• 静岡からお茶染めの文化をつくるということ
    お茶染めWashizu. 鷲巣恭一郎さんと、[茶屋すずわ]の渥美慶祐さん<前編>

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    駿河和染の伝統と静岡茶が合わさる場所

    静岡駅から車で20分足らずの距離にある丸子まりこエリア。お茶好きの方なら、「丸子紅茶」がまず頭に浮かぶかもしれない。歴史的には東海道五十三次の宿場町の一つ、丸子宿があった場所。慶長元年(1596年)創業、自然薯を使ったとろろ汁がいただけるお店として有名な[丁子屋]があるのもこのエリアだ。

    そして、ほど近くには国内最大級とされる伝統文化体験施設[駿府の工房 匠宿]がある。2021年にリニューアルされた館内では、静岡に伝わる竹細工、和染、木工、漆、陶芸などの工芸が実際に体験できる。

    今回は、ここで「お茶染め」という独自の染め物を研究し、文化として発信している鷲巣恭一郎さんの元を訪ねた。

    工房の一角にて、寸胴鍋を撹拌する鷲巣さん
    その様子を見守りながら質問を投げかけるのは、[茶屋すずわ]の渥美慶祐さん

    鷲巣さんの工房を訪れたいと、取材チームに加わってくれたのは、静岡市で[茶屋すずわ]を営む渥美慶祐さん(過去のインタビュー記事はこちら)。とある伝統工芸のプロジェクトで、鷲巣さんのお茶染めの巾着袋と渥美さんがブレンドした静岡茶のセットを販売したことが知り合うきっかけとなったが、顔を合わせて会うのはこの日が初めて。

    「お茶染めって、これまで何でなかったんだろう?って不思議に思うほどですけどね。鷲巣さんは自分でやり方とかを研究されているんですよね?」と渥美さん。

    「草木染めの分野ではあらゆる植物を使って染めてきた歴史がありますので、お茶を使って染めた、ということは過去にもあったはずです。ですが、それをいかに効率よく、商業ベースで成り立つ形で行うかということはこれまでになかったといえるのだと思います。お茶よりも染まりやすい天然染料というものはありますから、あえてお茶で染めるという選択はあまりなされなかったのでしょう」と鷲巣さんが答える。

    「お茶染め Washizu.」で作られる雑貨の一部。手拭いや小物入れ、シャツなど。柿渋色よりもやや深い感じのするお茶染めの色。ゴールド/オレンジ気味の柄の部分は、チタンを含む糊を塗りつけ熱を加えることでそのように発色する

    お茶染めに使われるのは、もちろんお茶っ葉。鷲巣さんが使うほとんどは、出物でものと呼ばれる、商品にならない部分のお茶や廃棄されるもの。30キロの袋の中には、確かにお茶商品としては少し色褪せた印象を抱くがそれでも茶葉とわかるものがどっさり。他にもケバと呼ばれる、製茶の過程で機械に残ってしまう、ほとんど粉状になった部分も使われていた。

    お茶染めの職人として、鷲巣さんは「どんな部位でもしっかり染まるように研究をしている」という。茶葉の品質や状態によって微妙な染めの出方の違いはあるにはあるが、「捨てられてしまうものに価値をつけること」に、お茶染めの一つの意義があると鷲巣さんは考えている。

    「原料を集めるということを考えると、やはり茶産地であることは大きいと思います。自分がお茶染めを始めたのも、たまたま知人からいらない茶葉をもらったことがきっかけになりましたから」

    鷲巣さんはもともと、「鷲巣染物店」を親から引き継ぎ、型染めと呼ばれる手法でさまざまな注文をこなす職人としてキャリアをスタートさせた。たとえば、飲食店の暖簾。文字でも絵柄でも型紙を起こして、ステンシルのような要領で柄をつけ、染めていく。その型染めの手法は今でも行なっていることだが、「お茶染め」という自分オリジナルの染めを持ったことは“職人”から“作家”として生きるための大きな転機となった。

    鷲巣さんの代表作とも呼べる茶畑の型を眺める二人。茶畑を俯瞰して見たようなモチーフを、大胆な太い線で描く、モダンでオリジナリティ溢れるデザイン
    こだわりはディテールに。直線で描けば楽なところを、あえて揺れた線を描くように切り出している。「これがあることで全体の雰囲気が変わってくるはず」と鷲巣さん

