• この風景を残したい。「足久保ティーワークス」が願うこと
    <前編> 足久保の魅力に引き寄せられた3人の想い

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    足久保地域は、静岡駅から車で30分ほどの場所にある。安倍川支流の足久保川流域に、山々に囲まれるようにできたこの土地。約800年前の鎌倉時代、聖一国師という高僧が中国から持ち帰った茶の実をこの地に蒔いたとされ、足久保が静岡のお茶づくりの始まりだとされている。

    「このあたりは足久保川を中心に、山が左右に分かれているので、今の時間(14時ごろ)でもう日が陰ってきます。したがって、山間に広がる茶畑は限られた日照時間で育ちます。また、寒暖差も激しく川もあるため霧が発生しやすく、それは天然のカーテンとなります。こうした足久保特有の自然環境が、甘み・香りのあるお茶を育てるのです」

    足久保茶の特徴を説明してくれたのは、足久保地域の茶農業協同組合「足久保ティーワークス」で広報周りを担う石川茜さん。

    足久保ティーワークスは地域の農家30軒ほどが集まって運営されている。みんなで協力して茶園を管理し、足久保茶を製造・販売しているほか、歴史ある足久保茶を後世に継いでいこうと、カフェやイベントの運営、さらには「茶畑オーナー制度」とよばれるような独自の取り組みを行なっている。

    足久保ティーワークスが誕生したのは今から26年前の1997年。発足当初は、地域の茶農家で運営されていた農業組合だったが、近年は“外からの仲間”も加わりその展開にも変化が起こってきた。石川さんもその一人で出身は奈良県。4年前に自ら志願して足久保ティーワークスに加わったという。前編では、まずそうした新たな仲間たちに焦点を当てながら、足久保のお茶文化を見ていこう。

    同年代の茶農家が、足久保茶の未来のために頑張っている姿を知って

    「元々お茶屋のカフェで働いていて、お茶をもっと勉強したいと思っていたんです。そうした時に足久保ティーワークスのことを知りました。茶業界といえば年配の方々が頑張っているというイメージがありましたが、ここは自分と同年代の方も頑張っていて、未来のためにいろんなことにチャレンジしていこうという意志がある組織だと感じました。そこで自分も何か役に立てないかと思い、働かせてもらえないかお願いしてみたんです」

    足久保出身でもなく、茶業界の出身でもない石川さんだったが、現在は広報担当として、カフェやECストア、SNS、「茶畑オーナー制度」など、さまざまな業務に従事している。

    「私が来るまでは、ECストアの注文対応やカフェ運営も、若手の茶農家さんたちを中心に、自分たちの仕事の合間や終わった後に交代で対応していたそうなんです。畑や製茶をしながら、そういった対応をするというのはやはり大変です。今は私が代わりにサポートできるようになれたのはよかったと思っています」

    爽やかな晴天に恵まれた取材当日、石川さんは我々を茶畑が一望できる「見晴らしの茶畑テラス」へと案内してくれた。山の斜面に沿って並ぶ茶畑のすぐそばに設けられたテラスは、2021年にクラウドファンディングで資金を募って作られた。

    テラスからは眼下に茶畑、そして奥には足久保の町とそれを囲む山々が見える。
    足久保ティーワークスで作った緑茶と和紅茶の水出しをいただきながら、その景色を眺めた。この土地と、今飲むお茶の繋がりが自然と身に染みてくる。

    「はじまりの和紅茶〈マイルド〉」(左)と、「はじまりの森緑茶〈やまのいぶき〉」(右)。いずれも水出しでさっぱりとした甘さ。爽やかな風に吹かれて飲むのにこれ以上なくちょうどいい

    「若手の茶農家のみなさんに『なぜ茶業をやっているんですか』と訊いたことがありました。そうするとみなさん同じことを言うんです。『この景色が無くなるのは嫌だ』と。自分たちがやらなければこの足久保のお茶の景色が無くなってしまうという危機感や、それを守りたいという使命感があったんです。みなさん本当に足久保のお茶やその景色を大事にしていて、その茶農家さんの思いを私も伝え続けていきたいと思っています」

