• 高松にオープンした[SABI]とは何者?<後編>
    地道な活動の先に広がる野心的な未来

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    高松にオープンした[SABI]とは何者?<前編> 東京よりも都会的な雰囲気のティースタンドがお茶の門戸を広げていく

    香川県高松市の中心部、8つの商店街が組み合うように構成される「高松中央商店街」は日本一の長さを誇るアーケード街である。アーケードの総距離は実に約2.7kmもあり、店の数は1,000を超えると言われている。グルメスポットが…

    2024.08.23 INTERVIEW日本茶、再発見

    香川県高松市に2023年春オープンしたティースタンド[SABI]。共同オーナーである遠藤高宏さん(トップ写真左)と井上順仁さん(右)がそれぞれの得意分野を活かしながらオリジナリティ溢れるブランドを創り出している。その二人の出会いは、数年前、東京で働いていた遠藤さんが地元の香川に戻ってきたところから始まる。

    「僕は東京でデザインやディレクションの仕事をしていたのですが、地元の若いクリエーターたちとブランディングをはじめとしたクリエイティブ事業をやりたいと思い2019年に高松に帰ってきました。インバウンドの需要も見越して、お茶を起点とした[茶日(サビ)]というプロジェクトを立ち上げたんです。でも今のSABIのような形を当初から考えていたわけではありません。あくまで“お茶を起点に僕らの仕事を可視化できるショールーム”を作って人に集まってもらい、それでクリエイティブワークを受託しようというアイデアでした」

    遠藤高宏さん

    お茶を起点とした場づくりの過程で、「それなら面白い大学生がいる」という噂が遠藤さんの耳に入ってきた。それが当時、大学生ながら“流しのバリスタ”として活動をしていた井上さんだった。

    「当時、自分で屋号をつけて、各地で買い付けた豆を自分で焙煎して、イベントでコーヒーを淹れるという活動をしていました。焙煎した豆を町の酒屋さんなどに卸したりもしていました」

    今は[SABI]のお茶のセレクト、ドリンク開発を手がける井上さんだが、当時のめり込んでいたのはコーヒーの世界。しかも、お店に所属せず独自で研究をしていたという。

    「関西を中心にいろいろなコーヒー店を訪れて勉強しました。コーヒーを生業にしようと思っていた時期もあったのですが、だんだんと自分の中で飽きが出てきて、お茶も並行して勉強し始めました。そうしたらだんだんとお茶の方が面白くなっていきました」

    井上順仁さん。お茶にハマった当時よく通っていたのは京都の[YUGEN]だったそう

    「コーヒーの世界ではいろんな人が新しいことに挑戦されているので、自分がどれだけ新しいことを思いついたと思ってもすでに誰かがやっていたり、“仕上がっている感”を感じることが何度もありました。それに一人で活動していたので、設備などの面でどうしても大きなお店には及ばない部分もありました。対してお茶の業界にはまだまだ余地があるというか、“未知を追求する面白さ”みたいなものを感じたんです。いろいろな淹れ方やブレンドを試すうちに『これは新しい発見なんじゃ?』と思うことが度々あったり。そうしてどんどんお茶にハマっていきました」

    コーヒーで培った経験でお茶の淹れ方を追求していく

    コーヒーを扱った素地がある井上さんならではのロジカルなアプローチは、今の[SABI]のお茶にしっかり反映されている。

    「ドリップコーヒーでは一投目、二投目、三投目というように、お湯を何度かに分けて注ぎますよね。それと同じような感覚で、お茶の味をまず分解するんです。温度、時間を細かく分けて、一投目ならこの味、二投目だとこの味になるというように。そこで得られた結果をもとに、それぞれの茶葉のどの部分を活かして『表現したい味』に近づけるかという考え方をしています」

    たしかに、コーヒーとお茶では淹れ方のロジックに違う部分はある。井上さんは先入観に縛られず、そのギャップをもフラットに見つめることで、お茶の世界では珍しいと思われるようなアプローチを奇をてらうわけではなく実践している。

    お茶を淹れるカウンターにサイクルボトル(自転車用の水筒)が置いてあるのも珍しい。ストリートっぽい雰囲気になじんでいるので最初は面白い道具のセレクトだなという程度に捉えていたが、ここにもSABIならではのアプローチが潜んでいた。ボトルには冷水が入っていて抹茶を点てるときに活用するのだという

