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高松にオープンした[SABI]とは何者?<後編> 地道な活動の先に広がる野心的な未来
香川県高松市に2023年春オープンしたティースタンド[SABI]。共同オーナーである遠藤高宏さん(トップ写真左)と井上順仁さん(右)がそれぞれの得意分野を活かしながらオリジナリティ溢れるブランドを創り出している。その二人…
2024.08.30 INTERVIEW日本茶、再発見
香川県高松市の中心部、8つの商店街が組み合うように構成される「高松中央商店街」は日本一の長さを誇るアーケード街である。アーケードの総距離は実に約2.7kmもあり、店の数は1,000を超えると言われている。グルメスポットが集まる商店街やローカルな雰囲気の商店街などそれぞれに特色があるが、今回向かったのは近年再開発が進み大小さまざまな新店舗が生まれて賑わいを見せる「丸亀町商店街」。
丸亀町商店街と高松市美術館の前を通る美術館道路の交差点近くに、2023年4月[SABI]という名前のティースタンドがオープンした。その存在はSNSを通じて見聞きしていたが、いい意味で謎に包まれたニュースポットだった。
[SABI]のインスタグラムでまず強く印象に残ったのは、大胆かつ洗練されたイメージだった。特徴的なライティングやカラーバランスで撮影された写真の数々。ダイナミックに湯やお茶が滴る瞬間や、お茶がカップから溢れているものまで実に大胆だ。明確な意図を持ってディレクションされたであろうこれらのビジュアルと、ストリートライクながらも洗練された店の雰囲気は、“東京よりも都会的”だと衝撃すら受けていた。なぜ高松にこれほどエッジの効いたティースタンドが誕生したのか。それを確かめるべく、CHAGOCORO初となる四国取材の場所は高松に決まった。
出迎えてくれたのは店の共同オーナーである井上順仁さんと遠藤高宏さん。二人とも香川県の出身だ。
「ここはもともと時計屋さんだった場所なんです。外観にその名残は残っていますが、内装はほとんど自分たちで作り直しました。最初はもっとミニマルな感じの空間にしたかったんですけど、地元のお客さんも気軽に入って来やすいようにあえてラフな印象を残しています」
遠藤さんと井上さんの二人で話し合いながら、作り上げていったという店内は壁から机や椅子、カウンターといったインテリアまでグレーやメタリックを基調としている。お茶を飲む空間としては、いい意味でギャップがある。
統一感とラフさの上に絶妙に成り立っている感のある[SABI]の洗練されたイメージだが、これは徐々に形づくられていったものだと遠藤さんは語る。
「[SABI]の活動を始めたのは2019年ごろからなのですが、初期はわかりやすく『和』のイメージを訴求していたんです。やっぱりお茶と言えば和だと思って。ですが、段々と誰にとってももっと身近でわかりやすく、カジュアルダウンするような形で今の[SABI]のイメージが固まっていきました。だから最初はSABIではなく、漢字で『茶日』と書いてポップアップやイベントへの出展をメインに活動していたんです」
「インスタグラムの投稿も、美味しく見せるというよりは見た人を驚かせる、強く印象に残るような狙いでいつも撮影しています。どちらかというと広告に近い感覚ですね」
かつては東京でクリエイティブワークのディレクターをしていたという遠藤さん。当時さまざまなクリエイターを束ねプロジェクトをディレクションした経験が、現在の[SABI]のイメージ形成に大きく活かされている。
メニュー表も面白い。「TEA」「HOUJICHA」「BANCHA」「MATCHA」「NIGHT MENU」と書かれた5枚のメニュー表も統一感がありながら、それぞれの情報が直観的にわかるようになっている。
「TEA」のメニューからは「SENCHA」、「HOUJICHA」、「BANCHA」の他に、シングルオリジンから好きな品種を選ぶことができる。この紹介がとてもユニークでわかりやすい。例えば「やぶきた」なら、その味を「渋婆」と二つの漢字で説明している。しぶばば、とは? お茶の仕入れやドリンクの開発の責任者である井上さんに尋ねてみる。
「これは香川産の『やぶきた』なのですが、爽やかさと渋みが混ざった味わいなんです。それがどことなくおばあちゃんの家を思い出すような感じがあって、この二文字を選びました」
他にも「やぶきた 露地」であれば「苦海」という二文字で、これは「苦いだけではなく、海にいるギャルみたいなイメージ」だかららしい。高松市内では珍しい日本茶専門店。そうした場所柄、お茶に馴染みのない人やお茶の品種名を聞くのは初めてという人にもユニークな表現でお茶の味わいを可視化した工夫はとても面白い。
