• 途方もないお茶の世界を楽しむ羅針盤になりたい
    京都・河原町[7T+]中野賢二さん<前編>

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    京都の中心街を東西に貫く四条通。烏丸から河原町、祇園、そして八坂神社へとつづく通りは祇園祭の山鉾巡行やまほこじゅんこうの通り道で7月には人々でごった返すが、そうでなくとも、大きな商店街、多くの飲食店や小売店、ホテルなどなど、京都を訪れたなら避けては通れないといったエリアだ。そんな四条通を一本下がったところに今回訪れたお茶屋[7T+(セブンティープラス)]はある。

    綾小路通に現れる「茶」のネオンサインが目印

    通りに面した2面はガラス張りで店内が伺える。歩く人の中には、ふと立ち止まり、反射を避けるように首を横に動かしながらガラス越しに中を覗き込む人が多い。

    2021年6月にオープンした[7T+]は、日本・中国・台湾を中心に世界の茶葉を幅広く扱う茶葉店だ。店のセンターポジションを占める白いタイル貼りのカウンターの上には、ガラス容器がざっと70個も並んでいて、中には多種多様な茶葉が収められている。さらに、宇治の抹茶を使ったラテや台湾アッサム紅茶のジェラートなど、茶葉店としてのこだわりが詰まった各種カフェメニューも充実する。中では、オーナーの中野賢二さんをはじめとしたスタッフが、いたってリラックスした雰囲気で国内外からのお客を迎えている。

    オーナーの中野賢二さん。この日スタッフは大阪の百貨店の催事に出払っていて、終日一人でお店に立つ。「夜型なので朝は写りがよくないんですよ」と笑いながらも、心地よく差し込む光の中でお店を開けた

    お茶の「羅針盤」になれるお店

    お店に入っての印象はシンプルでフラット、いやむしろ“シンプルすぎる”と感じるかもしれない。店内に全部で80種類前後あるという茶葉にしても、値段はおろか名前すら記載がないし、棚に並ぶ茶器にも小さな数字のブロック(値段だろうと察しがつく)が添えられているだけだ。

    「『僕以外は全部売っています』と言ってるんです」と、中野さんは笑って答える。中野さんの後ろの棚には、おそらく中国の、茶葉をブロック状に固めた珍しい品々まで並んでいて、「もちろん非売品もありますが、どうしてもと言われればどれもお売りできます」とのこと。中国の国家資格である「評茶員」の資格を持つと聞く中野さんは、思いの外、ユーモラスな人物のようだ。

    「とんがったお店だと思われることもあるのですが、実は全然そうじゃないんです。むしろ、“昔ながらのお茶屋さんがこういうことをしてくれたらお客さんは嬉しいんじゃないか”ということをやろうとしている感じです。今度、焼き芋をやりたいと思っているんですよ。キロ数百円で安く売られている間引き芋があるのですが、すごくおいしいんですよ」と、やはり軽い調子で語ってくれる。

    しかし、その裏には中野さんの狙いがある。あえて“不便にする”ことは、スタッフと客が自然とコミュニケーションを取ることにつながっている。

    「値札や説明がない、ましてはどんな状態で販売しているかもわからないというのは、きわめて不親切とも言えますよね。こうしたお店の形ができたそもそもの発端は、2000年に自分が初めて中国に行ってお茶を買おうとしたときの経験です。現地の茶葉屋さんに行って感じたのは、まず『わけがわかんない』。どんなお茶が好きか? 予算はどれくらいか?どのグレードがいいか?などと矢継ぎ早に聞かれるのですが、答えようがない。とにかくわからないから全体を見せてくださいとお願いしたら、『全部で3,000種類くらいあるからそれは無理だ』と言われました。それが自分にとっての原体験になっていて、おそらく、こうした茶葉専門店というところに足を踏み入れるお客さんも同じ気持ちになると思うんです」

    その上で、中野さんは、そうした全ての人たちにとっての「羅針盤になれるようなお店」を目指したという。

    「よく『茶葉がたくさんありますね』と言われるのですが、これは氷山の一角です。特徴的なものをピックアップして、ある意味では“その3,000種類”を代表していると言えるといいなと」

    7つに分類し“茶の全部”を見渡せるギャラリー

    お茶の途方もないバリエーションを体感した中国での経験を基に、中野さんは「自分にあったお茶を見つけるための羅針盤」となるお店を目指した。そのために、「お茶を7つに分類する」ことをお店のコンセプトにし、そして、それは店名にも反映された。

    上の写真をご覧いただくと、右上から時計回りに「緑茶」「白茶」「黄茶」「青茶」「黒茶」「紅茶」、そして中央に「茶外茶」が並んでいる。“7つのお茶”のベースになる考え方は、1978年に中国安徽農業大学の陳教授が提唱した「六大分類法」だ。製法の違いによってお茶を上記の6色に分類したことで、「それまで混沌としていたお茶の分類の世界に秩序が生まれた」と、中野さんは語る。

