• 日本茶の“可能性”を追求した10種のブレンド茶
    麻布台[SABOE TOKYO]櫻井真也さん<前編>

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    2023年冬に開業し注目を集める麻布台ヒルズ。敷地内には商業施設、オフィス、レジデンス、ミュージアム、ホテル、インターナショナルスクールといった様々な都市機能が内包されているほか、約6,000m2の中央広場など至る所に緑があり、「Modern Urban Village」のコンセプト通りに自然と都市が調和した空間が形成されている。六本木ヒルズと虎ノ門ヒルズの間に造られたこの新たなヒルズは、眼前に東京タワーを見据え、新たな東京の観光・ビジネススポットとして開業以来多くの外国人も訪れ、賑わいを見せている。そんな未来の街のあり方の一端を示すスポットに、今年の春、日本茶専門店[SABOE TOKYO]がオープンした。

    味わいのポイントを具体化し、自由な発想でブレンドを考える

    麻布台ヒルズという国際色豊かな場所で、日本の文化の代表とも言える日本茶を発信していく[SABOE TOKYO]。食にまつわる様々な店舗が集まった「ガーデンプラザC」の1階エントランス横に位置する店舗に足を踏み入れると、漆喰と木材、そして石材で構成された日本的な雰囲気と、ロンドンの設計事務所「ヘザウィック・スタジオ」が手がけたガーデンプラザ自体のユニークなディテールが見事に調和した空間に新鮮な驚きを受ける。店の中央の壁面にお椀のような形をした容器がずらっと並ぶほか、奥のスペースには石材で造られたカウンターが見えた。[SABOE TOKYO]の構造を詳しく見ていこう。

    ファサードには長崎県の諫早石が大胆に用いられていて、独自の世界観を提示している。「T., Collection」のパッケージは湯呑としても利用されており、テイクアウトでお茶を愉しむこともできる
    壁面に並ぶのはこちら「T., Collection」のパッケージ。このパッケージは土に還る天然素材で作られている

    入口側の壁面に並べられているのは、この店舗の立ち上げに合わせて作った「T., Collection」という、日本茶を様々な素材とブレンドしてつくられた10種類の茶葉。店内では、常時5種類ほどの「T., Collection」が専用の茶杯で無料で試飲できるようになっている。さらに奥のカウンターがあるスペースでは「茶方薈(さぼえ)」が全国の産地からセレクトした希少品種を中心とする茶葉を有料で試飲できる。ここでは実際にスタッフがお客様の目の前で茶器を用いてお茶を淹れてくれるので、日本のお茶文化を見て感じられる場にもなっている。

    店内には試飲用に淹れられた「T., Collection」が置かれており、訪れた人は試飲用の茶杯に自らすくって飲むことができる。細かな粒子感がありながらさらりとした触り心地のこの茶杯は佐賀の嬉野地域の窯元でつくられた特注品
    試飲を終えたら黒い鉢に茶杯を返す。どんな人でも気軽に味わうことができる、一連の試飲のシステムがユニークで面白い

    まず「T., Collection」が店を訪れた人の受け皿となり、それを飲んでお茶に興味を抱いた人やもっとお茶について知りたいと思った人は、奥のカウンターで日本のお茶文化をもう一段深く体験できる構造となっているようだ。

    そう考えると「T., Collection」は[SABOE TOKYO]にとって重要な存在と言えるが、一言でブレンド茶と言っても、どのようにつくられたブレンド茶なのだろうか。その疑問に答えてくれたのは表参道の日本茶専門店[櫻井焙茶研究所]の所長であり、この店を運営する茶方薈の草司でもある櫻井真也さん。[SABOE TOKYO]を手がける茶方薈の草匠であり、SIMPLICITY代表の緒方慎一郎さんと一緒に「T., Collection」の開発に取り組んだ櫻井さんが追求したのは「日本茶の味」だったという。

