• 養生の宿[moksa]で味わう、堀口一子さんのお茶の時間<前編>本来の自分に戻るということ

    SCROLL

    京都・八瀬、“養生の地”へ

    京都駅から北東方面に12kmほど。叡山電鉄の八瀬比叡山口やせひえいざんぐち駅に着いた。先日訪れた宇治とは市街地を挟んでちょうど反対側といった位置関係にある。市内から電車で1時間足らずの場所ながらきもち涼しく感じたのは、山の入口の豊かな自然の中に突然降り立ったからだろう。そばには高野川の清流の音が聞こえ、目をやれば川遊びをする人たちの姿が。束の間の夏休みにはうってつけではないか、思わずそう感じてしまう。

    今回、八瀬を訪れた目的のひとつ目は、[moksa Rebirth Hotel]だ。八瀬には、672年の壬申の乱で背に矢傷を負った大海人皇子おおあまのおうじ(後の天武天皇)がこの地の窯風呂でその傷を癒したという伝説がある(地名の八瀬も「矢背」が転じたものといわれている)。北陸地方から京都への入り口として、多くの旅人を癒してきたという歴史もあるこの地で、「再生」をテーマにしたこのホテルがオープンしたのは2022年の3月のこと。1350年前からの“サウナ文化”がある八瀬ならば、もちろん[moksa]では完全予約制プライベートサウナで身を清めることができる。地場の食材を薪火料理でいただける[MALA]でお腹を満たしてリラックスした一晩を過ごせば、まさに生まれ変わったようにリフレッシュできる。

    そして、そんな[moksa]ではお茶もrebirthのための大切な要素となっている。エントランスには喫茶スペースである「帰去来ききょらい」があり、宿泊客はここでお茶のほかドリンクを赴くままに味わうことができる。

    「モクサ」は解脱、解放を意味する梵語から。右は「煎り番茶ジントニック」。京都では定番の煎り番茶をジンに漬けてトニック割りにした一杯は、香ばしさ、スモーキーさがくせになるおいしさ。思わず二杯、三杯とおかわりしてしまう
    京都の薬膳茶ブランド[HAHAHAUS]によるブレンド茶がいただける。オリジナルの「moksa」に、めぐりの「水」、あたための「血」、おぎないの「氣」という、心身のバランスを整えるためのブレンド4種
    京都のギャラリー[tonoto]が監修した民族的モダンな館内装飾が俗世からの解脱感を高めている。こちらは三重在住の立体造形作家・沓沢佐知子さんの作品
    「帰去来」のカウンターに座ると、大きなガラス窓には外の苔庭の緑が広がっている。ここで季節の移ろいを感じたらどんなにいいだろうか

    そして、旅の目的のふたつ目は、ここ「帰去来」で茶人の堀口一子さんにお会いすることだった。堀口さんは[moksa]のお茶に関する相談役として、「帰去来」の監修も務めている。[moksa]で生まれ変わるような一晩を過ごし、明くる朝、堀口さんにお茶を淹れていただきながらお話を伺った。

    まずは自分のために淹れてみて

    堀口一子さん

    堀口さんが用意してくれたお茶は、今年の4月20日に自ら摘んで、自らつくった烏龍茶。「香りがいいので、楽しんでもらいたいです」と、煎を重ねて味わわせてもらった。

    透き通ったオレンジ色の一煎目は、穏やかな香りの奥にまだ味が隠されているような感じ。二煎目から甘い香りが徐々に開いてきて、三煎、四煎と味が深まっていく。

    「摘んだ木はそんなに大きくはなかったのですが、予想外なほどに不思議ないい香りが出ました。お寺で法要をするところのすぐそばにあるお茶の木だったから、もしかしたらお経の声を聞いて育ったのかも。中国では、ある茶産地で茶樹にお経を聴かせ、育てているところがあるんですよ」

    お茶を淹れる間の堀口さんは凛とした静けさを醸し出すが、お茶を飲みながら話をすると朗らかな笑顔でほっと包んでくれる。それにしても、ワインにクラシックを聴かせるというのは聞いたことがあるけれど、お茶にお経というのはそれ以上に由緒正しい気がする。