    「お茶染め」に挑戦した時のことを鷲巣さんはこう語る。

    「当時は下請けとして、来た注文に対してうまく応えるという仕事だったんですね。印刷の技術革新が起こると染物業界が衰退したわけですが、そうした時に、自分独自の染めを持たないと生きていけないと考えたんです。ちょうど知人から茶葉をもらったことを思い出し、静岡でやるならと取り組み始めました」

    茶葉を無駄なく使いながら、いかに良く染めることができるか。鷲巣さん曰く、“良く染まる”とは「濃く、丈夫で、艶があること」。今ではその技術をお弟子さんやお茶染めに興味がある人へと伝えている。

    「始めて数年してから、お茶染めを文化として広げなくてはいけない、という考え方になっていきました。そうすることで、お茶染めの市場が生まれ、もちろん自分に還ってくることもあるという期待もありますが、他の人がさらに進化させていってくれるかもしれないというワクワクもあります」

    染めることだけではなく、デザインを起こし、型紙を切り抜くことも作家としての仕事。総合力が問われるのだ。静岡の型染めといえば、重要無形文化財である故・芹沢銈介が有名。その弟子で今年1月、101歳で亡くなった名染色家の故・柚木沙弥郎の作風が特に好きだという鷲巣さん。「太い線の大柄が好きなんです」

    「つまり、お茶染めをやりたいっていう人はみんな鷲巣さんの作品を見て入ってくるわけですよね。だから、僕らは文化の入り口になる現場を見ているんだと思うとすごいですよね」と、感激した様子の渥美さん。かく言う渥美さんもお茶文化の重要地点・静岡で170年以上の歴史を背負う茶問屋の主人。ものづくりの大変さと素晴らしさは強く感じたはず。

    「でも、値付けって難しいですよね。ほぼ自分しかやっていないという立場だと、それはそれで値付けに悩みそう」(渥美さん)

    「そうですね。一人でやっているうちは高い値段をあえてつける意識は薄かったかもしれないのですが、後進のためにとか文化のためにと思うと意識しますよね。それはここ数年で変わってきたところです」(鷲巣さん)

    「そう、一番先の人とか上の人がどれくらいの値段をつけるかって、その世界の中で生きる人にとって大事なんですよ」(渥美さん)

    「独自のものを作ろうとして、そこから文化として広めようとしてレシピを共有して、最近はそれまで興味がなかった展覧会への出品という活動もしています。それぞれやっていることのベクトルが違うなと思いながらやってはいるのですが、いずれも同じ目標のために大事なことなんだなと思います」(鷲巣さん)

    “文化を伝える”。
    それは鷲巣さんと渥美さん、それから各地でさまざまなものづくりに携わる人々に共通の目標。“静岡のお茶”をきっかけに出会ったお二人の会話に俄然熱がこもってきたので、もう少しお茶を飲みながらお話を伺いたい、と場所を[茶屋すずわ]に移しお茶文化について深掘りをさせていただいた。

    鷲巣恭一郎|Kyoichiro Washizu
    静岡市の北部、羽鳥の染色工房「鷲巣染物店」5代目として、駿河和染の伝統を継承しつつ、独自の表現技法の一つとして静岡の茶葉を活用した「お茶染め」に取り組む。「お茶染め Washizu.」を主宰しながら、現在は、静岡駅から車で10分ほどの距離にある「駿府の工房 匠宿」で工房長も務める。 www.ochazome-shizuoka-japan.com
    takumishuku.jp

    渥美慶祐|Keisuke Atsumi
    静岡市の[茶屋すずわ]店主。創業170年の茶問屋・株式会社鈴和商店6代目として茶問屋を営む傍ら、「現代の茶屋、人々の暮らしになくてはならない大切で優しい寛ぎの存在」をコンセプトに、お茶とそのまわりの物を扱う同店を2017年にオープン。これまでお茶に興味がなかった人に少しでもお茶のある暮らしの良さが届くよう、日々発信している。
    chaya-suzuwa.jp
    instagram.com/chayasuzuwa

    Photo by Eri Masuda
    Text by Yoshiki Tatezaki

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