    櫻井真也さん

    「一言で言えば『日本茶の味といえば“この10種類”』というのを表現したのが『T., Collection』です。日本茶と一口にいっても、蒸し製や焙じ茶があって、さらに品種や農家、産地や気象条件でその味わいは毎年異なってきます。それが日本茶の魅力でもあるのですが、『T., Collection』では個性豊かな日本茶の味わいを10種類に絞り、その味わいが常に一定となるようにブレンドしています。海外の方も多く訪れるこの場所なら、『10種類で表現される日本茶の味』というものをわかりやすく提案した方がいいと考えたわけです」

    語弊を恐れず言えば“正解”といえるような日本茶の味を追求したというのが「T., Collection」とのこと。テーマを聞いただけでとてつもなく困難なプロジェクトだと伺えるが、それを実際にやろうと思い、こうしてひとつの形に実現できているのは各地を巡りながら長年日本茶を研究し、様々なお茶の品評会で審査員を務めている櫻井さんの経験があってこそだろう。

    パッケージはカップを逆さまにしたような形。蓋碗(がいわん)の形に作られていて、そのままお茶を淹れる道具としても、湯呑みとしても使用可能だ

    「1」から「10」までナンバリングされたパッケージをよく見ると「2 煎 Sen」「4 蒸 Jo」「9 焙 Bai」というようにそれぞれに味わいの方向性を示した漢字一字が添えられている。それではこれらの味わいは具体的にどのようなプロセスで作られていったのか、櫻井さんに聞いてみよう。

    「まず、自分の中でお茶の味わいを表現するポイントを、渋み・旨み・苦味・甘味・コク・まろやかさ……というように10の要素に分けてみました。さらに、それらのポイントを点数化し『煎茶と言えばこの味』というように、飲んだお客さんがどう日本茶の味を知ってもらうかを考えながら10種類の『T., Collection』の日本茶の味の構成を考えていったんです。例えば『9 焙』では、焙煎の香りが良く、軽やかでキレがあるお茶を目指しました。現在は7種類ほどの焙じ茶をブレンドしていますが、その年ごとに同じ茶葉でも違いは出てくるので、ブレンドする茶葉の種類や数は変わってくるかもしれない。だけど、目指す味は同じ、ということです」

    茶葉や産地の個性ありきではなく、「日本茶が持つべき味」を追究し表現したということになるだろう。そのために、煎茶や玉露、焙じ茶、紅茶、烏龍茶、番茶といった様々なお茶のほかに加えて、柚子、とうもろこし、生姜といった果実や穀物を組み合わせてつくられている。

    「『5 紅 Beni』では紅茶と烏龍茶をブレンドしているので、珍しく感じる方もいるかもしれませんが、私たちはシンプルに飲む人が美味しいと思える“一杯のお茶”を目指しただけ。紅茶が苦手な人もいれば、烏龍茶が苦手な人もいる。だけどそれぞれに“いいところ”があるので、そのいいところを引き立たせるよう足りない部分を補っていく、という考え方で作りました。『5 紅』には黒葡萄の葉もブレンドしているので、ちょっとロゼワインのような感覚も加わっています。これはブレンドでしか表現できないことです。お茶の固定概念を外して、自由な発想で味わいをつくる。そのために味わいのポイントをつくって、これまで様々なお茶を飲んできた私たちの経験からブレンドの構成を考えていく。そうして生まれたものが『T., Collection』なんです」

    世界の人々にも受け入れてもらうために取り入れた「時間」

    そして、味わいを決めるにあたってもうひとつポイントがあったと櫻井さんは続ける。

    「『T., Collection』は世界へ届けることを意識したお茶です。そこで、『時間』という視点も味わいを決める時の参考にしました。世界中の人が等しく共有しているものは何かと考えた時に、時間だと思ったんです。1から10のラインナップも、1を始まり=早朝として、順に一日の時間の流れに沿って飲んでいただくことを想定しています。お茶はいつ飲むのがいいか?と、日本茶に対して敷居の高さを感じる方も多いので、時間という入口をつくることで、タイミングを含めた愉しみ方のご提案をしています」