    足久保ティーワークスの共同工場と併設カフェ[はじまりの紅茶 Terrace Cafe]がある場所から、徒歩20分ほどの場所にある「見晴らしの茶畑テラス」。道中はちょっとした山登りになり、途中からはおしゃべりする余裕がなくなってしまうほどだが、その先に広がる景色は充分に目指す価値のあるものだ。10月からはテラスをゴールにしたピクニックツアーも始動。テラスでお茶とフルーツサンドをゆったり楽しみながら、足久保の景色とそこで生まれるお茶に思いを馳せる時間にしてほしいと、石川さんの話を聞きながら思った。

    テラスに向かう道中の後半は一気に山の中に。ピクニックツアーにはガイド付きのものと、動画ガイドを見ながら自身で道中を楽しむセルフツアーの二通りがあるので相談してみよう

    土地への愛着がベースにある足久保茶の価値

    販売担当の北條真悟さんは、静岡の清水出身で、実家はお茶や筍を栽培する農家だったという。北條さん自身も農家をやっていたが2年前に辞め、元々親交のあった足久保ティーワークスに参加することになった。

    足久保ティーワークスは[ラスカ小田原]や[テラスモール湘南]など、いくつかのショッピングセンターに長期出店しているほか、全国各地の百貨店の催事にも精力的に出店している。そうした外の店舗運営は、もともと県外に繋がりや出店のノウハウがあった北條さんが参画したことで、より積極的に行えるようになった。

    「足久保は山が急で面積も小さいので、牧之原のように大規模な生産はできません。たくさん流通させて経営していくという形ではなく、価値をしっかりと受け取ってくれる方を大切に、足久保のお茶を丁寧に伝えていきたいと思っています」

    北條さんは続ける。

    「ここに来て驚いたのは、みなさん足久保というエリアを本当に大事にしているということです。お茶にこだわりのある職人気質の農家さんって結構多いじゃないですか。足久保ティーワークスももちろんそこにこだわっているんですけど、それだけじゃなくて、みなさんこの地域や自然がまず好きなんです。その“自然の中で育む茶業”を通して、自分たちが生まれ育った足久保という土地を知ってもらいたい、というモチベーションの方が多いと思います。自分たちの土地への愛着と共通認識が全体にある。自分も元々農家で、山の中を駆け回って遊んでいたので、そういうところはすごく共感できます」

    北條さんは、足久保茶の特徴を土質に見ている。足久保特有の砂利質の土は排水を良くし、根が張り、芽がより伸びるのに一役買っているのではないかと考えている

    足久保ティーワークスでは、昨年「はじまりの紅茶」というブランドを新たに立ち上げた。ティーバッグの和紅茶を中心に、生活の中に手軽に足久保のお茶を取り入れてほしいという狙いだ。柔らかみを帯びたフォントやかわいらしいロゴをあしらったパッケージの商品を展開するこのブランドにはどんな思いが込められているのか。ブランディングに携わっている北條さんに、訊いてみた。

    「僕がティーワークスに来たときに感じた、“みんなが楽しみながらお茶を大事に育てている姿”をロゴでは表現できればと思いました。実際に育てているのはおじさんばかりなんですが(笑)、女の子がお茶を育てているシルエットをロゴにして、足久保茶の温かく優しいイメージをお客さんに伝えたいと思っています」

    立ち上げから一年が経つ「はじまりの紅茶」ブランドは好評で、立ち上げ当初より幅広い層に足久保茶が届いている実感があるという。足久保ティーワークスを支える新たな柱として、これから益々の広がりに注目だ。

    足久保ティーワークスの共同工場に併設されているカフェで販売されている「はじまりの紅茶」の商品。紅茶の他にも緑茶やなどブレンドティー、さまざまなセレクトができる

    足久保ティーワークスの淹れ手としての思い

    [はじまりの紅茶 Terarace Café]で、接客やお茶淹れを担当しているのは宇野明日真さん。北海道出身の宇野さんは、3年前に青森の大学を卒業後、新卒として足久保ティーワークスに参加した最年少のメンバーだ。「和紅茶〈マイルド〉」を淹れてもらいながら、なぜお茶の世界に興味を持ったのか訊ねた。

