「摘み残しはだめよ!」と教えていただきました。浩三さんが通ったそばの木は、きれいさっぱり新芽がなかった。流石でした。

    舘﨑 新芽を摘むっていう感覚が読者の方にも伝わるといいのですが。新芽の感触とか香りとかはどうでしたか?

    芦谷 古い葉はマットで緑色が深いのに対して、新芽は明るい緑色。新芽は生で食べられそうなくらい柔らかかったです。食べていいのか分からなかったのですが……実際に一枚食べてみたらお茶を飲むと感じるような苦みがありました。天ぷらにして食べたらおいしいというのも納得です。

    平木 摘んだばかりの新芽を両手いっぱいに掴んで思いっきり匂いを嗅いだんですけど、匂いよりもまずあのねっとりとした新芽の感触が印象的でした。新芽をひとつひとつ摘み取ってる時は気づかなかったんですけど、一度にたくさんの新芽を掴んだ時のあの感覚は忘れられません。香りもとても良くて、若々しいというか全く臭くないんですよね。シンプルなすっきりとした香りだったと思います。

    芦谷 摘んだ茶葉は数十分かごに入れただけでも、少し熱を帯びていました。生きているんですね。茶葉を摘んでいた時は、お茶の香りというのは私は余り感じなくて、むしろ腐葉土の香りがしていたと思います。癒されていました〜。

    舘﨑 軽トラの荷台のところに秤を置いて、それぞれが収穫した生葉を計量していました。多い方で2キロ半くらい。お二人はどれくらい摘めましたか?

    平木 600gぐらいでしたね…。最初はみなさんに話を聞きながらなのと、茶摘み自体に慣れてなかったので全然収穫できなかったんです。なので、1回目の計量と休憩が終わったあとの茶摘みは、真剣にどれくらい摘めるのか挑戦してみました。でも、600gが限度でした。摘み子のおかあさん方は楽しそうにしゃべりながら摘んでいるのに、自分よりはるかに収穫していて少しショックでした(笑)。

    芦谷 500gでした。茶葉に加工すると大体6分の1程度に重量が減るから、80gくらいになるんでしょうか? お茶が20杯分飲める分量、と思うと多いような気もしましたが、まとまった分量になるまで続けるのはかなり大変ですね。

    舘﨑 朝8時半からスタートして、途中お茶休憩とお昼休憩を挟みつつ摘みつづけていらっしゃいましたね。畑のすぐ脇に、箱でテーブルをつくってやかんのお茶を飲んだり各自のお弁当を食べる風景も素敵でした。

    芦谷 だんだん、収穫よりもおしゃべりに夢中になっていたかもしれません(笑)。「茶畑の畝は涼しくて意外と腰が冷えるから厚手のズボンがおすすめ」とか、「毎年狭山市で開催されているかかし祭りではかなり個性的なかかしがみられる」とか、ここに来なければ聞けなかったようなお話が楽しかったです。

     それから畑の一角には展望テラスもあったのですが、それは奥富さんが摘み子さんや来園した方に畑を眺めながらお茶を飲んでもらうために作ったんだと話していました。平日でも30名近くも集まったのは、奥富さんのお人柄あってに違いないなぁと思いました。市外からいらっしゃっている方もいました。

    展望テラス。その奥に見える、人がいるあたりがこの日手摘みした畑

    平木 どの摘み子さんに聞いても「毎年この季節を楽しみにしている」とおっしゃっていたのがとても印象的でしたね。大勢の摘み子さんたちが、あんなに大変な作業を毎年楽しみながらやっているという事実に感動しました。本来ならば、手摘みでしかできない自然仕立ての茶畑を維持していくのはとても大変だと思うんです。でも、それを今も続けていける奥富さんと摘み子さんたちの関係性はとても素敵なものでしたし、摘み子さんを積極的に募集して茶摘み体験の場を広く提供しているこの取り組みはもっと広まってほしいと思います。あんなふうに人の楽しそうなしゃべり声を聞きながら、作業したのは久しぶりだったかもしれないですね。

    舘﨑 その通りですね。今年からは本格的に茶摘み体験を受け付けるという茶園さんが多い気もしますし、何より僕たちもこうして体験させてもらって本当にいいものだなって。丁寧にお茶づくりをされている方の役に少しでも立てているならなおのこと。

    芦谷 手摘みは2週間ほどで終わりますが、その後も収穫はつづいて、トータル1月半の間は新茶作業だそうです。農薬不使用の畑が今年2年目の収穫を迎えたり、華やかな香りを引き出すため新たに増設した萎凋槽でどのように茶葉がつくられるか、今年の展開が楽しみですね。

    舘﨑 この日も奥富さんたちが大変なのはこれからなんですよね。生葉は摘んだらすぐに加工しないといけませんので、康裕さんも雅浩さんもトラックで工場と畑を行ったり来たり。僕たちもお昼を済ませてから工場で製茶作業を見学させていただくことになりました。長い一日はまだまだつづきます……その模様は後編でお伝えしましょう。

    奥富園|Okutomi-en
    埼玉県狭山市で江戸時代より続く茶農家。当代の奥富雅浩さんは15代目。畑から製造・仕上、小売までを一貫して行う『自園自製自販』のスタイルで、一つ一つのお茶を丁寧に作っている。2021年度の全国茶品評会では農林水産大臣賞を受賞した。
    https://okutomien.theshop.jp(奥富園 オンラインストア)

    Photo by Taro Oota
    Text by Rihei Hiraki, Hinano Ashitani & Yoshiki Tatezaki
    Edit by Yoshiki Tatezaki

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