「基本的には僕が美味しいと思ったり、興味を持ったお茶を扱っていますが、重視するのは『わかりやすさ』です。お客さんがお茶の味わいをどう感じるか。お茶ってそこの感覚が難しくなりがちだと思っているので、一口目のインパクトは大事にしています」
カジュアルにお茶を広げていくという[SABI]の特徴がさらにわかりやすく反映されているのが、「HOUJICHA」「BANCHA」「MATCHA」の各メニューだ。
それぞれにラテやチャイ、トニック割りなど、飲み方のオプションが用意されている。ふだんお茶を飲まないという人でも興味を惹かれるようなキャッチーなメニューが広がる。さらには、アイスやシロップ、チョコレートソースなど、非常にポップなトッピングまで提案してくれるから、こんなに自由に楽しんでいいんだ!と心が開ける。
しかし番茶だけでもスモーキー番茶ラテ、ミルク出しスモーキー番茶ラテ、スモーキー番茶ミルクティー、スモーキー番茶チャイ、番茶塩ラテと5つの種類がある。そこにトッピングを加えられるのだから、むしろ迷ってしまうかもしれない。逆に言えば、何回も通って自分なりのアレンジを見つける楽しさもある。今回は[SABI]のオリジナリティが伝わるようなドリンクを店長の竹内さんにおすすめしていただいた。
営業時間は朝10時から夜9時までと長く、幅広い年代の方が[SABI]を訪れている。さらにアジア圏を中心に海外のお客さんも多い。取材中も4組ほどの外国人客が店を訪れていた。お二人の感覚値によれば、地元の人と県外の人の割合は5:5、県外の“5”のさらに半分は海外からの人だという。
そんな中で印象的だったのは、「どうしてお店に来てくれたんですか?」「お茶好きなんですか?」「美味しかったですか?」と、どのお客さんともコミュニケーションをとる姿だ。
「初めて来る人は店の雰囲気に少しビビっている感じもあるので、コミュニケーションは大事にしています。最近は抹茶好きな海外の方も多いのですが、日本語がわからない海外の方にも積極的にコミュニケーションをとっています」と井上さん。勉強中だという中国語や韓国語で「美味しかった?」「ありがとう」「さようなら」などと丁寧に伝える姿勢は、言葉よりもしっかりと彼らのお茶への愛を伝えていることだろう。
こうして実際にお店の空気を感じてみると、[SABI]は単に都会的なクールなイメージを追求しているのではなく、それ以上に「お茶の門戸を広げる」ことに確かな情熱を込めていると感じた。お茶屋らしからぬ洗練されたイメージと、お茶を誰もがアクセスしやすい形で提供すること。この二つの対照的な事柄が見事に調和しているのが[SABI]の最大の魅力なのだろう。
「高松と東京はやっぱり違いますからね。東京で[SABI]みたいな店があったら、新しいことに敏感なお客さんがすぐに来てくれると思うんですけど、香川では逆に怖がられたり警戒されたりするんです。高松の中でもこの辺りは感度は高い方だと思いますけど、最初ポップアップやっていた時は僕らの活動は宇宙人みたいに思われていましたからね」
まだ実店舗がなかったころの時代をそう振り返る遠藤さん。「茶日」として初めて出展したマルシェで出した500円のお茶は、全く売れなかったという。しかし今では県内にとどまらず海外からも注目を集める場所になった[SABI]。それに至るまでの道のりは果たしてどのようなものだったのだろうか。
前編では店の紹介にとどまったが、後編では高松で[SABI]のお茶がどのように受け入れられてきたのか詳しく掘り下げるとともに、オーナーである遠藤さんと井上さんの人物像にも迫ってみよう。
SABI|サビ
クリエイティブディレクターとして東京などで活動していた遠藤高宏さんと、高松で学生時代からバリスタとして活動していた井上順仁さんが出会い、「茶日」として2019年から活動開始。ポップアップ営業で着実に認知を広げ、2022年4月には実店舗をオープン。都会的なイメージと、バリスタ経験に裏打ちされた自由でロジカルなドリンクメニューが融合し、国内外からそのお茶を求めて人が集まる。
香川県高松市今新町8-2 山中ビル1F
平日10:00〜19:00/土日10:00〜23:00
木曜定休
@sabi_greentea
Photo by Takuro Abe
Text by Rihei Hiraki
Edit by Yoshiki Tatezaki
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内容:フルセット(グラス3種、急須、茶漉し)
タイプ:茶器
内容:スリーブ×1種(素材 ポリエステル 100%)
タイプ:カスタムツール