• 養生の宿[moksa]で味わう、堀口一子さんのお茶の時間<後編>飽きることのないお茶の世界へ

    SCROLL

    記事の前編はこちらRead Previous Page

    養生の宿[moksa]で味わう、堀口一子さんのお茶の時間<前編>本来の自分に戻るということ

    京都・八瀬、“養生の地”へ 京都駅から北東方面に12kmほど。叡山電鉄の八瀬比叡山口やせひえいざんぐち駅に着いた。先日訪れた宇治とは市街地を挟んでちょうど反対側といった位置関係にある。市内から電車で1時間足らずの場所なが…

    2023.07.28 INTERVIEW日本茶、再発見

    京都市の北、比叡山の麓に位置する八瀬。そこに昨年オープンした[moksa Rebirth Hotel]の茶寮「帰去来ききょらい」にて、茶人・堀口一子さんが自らつくった烏龍茶をいただいた。堀口さんは、各地でお茶会や教室を開くほか、自然茶研究としてお茶づくりを行なっている。“自然茶”と呼ぶ通り、人間の介入が最低限な自然の中で生きつづける茶樹から手づくりで少量ずつお茶をつくっているのだ。

    この日は、お茶をもうひと種類、やはり堀口さんが手づくりしたお茶をいただけるとのこと。[moksa]の苔庭へと出て、お茶をいただきながらお話のつづきを聞こう。“茶人”として、また“自然茶”のつくり手として活動する現在に至るまでにどのようなストーリーがあったのだろうか。

    迷いながら、進む。

    これまでの経歴を尋ねると、意外にも「20代の時は自分の道を決められなかった」と堀口さんは教えてくれた。

    学生時代はアートスクールで過ごした堀口さん。専門は生徒ごとに異なり、学友はそれぞれイラストや写真、舞踏などさまざまな分野で熱心に勉強していたという。そうした環境の中で、さまざまな刺激をもらいながらも自分自身の専門はなかなか定まらなかった。

    堀口さんの人生にお茶が交わりだしたのは、そんな20代の頃、ご縁ができた茶道教室に通うようになったという。先生とはよく一緒に美術館に行ったりと相性もよかったのだそう。

    「『やりたいことをいろいろやっていたら、自然と道は決まるよ』って言ってくれて。お茶は好きでしたが、そろそろ御免状取らないかと言われたら、自分にはどうかな?と思って踏ん切りが付かなかったんです」

    その頃には中国茶も勉強しはじめていたという堀口さん。茶道とはまた違う感覚に、心も体も惹きつけられていったそう。

    「中国茶を飲んだ時、それまでにないくらい体に響くように感じました。お茶の種類も多いし、茶器のバリエーションも多いしで、どんどんはまっていってしまったんです」

    そうして地元・滋賀で中国茶のお店を開いた。お店自体は1年ほどで閉めることになったが、そこから「自分の道を探しにいこう」とお茶を道標に進み始めることになったようだ。

    「(開いたお店は)田舎だから、向かいのおばあちゃんがいつも様子を見に来て、『あんた、コーヒー出せへんの?』って。19年前にお茶の専門店をやろうとしていたわけですから、友達からも『早すぎたよ、一子さん』って」と笑いながら当時を振り返ってくれた堀口さん

    大木が生む味の余韻

    日本各地で摘んだ茶葉を用いて、自分自身が中国茶を学んだ経験からお茶づくりをする堀口さん。昨年、各地を訪れてつくった自然茶は45種類にもなるという。“野放茶”とも呼ばれる剪定されずに伸びっぱなしになる茶の木は人の背丈をゆうに超える。時には放棄された畑の茶の木、時には境内で古くから残る茶の木など。そうした木からつくるお茶は「直感的に体が喜ぶ」のだと堀口さんは語る。

    苔庭にも、まだ幼木だが茶の木が植わっていた。将来は[moksa]のお茶を堀口さんがつくるということもあるかも

    今回淹れていただいたのは、滋賀県大津市にある三井寺みいでら(正式には長等山園城寺)に育つ大木の茶樹から摘み、白茶に仕立てたもの。三井寺といえば、比叡山延暦寺からの流れを汲む天台寺門宗の総本山であり、桜の名所として今も親しまれている。堀口さんのご自宅からは10分ほどのところにあるその場所に、茶畑らしきものがあることに気がついたのはおよそ3年前のこと。三井寺管轄地にあった茶の木からお茶をつくらせてもらうと、「これは宝だ」というほどに感動したという。

