• 静岡のお茶が目指すべき未来<後編>
    島田市 [カネス製茶]小松元気さん

    2023.09.29

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    昨年11月にボトリングティーブランド「IBUKI bottled tea」をローンチした静岡県島田市の製茶問屋[カネス製茶]。
    元々一商品としてあったボトリングティーのブランド化を本格的に検討していた2022年の春先に、社長・小松幸哉さんの長男である元気さんが東京から家業を継ぎに戻ってきた。

    元気さんに家業への思いを尋ねると、元々は全く継ぐ気はなかったという。
    実際、元気さんは高校を卒業後、教員を目指し東京の大学に進学した。
    大学を卒業後も、人材系のベンチャー企業のエージェントやゴーストレストラン業態のブランドの立ち上げに関わるなど、お茶業界とは離れたところで仕事をしていた。

    「子どもの頃から親に継いでくれと言われたこともありませんでしたし、茶業もたまに手伝うくらいで、お茶を仕事にしようなんて思いを抱いたことはありませんでした。生まれた時からお茶がある日常が当たり前だったので、家業に特別な思いを感じることなんて無かったんです」

    しかし、そうした考えは社会人時代のとある出来事がきっかけで徐々に変わっていった。

    「お茶文化に興味がある友人から、お茶の淹れ方教室を開いてほしいとお願いされて、友人を集めてお茶を振る舞った時があったんです。そうしたらみんなの反応がすごく良くて。例えばちょっとリラックスしたい気分だったら、お湯の温度を低めにしてアミノ酸値を高くするだったり、その時の参加者の気分に応じた淹れ方でお茶を提供したら、同じ茶葉でも淹れ方ひとつで味わいが変わることにみんな驚いていたんです。それって僕からすれば当たり前のことだったんですけど、普段リーフ茶に馴染みがない人にとってはすごく新鮮だったようでした。その時に、自分が見過ごしていた日本茶の奥深さや嗜好性の価値に気づくようになっていったんです」

    そうしてお茶への思いを新たにしていく中で、日本茶に関する幅広い事業を展開する東京の会社[TeaRoom]の代表・岩本涼さんに出会い、縁あって1年ほど[TeaRoom]で働いた。実家とは違うお茶会社での経験を積んだ後に、カネス製茶へと戻ってきた。

    さまざまな会社で“0から1”をつくるプロジェクトに携わってきた元気さんに与えられた仕事は、新たなボトリングティーブランドのブランディングだった。ブランドコンセプトやミッション、バリューの設定、ホームページのリニューアル、パッケージのデザインやガイドラインの作成など、ブランドの基礎となる部分を、元気さんが中心となり0から作り上げていった。

    そして昨年11月、[カネス製茶]初となるボトリングティーブランド「IBUKI bottled tea」がローンチされた。

    個性を極める三者三様のボトリングティー

    元気さんが「IBUKI bottled tea」の商品を持ってきてくれ、試飲用のグラスに注いでくれた。

    「IBUKI bottled tea」は、「IBUKI」「KOUSHUN」「NIROKU」という3つの商品で展開されている。

    まずは「KOUSHUN」を勧められた。

    「KOUSHUN」は島田市の伊久美地区で栽培された「香駿」という茶葉を使用。雑味のない、さっぱりとした飲み心地と玉露のような旨味が混じり合った、非常にバランスの取れた味わいだ。

    続けて勧められた「NIROKU」は、華やかな香りと甘味が口の中で優しく溶け合う。甘みがここまではっきりと口の中に残る紅茶をこれまで飲んだことはなかったから驚いた。「NIROKU」は原料の茶葉「いずみ」を開発した、国産紅茶の第一人者である村松二六さんの名前から命名したという。

    左からNIROKU 750ml ¥10,800、KOUSHUN 750ml ¥12,960、IBUKI 750ml ¥24,840

    そして最後にフラグシップの「IBUKI」をいただいた。

    口にした瞬間、なぜ最後にこれを試飲させたのかがわかった。
    あまりにも強烈な旨味。茶葉からこんな味が出るのかと思わず疑ってしまうくらい、初めて出会う味だ。口の中が一気に「IBUKI」で支配されてしまった。生命力あふれるその味わいは、地元の希少品種「金谷いぶき」の個性を最大限引き出したものだという。

    [カネス製茶]の研究茶園。ここで「金谷いぶき」は育てられている

    三者三様のボトリングティーは、確かにこれぞ“高級茶”と呼べるものだった。

    これこそが、“本物の日本茶”だと感じてもらうためにこれら茶葉のポテンシャルを最大限引き出すためにキーとなったのが、除菌フィルターを使った非加熱での抽出だ。

    「ボトリングティーを製造するにあたって、一番の問題は菌をどう取り除くかという問題でした。通常ペットボトル飲料などは、加熱処理しますが、それでは高級茶の風味、色など全てが台無しになってしまいます。高級茶の品質の良さを損なうことなく菌を取り除く方法として、私たちは除菌フィルターでの濾過殺菌を採用しました。非常に難しい取り組みでしたが、フィルターのメーカーと試行錯誤しながら、ボトリングティー製造に最適なラインを徹底的に突き詰めていきました」(小松幸哉さん)