    「元々コーヒーが好きで、大学時代はカフェ巡りをよくしていました。そんな中、日本茶と料理のペアリングを楽しむイベントに参加した時があり、その時間や空間がとても印象的で、お茶もコーヒーのように嗜好品として楽しめるものなんだと気づいたんです。そこから自分でお茶を淹れてみたり、お茶屋さんに行ったりする中で、徐々にお茶の世界にハマるようになっていきました」

    しかし、お茶に興味を持っても、実際に縁もゆかりもないところへと飛び込むというのはなかなかできることではない

    「お茶に対する勢いがあったんだと思います。Twitterでたまたまティーワークスがスタッフを募集しているのを見つけて、ダメ元で応募してみました」

    宇野さんが淹れてくれた「和紅茶〈マイルド〉」。足久保産の「やぶきた」を原料とし、渋みは少なく、ほんのりとした甘みが口の中に残る。水出し用ティーバッグ、通常ティーバッグ、リーフの3種類が販売されている

    そうして踏み入れた茶業の世界で、生産や製造などを一通り経験し、今はカフェの業務を任されている宇野さんだが、3年目になって自身の働き方や思いも変化してきたという。

    「以前は自分が思う最良のやり方でお茶を淹れてお客さんに提供する、という意識でカフェに立っていたんですけど、それではダメだと思うようになりました。足久保ティーワークスがつくるお茶の魅力をちゃんと伝えるにはどうしたらいいんだろうか、自分には何ができるんだろうと考えるようになってからは、自分の個人的なこだわりは薄れていくようになったんです」

    淹れ手として、足久保ティーワークスのお茶に込められた思いを汲み取り、どうお客さんに伝えるかを考える。そのことに集中しているという宇野さん。それはお茶作りに励む茶農家の姿を間近で見たことも関係している。

    「カフェやテラスを作ったり、実際に茶畑に足を運んでもらうイベントを行うのもそうですが、“お茶を通してこの足久保という土地を好きになってもらいたい”という思いをみなさんからすごく感じます。ティーワークスの茶農家さんは向いている方向が一緒なんですよね。みんなが“足久保のお茶を残していきたい”という思いで統一されている。それがある種、ひとつの強烈なこだわりになっている。足久保茶を未来に繋いでいくことを前向きに考えているし、時代の変化に合わせて方法も変えながら続けていく努力をしようとしている。『茶農家って面白そうだな』と思うこれからの人にとっての希望にすら、僕には思えるんです」

    3人は出身も経歴もバラバラ。足久保ティーワークスにおいてもそれぞれの役割で貢献をしているし、この日の取材もそれぞれ別の場所で話を聞いたわけだが、“足久保の茶農家たちの土地に対する愛着と真摯な思い”に共感するということは共通していた。お茶がこの土地のアイデンティティと呼べるものとして今も息づいていることを感じた。

    3人が足久保ティーワークスに加わったことで、その取り組みは広がり、以前より多くの人が足久保を知る機会に繋がっている。一方で、足久保ティーワークスの根幹を担うのは、この土地で育ち、代々お茶作りを続けてきた茶農家の方々であることも間違いはない。

    後編では、昔から家業として足久保でお茶作りをしてきた茶農家の方の話も交え、「茶畑オーナー制度」などの足久保ティーワークスの独自の取り組みや、その茶作りについてさらに紐解いていく。

    足久保ティーワークス|Ashikubo Tea Works
    1997年に地域の茶農家が集まり発足した茶農業協同組合。茶園管理を徹底、安心安全で美味しいお茶づくりを目指し、足久保茶を多くの方に届ける様々な活動をしている。2022年からは「はじまりの紅茶」として足久保茶商品を展開し、より広く暮らしの中にお茶を届けていく未来を描いている。
    ashikuboteaworks.com
    hajimarino.official.ec(はじまりの紅茶 ECストア)

    Photo by Eisuke Asaoka
    Text by Rihei Hiraki
    Edit by Yoshiki Tatezaki

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