• 愛知・常滑の急須作家、伊藤雅風さんの素顔<後編>
    いい急須の条件

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    愛知・常滑の急須作家、伊藤雅風さんの素顔<前編>急須づくりは土づくり

    伊藤雅風がふうさんの急須に魅了される人がますます増えている。堂々としたクラシックなデザイン。それでいて、均整の取れたスマートさ。手に取れば、土の表情や質感がダイレクトに伝わってくる。この魅力はどこから来るのだろう? 雅風…

    2024.05.17 INTERVIEW茶と器

    伊藤雅風さんが急須をつくるまで

    伊藤雅風がふうさんは、2012年に急須作家として独立し、地元・常滑での作陶生活も11年目を迎えた。学生時代は野球と陸上に打ち込んでいたと聞いて一瞬意外に感じたが、実際にお会いするとたしかに、180センチを越す上背にがっしりとした体格を見ると納得した。野球は観戦するよりも、とにかくプレイすることが好きだったという。そんな雅風さんが進んだのは、セラミック科という陶芸を学べる学科がある高校。常滑に生まれ育ち、焼き物はなんとなく身近な存在で興味を持ったのだという。

    「ロクロ挽きがしたいという方向性というのは見えていたのですが、急須は当時の自分には難しすぎて挑戦すらしませんでした。大学も焼き物ができるところに進学して、それまで地元なのにほぼ行ったことがなかったやきもの散歩道(常滑駅から歩いて行ける距離にある観光スポット)に仲間と行って、初めてまじまじと急須を見たんです。すごさがより理解できるようになっていて、それから自分で作ってみたりし始めました」

    急須にのめりこんだのは、「一番難しい焼き物だと思ったから」。それができるようになればどんな焼き物もできるようになるはず、と最高峰に挑むことに燃えたようだ。

    物置を開くとガス窯が現れる。陶芸の家系に生まれたわけではないため、設備の面でもゼロからのスタートだった雅風さん。こうした窯が揃ったのもここ最近だという

    大学2年生になる春休みに、大きな縁に恵まれる。常滑急須の名工・村越風月さんに弟子入りが叶うのだ。地元の人間でかつ地元で急須づくりをやろうと考える人に教えたいと願っていたという村越さんにとっても、雅風さんは貴重な存在だったのだろう。

    「雅風という名前は、自分の本名から『雅』の字に、大将の名前から『風』をいただいてつけました。雅びな風、ですからね。もっとおじいちゃんを想像していたという人もたまにいますよ(笑)」

    独り立ちしてすぐは、なかなか急須が売れない時期もあったというが、その完成度の高さはギャラリストの目に留まり、その魅力は全国へ。今も年に一回だけ開催される個展では入手困難なほど人気を集めている。

    多くの人が惚れる雅風さんの急須の魅力は、なんといっても媚びることがない堂々とした美しさだ。その急須が雅風さんの手の中でどう生まれるのか。その姿を見させてもらった。

    粘土の形をパンパンと両の手で整えながら、胴体を作るために重さを計ってロクロに載せる
    一つの塊から一つの胴体をつくる「一個挽き」は常滑急須づくりの特徴の一つ
    胡座をかき低い姿勢で床に埋め込まれたロクロを使って挽くのも常滑でよくあるスタイルなのだそう
    指紋の線が模様として残る「筋挽き」も美しい
    蓋、注ぎ口、持ち手は「棒挽き」とよばれる、大きな粘土の塊の上にそのパーツを成形しワイヤーを使って切り離す挽き方
    竹のヘラの他、刷毛、鹿の布、ワイヤーといった小さな道具を使って、形を作り出していく
    急須を構成する各パーツ。右から胴体、蓋、持ち手、注ぎ口。さらに別で作る茶漉しがある

    「こんなサッとつくると簡単に思われるかもしれないですけどね」と雅風さん。簡単そうに見せるのはまさに職人の腕であるし、もちろん今回はデモンストレーションなので、本気の技術は省略されているはず。それでも、一つの粘土の塊から、これほど美しい形が立ち上がるのはもはや魔法のようだった。

    普段は1週間単位で制作のサイクルを考えるそうで、つくれるのは20〜30個。早い職人だと80〜100個くらいつくれるそうなので、雅風さんは自分でも言う通りかなり少ない方なのだそう。

