• お茶を愛し、
    お茶に愛されたい男
    片平次郎さんの使命
    <後編>

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    静岡県清水の両河内りょうごうちという山間やまあいは、古くから静岡茶の産地として栄えてきた。「豊好園」もそのひとつ。3代目園主・片平次郎さんは、茶樹に愛されたいと願い、少しでもお茶の世界を世に広げたいと、茶畑に見学のできる展望テラスを設けた。「天空の茶園」と名付けたそこには、全国から人が訪れる名所に。そんな彼が数年前に仲間と始めたのが〈茶農家集団ぐりむ〉という農業法人。「両河内の茶畑を失いたくないから始めた」と話す次郎さんの、茶農家をとりまく環境への思いとは?

    愛するお茶のために、未来の茶農家のために

    〈茶農家集団ぐりむ〉は、前身の製茶工場ぐりむを引き継ぐ形で片平次郎さん(豊好園)と杉山貢大(杉山貢大農園)さん、杉山忠士さん(しばきり園)の3名で、2017年にスタートした。

    「むかしは両河内の各村に、茶葉を緑茶に加工する共同の製茶場があったのですが、茶価の低迷と茶農家の廃業によって茶葉の生産量が減少し、なんとかしようということで、2000年に両河内のいくつかの共同製茶工場が合併し有限会社として誕生したのが前身の「ぐりむ」です。残念なことに時代には逆らえず、解散が決定したのが3年前」

    「ぐりむの解散を聞いたとき、正直、ぼくには関係ないと思っていたんです。でも、ぐりむがあったおかげで、両河内という産地が維持されていたと気がついた。ならば、と、友人の杉山貢大とふたりで、ぐりむを引き継ぐことを決めました。工場をつぶすのはいつでもできるけど、ゼロから新しく建てるのは、茶価低迷のいまは難しいですからね。機械と建物と経営権を譲渡してもらい、貢大の親戚の杉山忠士を加えた3人で〈茶農家集団ぐりむ〉を結成したんです」

    こうして始まった〈茶農家集団ぐりむ〉は、単なる共同製茶工場にとどまらず、毎日ごくごく飲むのにぴったりなオリジナルの浅蒸し静岡茶の販売も行なっている。そして、いちばん力を注いでいるのが、耕作放棄茶畑の再生事業だ。もともとは、ぐりむの生産量を増やすために始めたが、いまでは後継者のいない茶農家から茶畑の再生と管理を依頼されるようになった。たとえば「全景の茶の間」と名付けた日本平の茶畑もそう。

    「とくに日本平は、観光地という土地柄もあって多くの人の目にとまりやすい。そのせいか地主さんたちは、『土地が荒れるのはイヤだから、誰かが茶畑をやってくれればすごくありがたい』という感覚の方が多いです。なかには『土地代はいらない、荒れなければ茶畑でなくてもいいよ』と仰る人もいます。むしろ、ぼくの暮らす両河内の方が、土地への思いが強い人が多いかな。とはいえ最近は、みなさんの考えも、だいぶ変わってきましたけどね。変わらざるを得ないくらい、ものすごい勢いで土地が荒れていきますから」

    家や道具と同じで、畑にも日々の手入れが必要だ。でないと、すぐに雑草がはびこり、茶樹が病気になり、土壌が崩れ、畑としての機能を保てなくなっていく。機械化の進んでいない静岡の、後継者のいない高齢の茶農家にとって、しかも両河内のような急峻な茶畑を管理し続けるのは、非常に困難なこと。

    「そうなんです。ぼくは茶畑がダメになっていく姿も見たくないし、この景色を残したい気持ちもある。先人たちのおかげで、いまの自分たちがあるわけだから使命感のようなものもある。でもそれ以上に、とにかくお茶を愛してる。休耕地を再生するのは、会社として茶葉がたくさん欲しいということ以上に、愛するお茶のために、未来の茶農家につながる小さな何かができていると信じているからなんです」

    現在の茶農家が抱える問題のひとつに、茶価の低迷がある。日本茶市場自体が縮小傾向なのに加え、高級茶葉が値崩れ。結果、収入が激減し、次世代に跡を継がせることをためらう茶農家が増えているのだ。しかし一方で、紙パックやペッドボトルなど飲料用の茶葉には、大量のニーズがあるのも事実。茶葉そのものが売れないのではなく、茶葉に求められる価値が変わったと考えるべきだろう。次郎さんがぐりむを始めた理由がここにある。

    「ぼくはお茶に愛される、お茶だけの専業農家として生きていきたいんです。今は全く問題ないのですが、いつかは父は引退する。その時に人を雇わないと畑を続けられない。では人を雇えるほど豊好園に売上があるのかと問えば、あるとは言えない。じゃあどうしたらいいのか。小さな加工場では、茶葉の値段が下がり続ける現代では生き残れないけれど、コンピュータ制御された大型機械のある工場なら、大量に生産できるので廉価なお茶でも商売として成り立つ。だったら、一番茶は小さな工場で豊好園としてのお茶を、それ以降のお茶は大きな工場で“生活費”を稼げばいい、と思い至った。ぐりむを始めたのは当然の流れのようなものなんです」

    「な〜んて、かっこよく言ってますが、簡単に言っちゃうと、ぼくもみんなも、自分の好きなお茶をつくるために、ぐりむに集まってるだけです(笑)」

    ということは、つまり、豊好園にある26種類の品種茶は、どれも次郎さんが好きでつくっているもの?

    「もちろん! ぼくは、このお茶たちを生かすために、ぐりむで“生活費”を稼いでいるんですから(笑)。豊好園のお茶づくりは“趣味”なんですよ(笑)。茶葉の品種が異なるから、一度にまとめては刈れないし、同時に揉めない。品種の数だけ手間もコストもかかる。完全に趣味でしょ。でも、お茶の種類がたくさんあれば、お客さんは楽しんでくれるんで、それがいちばん僕には嬉しくて大事だからいいんです」

    「天空の茶園」だけにとどまらず、静岡の茶畑の景色を次の世代へとつなげようとする次郎さんの使命感に触れられた2回目の豊好園。

    この日、次郎さんとともに〈茶農家集団ぐりむ〉としてお茶づくりを行いながら、それぞれ園主として自分のお茶を表現する「杉山貢大農園」の杉山貢大さんと「しばきり園」の杉山忠士さんにもインタビューすることができた。その模様は後日公開予定なので、乞うご期待。

    片平次郎|Jiro Katahira
    お茶専業農家「豊好園」3代目園主。1984年静岡県清水の山間部・両河内生まれ。急峻な山間に広がる茶畑には、テラスを設け、天気のいい日には駿河湾や富士山が望める。見学ツアーも人気。3年前には、同世代の茶農家仲間と「茶農家集団ぐりむ」という法人を結成。茶畑の再生に力を注いでいる。
    houkouen.org
    instagram.com/japanesetea_houkouen (instagram)

    茶農家集団ぐりむ
    静岡茶の文化と歴史を次世代に継いでいこうと、若手の茶農家3名による農業法人。前身のぐりむを引き継ぐ形で、豊好園の片平次郎、杉山貢大農園の杉山貢大、しばきり園の杉山忠士の3名で2017年にスタートした。主な業務は製茶と茶葉販売。耕作放棄茶畑の再生と管理に力を注いでいる。
    gurimu170.org
    instagram.com/gurimu170 (Instagram)

    Photo: Eisuke Asaoka
    Text: Akane Yoshikawa
    Edit: Yoshiki Tatezaki

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