    水は、堀口さんがこの前日まで滞在していた和歌山・高野山で汲んできたものを使った。「お茶は水と葉っぱでできている」ゆえに、水によって想像以上の味と香りが出ることがあるのだそう
    苔むした岩をテーブル代わりに、月桃の葉を敷物にして、茶器たちがその景色の中に取り込まれるようなしつらえ
    京都伏見のガラス作家 小林裕之さん・希さんの八角のガラス杯を茶托代わりの桑の葉にのせて

    三井寺にあるその木の樹齢は推定でなんと500~600年だという。一般的な茶畑では30年ほどが寿命とされるのと比べると驚くばかり。

    「コロナ禍の最中に三井寺の長吏(代表)の方とご縁ができて、直接やりとりさせていただき、一般的には入れない場で茶摘みをさせていただけることになりました」

    つくったお茶は、それまではつくれたことがない感覚のものになった。堀口さんは「このお茶は宝」と、次世代にまで伝えたいという強い想いをすぐに抱いたという。

    「派手さはないんですけど、じわっと二口目、三口目と、だんだん味が近づいてくる感じ。奥行きというか、落ち着きというか。私は、古い樹の中国茶には余韻があると思うのですが、三井寺のお茶にも同じように余韻を感じます。つくれたことない感覚をつくれたなと、思いましたね」

    「白茶」というとてもシンプルな仕立てからは意外なほどに深く味わえるお茶。シンプルだからこそ、この茶葉の深みをまっすぐ味わえるということかもしれない。

    空っぽの心

    そばには鯉が泳ぐ池があり、水の流れる音が聞こえる。自然を生かした空間が心地よい。「茶会」と聞くと、作法や決まりといった言葉が先に浮かぶが、堀口さんの茶会は自由だ。大切にしているのは「無為自然であること」だそう。

    「お茶が入ると、なんかこう“自然の景色”みたいになるのが好きなのかも。お茶を淹れるときも、水が流れるのと一体になるような感じが好きですね。お湯、お水が流れる音が心地いいです。もちろん人がやるから、自然のままではないですけど、無理にこうしてというよりは、自然体で。その場の空気をキャッチしながらお茶を淹れているのかな。それができるような空っぽの心をいつも用意していたいと思っています」

    前編で体験させていただいた瞑想の時間も、そうした空っぽの心に必要なことなのだろうと思う。お茶とたわむれているようだ、と感じさせる堀口さんの茶会の秘訣を教えてもらった気がした。

    「作為的にこう伝えようとかはあまり考えないです。人がどう感じるかはコントロールできないことなので、美味しく飲んでもらえたらいいなっていう、それだけです。だから、次のお茶会であれも出すかな、これも出すかなってずっと考えるのですが、いざ行うときには全然違うことをやる場合もあります。それは経験からくるものなのかもしれません。積み重ねてきたからこそ、湧いてくることがある気はします。そういう意味で、お茶を教えてくれた先生の『やりたいことをいろいろやったら、自然と道は決まるよ』という言葉は、その通りだなと思います」

    お茶を淹れるということを始めて約25年が経つ今も、昔と変わらず、あるいはそれ以上にお茶を楽しんでいる堀口さん。自身では「25年って大したことない」と言い切る。「一年目の人も、純粋さで言ったら自分よりもフレッシュで、お茶をいっぱい吸収できる力あるんじゃないかなと思うから」。

    苔庭の奥にある茶室の前で。9月29日は、堀口一子さんと陶芸家の市川孝さんがここで「満月茶会」を開く

    「お茶は知れば知るほど分からないことが見つかる。お茶が飽きさせてくれない」

    そんなまっすぐな心でつくり、淹れていただいたお茶をいただくぜいたくな時間を過ごした。“生まれ変わり”の宿でいただくには、これ以上ないお茶だった。

    堀口一子|Ichiko Horiguchi
    茶絲道(チャースールー)主宰。茶の世界に魅せられ、ルーツである中国茶を中心に、喫茶、お茶会、お茶教室などを企画開催。近年は自然茶研究も行い、自らお茶をつくりながら茶の可能性を追究中。
    instagram.com/ichikohoriguchi

    moksa Rebirth Hotel|モクサ リバースホテル
    2022年3月末、京都・八瀬の比叡山の麓にオープンしたホテル。清流高野川流れる自然豊かな環境の中で、完全予約制プライベートサウナ「蒸庵」、薪火レストラン[MALA]、茶寮「帰去来」など、心身を養生し、生まれ変わりすら感じさせる体験を提供する。
    ご朝食付き 1室2名利用時 お一人様¥11,250~
    夕・朝食付き1室2名利用時  お一人様¥27,000~
    (消費税込み・宿泊税別)
    moksa.jp
    instagram.com/moksa_rebirthhotel

    Photo by Kumi Nishitani
    Text by Hinano Ashitani
    Edit by Yoshiki Tatezaki

    TOP PAGE