    左にあるのは本物の茶葉、堀口さんに淹れていただいた烏龍茶。お湯を通ってまた新芽の形に還った。右側に置いてあるものは堀口さん愛用の茶針(注ぎ口に詰まった茶葉を取り除くのに使う)。新芽を模した意匠と瓜二つでにわかに興奮

    煎を重ねるごとに深まっていく烏龍茶の味に気持ちが落ち着くというだけではなく、堀口さんのお茶を淹れる姿、言葉、表情にもそうした力があるような気がしてくる。心を解きほぐすようなお茶はどこから生まれてくるのだろう。

    「お茶のことをやっているようで、日々の暮らしにもつながっているのだと思っています。人との向き合い方とか、道具の扱い方とかに通じている。『お茶淹れのときに日々の暮らし方が出るよ』とお教室で伝えることもあるのですが、焦っていたり、忙しかったりすると、それがお茶淹れに出るんですよね。忙しいと、どうしても外へ気持ちが向かいやすいけれど、自分の内側を見て、本来の自分に戻るということ。そういうことが伝わるといいですね」

    堀口さんが取り出したのは音叉と水晶。教室や茶会のときはいつもこれを鳴らして瞑想を行うことから始めるのだそう。「ちょっとやってみます?」と笑顔の堀口さん。音叉が水晶をたたき、ピーーーンと高く長い音が響く。音が波だとわかるような、左右に揺れる音を聞きながら目を閉じた。

    呼吸が深くなるのがわかる。堀口さんの声で目を開けるころには気持ちの揺らぎが落ち着いていた。気が付かないうちに、肩に力が入っていたんだと感じた。

    「たった2分間ですけど、すっきりしたでしょ」と、にこやかに言う堀口さんに、素直に頬が緩んだ。

    「淹れ方が下手でもいいと思う。一生懸命に、ただ淹れている姿とか、そういうのが大事じゃないかなと思います。うまく淹れられるようになりたいです、なりますと言う人にはあえて注意するんです。もちろん誰かのために淹れることも大切だけど、まずは自分のために淹れてみてって。自分の気持ちに素直にしたがった先で、それが他の誰かも喜ぶ形になっているといい。自分も無理なくというのが理想です」

    日々暮らしていると忘れそうになることをすっと内側から思い起こさせてくれる。堀口さんのお茶の時間は心のあり方を説くようだ。堀口さん自身は、どんな人生を歩まれてお茶を淹れ、そしてつくっているのだろうか。お話は後編につづきます。

    堀口一子|Ichiko Horiguchi
    茶絲道(チャースールー)主宰。茶の世界に魅せられ、ルーツである中国茶を中心に、喫茶、お茶会、お茶教室などを企画開催。近年は自然茶研究も行い、自らお茶をつくりながら茶の可能性を追究中。
    instagram.com/ichikohoriguchi

    moksa Rebirth Hotel|モクサ リバースホテル
    2022年3月末、京都・八瀬の比叡山の麓にオープンしたホテル。清流高野川流れる自然豊かな環境の中で、完全予約制プライベートサウナ「蒸庵」、薪火レストラン[MALA]、茶寮「帰去来」など、心身を養生し、生まれ変わりすら感じさせる体験を提供する。
    ご朝食付き 1室2名利用時 お一人様¥11,250~
    夕・朝食付き1室2名利用時  お一人様¥27,000~
    (消費税込み・宿泊税別)
    moksa.jp
    instagram.com/moksa_rebirthhotel

    Photo by Kumi Nishitani
    Text by Hinano Ashitani
    Edit by Yoshiki Tatezaki

    記事の後編はこちらRead Next Page

    養生の宿[moksa]で味わう、堀口一子さんのお茶の時間<後編>飽きることのないお茶の世界へ

    京都市の北、比叡山の麓に位置する八瀬。そこに昨年オープンした[moksa Rebirth Hotel]の茶寮「帰去来ききょらい」にて、茶人・堀口一子さんが自らつくった烏龍茶をいただいた。堀口さんは、各地でお茶会や教室を開…

    2023.08.04 INTERVIEW日本茶、再発見

    TOP PAGE