    さらには、“お茶の種類”は一般の私たちが思うよりも目まぐるしく、現在進行形で進化しつづけているのだという。

    「緑茶は不発酵で紅茶が全発酵というのも間違いとは言えないのですが、萎凋した緑茶なども出てきているし、ダージリンのファーストフラッシュの中には完全に発酵していないものもある。つまり、お茶の現実に追いついていない解説も出てきています。これから発酵茶を飲んでみたいという人が日本でも増えると思いますが、そうした方に説明する際にも六大分類法は役に立つと思っています。誰もが知る緑茶と紅茶の間にこれだけのお茶があることを知ってほしい。なので、黒茶はあえて5番目(紅茶と順番が逆)にしています」

    その結果として、[7T+]の茶葉はすべてフラットに扱われている。“特選”といった売り文句や産地によるブランディングから茶葉を選ぶということにならない。これは意外と新しい体験かもしれない。しかし中野さんは次のように話す。

    「ワインだと、赤か白か、あるいはロゼかオレンジか、という選択から入ってその後に産地や品種、製法といった情報がついてきます。コーヒーにしても、フレーバーから選んだ結果、産地や製法が見えてくる。個人的に、世界中で生産され消費されるものは必然的にそうなるんだろうと思います。どんなお茶があるのかわからないのに、産地を選ぶというのは難しいことですよ。実際、宇治の中でも農家さんごとにそれぞれ違うことをしていますし、これからはますます細分化していく。どこ産だから、というものでもなくなっている部分がある」

    ここで一杯お茶を入れていただく。中国茶も気になるものが多かったのだが、日本のお茶、緑茶で、何か面白いものを……と会話をしながら選んでいただいた
    「宮崎の山奥にある椎葉村、標高1,000mを超す山のお茶です。在来、手摘みの釜炒り茶です。ちょっと烏龍茶っぽく微発酵している香りもあります」
    ガラスの茶器がスタイリッシュだが、それよりも「家にコップがあればお茶は淹れられますと伝えたいです」と中野さん。基本的には、茶葉とお湯を容器に入れ、蓋をしておくだけ
    昨年英国で行われた国際コンテストで日本の釜炒り茶が金賞を受賞するなど、日本のこうしたお茶にも今後世界からの注目が高まる可能性があると中野さんは期待する

    「ここにあるのはマニアックなお茶ばかりかと言えばそうではなくて、例えば狭山の深蒸し煎茶は、いわゆるど定番の日本茶です。ここにある3分の1はそうしたレギュラーのお茶。情報抜きで素直においしいと思うものは、実は身近にあるものだったりするので、そうしたお茶は大切に提供しつづけたいと思っています。他の3分の2は小ロット・売切れ御免のお茶でよく入れ替わります。小規模生産のお茶が扱えるというのは、お店の一つの個性だと思います」

    ギャラリーのような感じです、と中野さんは自店を喩える。シンプルな展示方法は変わらないが、“作家さん”は頻繁に入れ替わっていて新しい発見があり、また一方でいつもの安心の味もある。

    「そのバランスは意識していますね。普通煎茶の朝宮茶なんかも、このお店がある限りずっと置いておこうと思います。混合(合組)も伝統がありますし、シングルオリジンに偏るつもりもありません。やはり、お茶も定番が元気じゃないと絶対盛り上がらないと思う。普通のお茶が注目されない限り、定着しない」

    そうした一言ずつに中野さんの深いお茶観が覗くようで、もっとお話を聞きたいと思わされる。後編では、陶芸家として活動した経歴を持ち、中国料理店をきっかけに20年以上中国に通うようになったという中野さんの半生も深掘りしてみよう。

    中野賢二|Kenji Nakano
    大阪生まれ、東京育ち。大学ではフランス語を学び、渡仏し数年を過ごす中で、日本文化に目覚める。伊賀焼の窯元で7年修行した後独立し、滋賀・信楽町に窯を開き8年陶芸家として活動。縁あって上海出身のシェフと出会い、2004年、京都・出町柳に中国料理店[燕燕]をオープン(現在は別経営)。2021年6月、河原町に[7T+]をオープン。中国の国家職業資格である評茶員。日本茶インストラクター。

    7T+|セブンティープラス
    京都府京都市下京区塩屋町73番地1
    11:00〜19:00、無休
    (変更の場合あり。インスタグラムストーリーズにて告知)
    7teaplus.com/about
    instagram.com/7teaplus_kyoto

    Photo by Tameki Oshiro
    Text by Yoshiki Tatezaki

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