• 創業165年、父から娘へと受け継がれた“うちの味”
    金沢[野田屋茶店]の加賀棒茶<前編>

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    今や全国的に知られている石川県発祥の「加賀棒茶」。焙煎由来の香ばしさと口いっぱいに広がる甘さが特徴の加賀棒茶は、最近ではカフェのドリンクやスイーツとしても人気だ。元々は石川地域特有の“いつものお茶”だったものが、全国で愛されることになった一番の理由はその豊かでやさしい風味。今回は、そんな加賀棒茶の味がどうやってつくられているのかを知るべく、石川県金沢市の[野田屋茶店]を訪れた。

    加賀棒茶の味づくりを求めて金沢へ

    [野田屋茶店]が店を構えるのは、金沢随一の繁華街・片町のすぐ隣の竪町たてまちというエリア。竪町通りにはホテルやアパレルショップ、ギャラリーなどが並んでいて、歴史と変化が入り混じりながらも落ち着いた雰囲気が漂っていた。[野田屋茶店]はこの場所で1859年(江戸時代の安政6年)、初代・野田孫七氏が創業し今年で創業165年を数える老舗だ。

    「加賀棒茶」の歴史は明治時代に遡る。1902年(明治35年)に金沢の茶商・林屋新兵衛が、それまでは使われていなかった茎の部分を焙じて売り出したところ人気を博し、その製法が県内に伝わり、石川県では定番のお茶として親しまれるようになった。

    「昔は『番茶』って呼んでいた。加賀棒茶っていうのは昔から石川県独特のものなんよ」

    そう話すのは、このお茶屋を60年の長きに渡って支えてきた4代目の野田正輝まさてるさん。

    「昔、棒(茎のこと)は捨ててたんだ。林屋さんていうお茶屋さんがあって、そこが焙じてみたら美味しかったから、みなさんやらんか?っていうのが始まり」

    御年83歳の正輝さんは、毎日5kmのウォーキングを欠かさないと胸を張る。この日も加賀棒茶についてお店の歴史についてお話を聞かせてくれた。しかし、7年ほど前に大病をしたこともあり、現在、加賀棒茶づくりは娘の泉 和美さんが引き継ぎ、経営は和美さんの夫・清市さんが担っている。

    「身体さえ大丈夫なら今でも焙じてるよね?」と和美さんが振ると、「もちろんもちろん!」と即答を返していた正輝さん

    この日の午後、お店の裏手にある小さな工場では和美さんが加賀棒茶の焙煎を行なうとのことで、早速見学をさせてもらうことにした。

    直火と砂煎りを掛け合わせる[野田屋茶店]の加賀棒茶づくり

    焙煎を行う泉和美さん

    工場に入るとまず2台の焙煎機が目に入った。上の写真右奥に写るクリーム色の機械が直火の焙煎機で、左のブルーグリーンの機械が砂煎りの焙煎機。直火の焙煎機はすでにガラガラと音を立てて稼働している。焙煎機はドラム式になっていて、茎が回転であおられながら下からガス火で火入れされる。正輝さん曰く、昔は炭火でやっていてそれはそれは大変だったそう。正輝さんに代替わりしてから、機械を揃えて現在の製法が確立された。和美さんはその背中を見て、[野田屋茶店]の加賀棒茶づくりを学んだ。

    [野田屋茶店]の加賀棒茶で特徴的なのは、直火と砂煎りの2種類の焙煎を掛け合わせること。これは正輝さんの先代から変わらないつくり方。焙煎方法はお茶屋によって異なるそうで、他店の製法は互いに詳しくは知らないそうだが、両方の焙煎方法を用いてつくっているのは現在[野田屋茶店]の他に1軒あるくらいなのだそう。

    砂煎りというのは読んで字の如く、砂を用いて茎を焙煎すること。その砂というのが、こちら。

    細かい粒子の白くてきれいな砂。ちょっといい塩にも思えるきれいさだが、紛れもなく天然の砂で、こちらは静岡県の大井川のものを取り寄せているのだそう。

    砂煎りの焙煎機。最終的に重さの軽い茎は風で吹き上げられ中央の管から落ちてくる。管から垂れ下がるのは静電気避けのためのもので、正輝さんが工夫してつけたものだそう
    砂煎り焙煎機の内部では、このように砂と一緒に回転しながら火を通される