    例えば『1 果 Ka』なら煎茶をベースに柚子がブレンドされており、渋みの中に柚子の爽やかな酸味が口の中に広がる。聞けば、朝に飲むフレッシュジュースやスムージーのような感覚を目指したという。たしかに朝の目覚めにはぴったりだ。最後の『10 豊 Ho』であれば、大麦、とうもろこし、黒大豆などがブレンドされ、唯一「お茶」が含まれていない。それは就寝前の飲用に適すようにカフェインを抑えることが“設計上”必要だったから。

    このようにブレンドティーを構築することで、世界中の人々の暮らしの中に溶け込むお茶の姿が浮かび上がってくる。急須を持ってない海外の観光客や普段は家でお茶を飲む機会がないという人でも気軽に愉しむことができるように、リーフだけでなくティーバッグも用意されているのも当然の帰結だ。

    左側の白いパッケージがリーフ茶、右側の黒いパッケージがティーバッグ
    T., Collectionでは10種のスタンダードに加えて、季節限定ブレンドも用意されている。この時季は夏季限定の「檸 Nei」と「紫 Mura」。レモン、カモミール、松葉がブレンドされた「檸」は、お茶のイメージをいい意味で裏切るような南国を思わせる爽やかな風味の中に渋みが溶け込んだ一杯。「紫」は紅茶と紫蘇とレモンバームのブレンド茶で、日本的な夏の風情を思わせる爽やかな味わいだ

    2003年に和菓子店[HIGASHIYA]を創業し、併設する茶房で現代における喫茶の様式を創造してきた緒方さんと、日本の四季の移り変わりを追いかけながら、日本茶のブレンドやローストを追求してきた櫻井さん。二人のノウハウが詰まったこれらのお茶は、これまでの研究成果の集大成と言えるのかもしれない。

    「そうかもしれませんね。これまでの20年間で培ってきた技術や経験が『T., Collection』に集約されています」

    緒方さんと櫻井さんが培ってきた経験をもとに、世界へ向けて日本茶の魅力を伝えるために動き出した[SABOE TOKYO]。後編では奥に設けられたテイスティングカウンターへと進み、さらに日本茶の奥深さを味わう。日本茶文化を発信することをミッションに掲げる「茶方薈」(SABOE TOKYOの運営母体)の活動についてさらにお話を伺おう。

    SABOE TOKYO|サボエ トウキョウ
    10種類のブレンド茶「T., Collection」のほか、羊羹やカステラ、豆菓子など日本茶と相性のいい[HIGASHIYA]の和菓子、急須や湯呑などプロダクトブランド「Sゝゝ[エス]」の茶器も取り揃えている。奥のテイスティングカウンターでは全国各地からセレクトした希少品種を試飲できる。
    東京都港区麻布台1-2-4 麻布台ヒルズ ガーデンプラザC 1F
    11:00〜20:00、定休日は無し
    https://saboe.jp

    櫻井真也|Shinya Sakurai
    和食料理店[八雲茶寮]、和菓子店[HIGASHIYA]のマネージャーを経て2014年に独立、日本茶の価値観を広げて新しい愉しみ方を提案すべく、東京・南青山に日本茶専門店「櫻井焙茶研究所」を開設。「ロースト」と「ブレンド」を基とし、各地より厳選した日本茶をはじめ、店内でローストした焙じ茶や、国産の自然素材を組み合わせた四季折々のブレンド茶を販売。併設の茶房では、玉露や炒りたての焙じ茶はもちろんのこと、櫻井焙茶研究所ならではのお茶のコースや茶酒などを和菓子とともに愉しめる。一般社団法人 茶方薈では、現代における茶の様式を創造し、継承していくための活動として、国内外における呈茶やセミナーを行うほか、メニューの企画・提案、淹れ手の育成などを担う。
    instagram.com/sakurai_tea_shop

    Photo by Masayuki Shimizu
    Text by Rihei Hiraki
    Edit by Yoshiki Tatezaki

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