    焼いてからも、傷があるものはもちろんだが、微妙なバランスやラインの具合に納得がいかず割ることもあるという。「量がつくれないんです」という悩みは本音なのだ。

    いい急須の条件

    急須づくりのディテールやこだわりを解説してくれていた雅風さんから突如、鋭い質問が飛び出した。

    「いい急須の条件って、何だと思います?」

    ええっと、たとえば軽い急須を持つとすごいなぁと思ったり、水がびっくりするくらいきゅっと切れるものとかもありますよね……などとしどろもどろに答える。
    すると。

    「僕はもっと浅い考えで。『これでお茶淹れたいな』って思わせる急須。もうそれだと思っていて」

    いや、むしろ深い!
    精密で隙がないとすら感じていた雅風さんの急須。それをつくる本人の口から出る、あまりに鋭い答え。

    「常滑には人間国宝の急須がありますが、それが驚くほど軽いかとか、絶対水が垂れないか、蓋が微動だにしないか、といえばそういうわけではない。やっぱりある程度厚みを持たせないといけない部分というのもありますし、全てバランスが大事だと思うんです。職人の世界にいると、できるだけ軽くとか、蓋はぴったりとかという方向に染まっちゃいがちなのですが、一周回って『どうなんだろう?』って立ち止まります。昔の急須に感じる、媚びていない感じが僕は好きなんです」

    「急須屋兼急須コレクター」を自称する雅風さんの骨董急須のコレクションを見させていただいた。これは、初代山田陶山作「朱泥菊型茶銚」。初代陶山は明治期に清から伝えられた宜興茶壺の技法を常滑の陶工から学んだ一人
    二代松下三光作の「白泥藻掛急須」。海藻を巻きつけて焼くことで独特の模様と色が出る「藻掛(もがけ、緋色焼きとも)」も常滑急須の特徴の一つ。「これは軽すぎる急須の例でもあるのですが」と言う通り、持ち上げようとすると、紙でつくったかのように軽い
    初代山田常山作の「真焼急須」。人間国宝・三代常山の祖父の作品。「こういう急須を見ると、自然と背筋が伸びて、丁寧にお茶淹れたくなるなって思わせてくれますよね」

    媚びていない感じ。それは、作家の個性や意志が表れているということだろうか。まだまだ理解は及ばない。しかし、「お茶を淹れたくなるかどうか」という基準は、誰もが自分ごととして持っているといいものだと感じた。急須というとどうしても敷居が高く感じるが、要はときめくかどうか。手に触れてみたい使ってみたいと感じるかどうか、素直に見つめればいいのかもしれない。

    雅風さんお手製の急須型クッキー。クッキー型は数種類あるようで、特注されたそう。米粉のやさしい甘さで、ややざくっとした食感が烏龍茶と合う

    最後に雅風さんがお気に入りのお茶を自分の急須で淹れてくれた。静岡県静岡市諸子沢の[黄金みどり茶園]がつくる「焙煎烏龍茶 向日葵」。使う急須はその茶畑の土を使ったものだ。お茶も急須も土がなくては生まれないもの。それを感じさせる究極のペアリングだ。

    さらには、同じ茶葉を練り込んだ米粉の急須クッキーも雅風さんの作。料理は雅風さんが担う家事でもあり趣味でもある。でも、雅風さんが一番熱中できることはやはり急須づくり。

    急須への愛が溢れる素顔が少し知れて、ますます雅風さんの急須が好きになった。

    伊藤雅風|Gafu Ito
    1988年、愛知県常滑市に生まれる。常滑高等学校セラミック科を卒業後、名古屋造形大学産業・工芸コースに進み陶芸の基礎を学ぶ。在学中の2009年から村越風月氏に師事。2012年、独立。愛知県常滑市にて制作。2024年12月14〜21日、埼玉・川越市のギャラリー うつわノートにて個展開催。
    instagram.com/gafu_ito

    Ocha New Wave Fes 2024での特別展示販売決定!
    5月25・26日に開催される「Ocha New Wave Fes 2024」では、伊藤雅風さんが京都・宇治白川土でつくる急須などが展示・販売されます。この土は、同イベントに出店する[売茶中村]から提供されたものです。会場では、作品を実際に手に取り、試し注ぎも可能になる予定です。なお販売方式は抽選を予定しております。貴重な機会をぜひ会場でお見逃しなく。
    https://onwf2024ticket.peatix.com

    Photo by Mishio Wada
    Text by Yoshiki Tatezaki

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