    「IBUKI bottled tea」は、高級感漂うエンボス加工を施した黒の貼箱に梱包される

    自社の専用工場にて、ミクロレベルのフィルターで丁寧に抽出されたボトリングティーの色は金色透明だ。お茶は緑色という先入観があるかもしれないが、それは細かい茶葉が浮いているだけ。本来のお茶の色は、透明感があり黄味がかった“金色透明きんしょくとうめい”なのだ。

    本当の日本茶の味と色を届けたい。「IBUKI bottled tea」には、[カネス製茶]のそんな思いが込められている。幸哉さんは続ける。

    「日本茶は繊細な飲み物です。ボトリングティーにも賞味期限はありますが、つくった段階から味は変化していきますし、飲む温度帯によっても変わります。ワインより繊細な飲み物といってもいいでしょう。そして世界中どんな飲み物をとっても、湯冷しして淹れるのは日本茶だけだと思います。それも淹れる温度の違いによる味の変化を楽しむことのできる、日本人の繊細な味覚や価値観があったからこそではないでしょうか。今ではその文化や感覚は失われつつありますが、本来の日本茶の複雑で繊細な味わいを、我々は改めて伝えていきたいのです」

    茶業界に新しいプレイヤーを増やしていく

    ブランドのローンチ後、元気さんはポップアップやイベントへの出展など、精力的にPRに励んでいる。
    今年7〜9月にかけては、東京・蔵前の[Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE]でボトリングティーを使用したオリジナルカクテルを提供するイベントを敢行。さらに9月には京都で開かれた「ICCサミット」の「フード&ドリンク アワード」にも出展した。

    「400人ぐらいの方に試飲してもらったんですが、みなさんIBUKIに関してすごく強烈なインパクトを感じてくれたようでした。お茶という概念自体が変わったと言ってくださる方もいて、僕らが目指しているのはまさにそういうところなので、嬉しかったですね」

    前編で紹介したように、社長の幸哉さんは、何もお茶に関して知らないところから業界に入り、そこからひたすらお茶についての見識を深め、ついには日本茶鑑定士にまでになった。まさにお茶の王道を学び、歩んできた方だ。

    一方、家業に戻ってからの元気さんは、客観的な視点から見つめ直して感じたお茶の良さを広めていくことに重きを置いて、現在各地を動いている。東京で培ってきたことが、自分の強みであり、[カネス製茶]の力となると考えているのだ。

    この親子二人の対比が面白いと思うのと同時に、現在の[カネス製茶]の強みでもあると感じた。

    元気さんは、急須で淹れたお茶を飲める環境をもっと増やしたいと考えている。まず、本来のお茶の文化や味わいを知ってもらうことで、人々のお茶に対する認識を改めていきたいのだ。

    「NHKに『おげんさんのサブスク堂』という番組があるんですけど、あれにすごく感銘を受けるんです。出演者同士が音楽というジャンルを通して、お互いに好きなものを否定せず受容し、紹介し合う番組なんですけど、それと同じように日本茶やコーヒーの嗜好品の世界も、それぞれの選択肢を認め合うことが大切だと思うんです。カフェで日本茶は提供されていないし、日本茶カフェにコーヒーを置いているところも少ないように思います。そうして分断するよりも、それぞれを気分やシーンに合わせて選べる、そんな環境をまずは増やしていくことが第一歩だと思うんです。そこから、日本茶文化に興味を持って、ゆくゆくは熱い意志を持った人が業界に参入するようになってほしい。新しいプレイヤーを増やしていくことは、僕個人のミッションでもあります」

    まだまだボトリングティー業界の市場規模は小さい。業界をもっと活性化させるため、異業種の参入も増えていってほしいと語る元気さん

    さらに元気さんは、小さい頃から家業としてのお茶を見てきたからこその視座で、日本茶業界全体をもっと盛り上げていきたいという思いがある。

    「年齢とかいろいろな理由で辞めていくお茶業界の方は多いですけど、新しいプレイヤーが増えていないというのも問題です。それは若い人たちにとって、お茶業界に儲からないイメージがあったり、どこかダサいと思われている部分があるからだと思うんです。それも僕らは変えていきたい。ビジネスとしてもカルチャーとしても魅力的な日本茶業界を作っていくために、IBUKI bottled teaのブランドの価値をもっと高めていきたいです」

    静岡のお茶づくりを守り、その伝統を次世代に継承していくことは、昨今の茶業界を振り返ると、険しい道のりであることは間違いない。
    しかし、それでも挑まねばならないし、挑むだけの価値が「IBUKI bottled tea」には込められている。
    ボトリングティーを実際に飲んで、そう感じた。

    幸哉さんが味を追求し、元気さんがその価値を広げていく。
    親子二人の挑戦は始まったばかりだが、前途は厳しくも希望に満ちているように思えた。

    小松元気 |Genki Komatsu
    1994年生まれ。静岡県島田市出身。早稲田大学卒業後、都内にて複数のベンチャー・スタートアップに所属し、事業立ち上げや業務効率化を経験。家業である株式会社カネス製茶の4代目後継として継承予定。IBUKI bottled teaのブランディングマネージャーを務める。
    kanes.co.jp
    ibuki-tea.com(IBUKI bottled teaブランドサイト)
    instagram.com/ibuki_bottledtea

    Photo by Takuro Abe
    Text by Rihei Hiraki
    Edit by Yoshiki Tatezaki

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