    まず原料である茎を篩にかけてから、次に「仮入れ」と「本入れ」という2回の火入れ(焙煎)を行う。仮入れは全て直火で、本入れは直火と砂煎りで半々くらいに分けて行う。最後に全てを混ぜ合わせるというのが全体の工程。

    この日の仕込みは全部で50kg。焙煎機の容量的に複数回に分けて焙煎しなくてはならず、和美さんは次から次へと茎を投入しては取り出すという作業を繰り返していた。

    焙煎機がフル稼働すると、工場内はまさに蒸し風呂状態。そばで見ているだけの我々も汗をかくほど。焙煎はかなり体を張った作業だ。

    篩にかけ、細かい粉状の部位などを取り除く
    直火焙煎機に茎を投入する
    焙煎したらアルミ床の上に広げ、スコップを使って撹拌して空気に触れさせる。これをしないと茎がふっくらと膨らまず、いい仕上がりにならないという
    焙煎を止めるタイミングの判断は煙を見ること。よーく見ないとわからないくらいの煙の上がり具合を見極める
    こちらも正輝さんお手製の道具で、色づきを確認する

    意外にも頼りは嗅覚よりも視覚。煙の上がり具合や茎の色づきによって焙煎度合いを感じ取るのだそう。コツを尋ねると「感覚でしかないよ」と笑う和美さん。父の正輝さんからそのつくり方を引き継いだとはいえ、教科書のように教えられるものではなく、見よう見まねで習得していったのだそう。

    「うまくいかなかったときっていうのは、香りがしないんですよね。焙煎はしっかりしてあるはずなのに、『香りがしない!』って昔からのお客さんに突き返されたこともありました。今思えば多分火加減だったと思いますが」と和美さん。「常連さんはわかったみたいですね」と、泉清市さんも振り返る。

    裏を返せば、飲み慣れた人にとっては「この味でないとだめ」というくらい染みつくお茶になるということだろう。焙煎方法はお茶屋ごとで違うから、味わいも少しずつ違う。[野田屋茶店]のは病みつきになる味と言われるそうで、あるお客さんからは「何か入ってる?」と冗談を言われたことがあるそうだが、もちろんそんなことはなく、お茶の茎を丁寧に丁寧に焙じただけのもの。

    しかし「精魂込めとるね!」とは和美さんの言葉。「飲んでもらって、それを感じてもらえたらいいけど」と語る。

    直火で本入れした茎と砂煎りで本入れした茎を最後に混ぜ合わせる。直火の方からはしっかりと香ばしい焙煎香が立ち上ってくる。砂煎りの方からは、焼き野菜や果実味のあるコーヒー、最中の皮のような複雑な甘い香り。直火焙煎による「香り」と、砂煎りによる「甘味」「旨味」、双方のいいところを掛け合わせた[野田屋茶店]の加賀棒茶。手間暇を惜しまず、まさに精魂込めてつくられた逸品だといえる。

    焙煎前の茎(左)と後の茎
    できあがった加賀棒茶。やや照りのある黄金色で、軽くてサラサラ、ふっくらと仕上がっている。[野田屋茶店]では焙煎度の違いで3種の商品があるが、これは真ん中の焙煎度(中深煎り)の「薫」

    体中に香ばしくて甘い香りを纏いながらの見学を終え、今度は加賀棒茶をゆっくり味わわせてもらうことに。後編では、家族で守ってきた[野田屋茶店]の歴史と加賀棒茶の文化について聞いていこう。

    野田屋茶店|Nodaya Chaten
    1859年(安政6年)創業、石川県金沢市竪町の茶屋。一番茶の茎を焙じた加賀棒茶は地域の人々に長きに渡って親しまれているだけでなく、全国各地に根強いファンを持つ。約60年もの間暖簾を守ってきた4代目の野田正輝さんを継いで、娘の泉和美さんが加賀棒茶を焙煎をつづけている。カフェでは、加賀棒茶を始めとしたお茶の他にパフェやクリームぜんざいも楽しめ、地元客だけではなく多く観光客も訪れる。
    石川県金沢市竪町3
    www.nodayatea.jp

    Photo by Kumi Nishitani
    Text by Yoshiki Tatezaki

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