    「抹茶を点てるときダマができてしまうことがありますよね。それをどうやったらなくすことができるか、自分なりに検証してみたんです。そうしたら、最初に冷水を10ccほど入れて練るようにして、それからお湯で点てると小さいダマもできにくくなることを発見しました。後々調べてみたら茶道の点て方の一つとしてその方法があるということを知りました。そんなふうに、最適の方法を自分なりに見つけられる楽しさがお茶にはあります」

    季節限定のパイナップル抹茶ラテを作ってくれた井上さん
    自家製のパイナップルシロップが抹茶ラテに絶妙に合う! いい意味でギーク的な井上さんだがとてもフレンドリー

    “コーヒーのついで”という感じで深掘りし始める以前には、お茶はあまり飲むことがなかったという井上さん。しかしとうとう大学の卒業論文もお茶をテーマに書くまでになったという。

    「彼と一緒にやろうと思った一番の決め手は、そこでした。お茶で卒論を書いてるなんて、[SABI]に入ってもらうしかないと思って」と遠藤さんは楽しそうに振り返る。

    高松で受け入れられていった[SABI]のお茶

    そうして遠藤さんと井上さんが中心となって2019年から始まったSABI(当時、茶日)。昨年お店がオープンするまではポップアップやイベント出展が主な活動の場だった。

    「最初の頃は周りから宇宙人のように見られていました」と井上さんは苦笑い。「隣でペットボトルのお茶を150円で売っているのに、僕らは500円で売っているんですからね。場所柄か、みなさんお茶に対してあまり興味を示してくれませんでしたし。コーヒーだと思って来た人が、お茶とわかった途端に帰っていく。結構喰らいましたね……」

    「単純に僕らのことを知らないっていうある種の怖さもあったと思います。狭い町なので、知らない人間がよくわからないことをし始めたら警戒される部分はあるので。でもお茶の味を追求する井上くんの姿勢は変態的で(笑)、本当にいいものを提供してくれていましたし、可能性はあると思っていました。でも、真冬に屋外のイベントに出た時があって、途中から顔を出してみたら井上くんが寒さで死にそうな顔をして立っていて。当時はまだお客さんも多いとは言えなかったですし、彼も大学卒業近くで実は就職先も決まっていたので、その姿を見た時には『これは終わってしまうかも』と感じました。そこで改めて彼と話し合ったんです。そうしたら『就職は辞めてSABIを続ける』と言ってくれて。それで僕も腹が決まって、実店舗も作らなくてはと思いました」

    そうした活動を地道につづけ、立ち上げから4年後の昨年春に念願の実店舗を持つところまで辿り着いた。その頃にはインスタグラムのフォロワーも1,000人を超え、最後のイベント出店には、それまでにないほど多くのお客が訪れたという。ファンが増えていくにつれ、高松でお茶が受け入れられていく感覚も同時に感じていった。

    「普段お茶を飲まない人にも楽しんでもらえるように、当時から抹茶のラテやサイダーといったわかりやすいメニューを提供していました。最初来たときはそういうメニューを飲んでいた若い女の子が、次のイベントの時には普通の煎茶を飲んでくれた時はグッときましたね。すぐ近くに有名チェーンのカフェもあるのに、わざわざ僕らのお茶を飲みに来てくれたんだって。そんな感じで、この町にもお茶にハマっていく人がどんどん増えていっている感覚はすごく嬉しかったですし、お店を開いてもやっていけると思うようになりました」

    開店前、オーダーは抹茶系のアレンジドリンクが7〜8割で、シンプルなストレートのお茶は2割くらいにとどまると予想していたと二人は語る。しかし、いざ店をオープンすると結果はいい意味で二人の予想を裏切った。

    「初めから4割くらいのお客さんがストレートのお茶を注文してくれたんです。抹茶系とストレートの注文が5対5になる日もあるくらいで。自分たちが思っていたより、ストレートのお茶を求めている人が多くいてくれたことは、嬉しい驚きでした」(遠藤さん)

    香川県産のやぶきた。香川でお茶が育てられていることはあまり知られていないかもしれないが、三豊市高瀬町は県の茶生産量の8割を占め「高瀬茶」として知られる。お店では高瀬産茶葉を使用した「SABI BLEND(ティーバッグ)」の販売もある

    最初は500円のお茶が理解されず、周囲から遠巻きに見られていた二人。それが今や、多くの人が純粋にお茶を飲みに来る場所になり、海外からも注目される場所になった。今や高松だけでなく、世界への発信という意味で日本のお茶文化を担うような存在になったと言っても過言ではない[SABI]だが、二人はまだまだその先を見据えている。

    野心的に見据える未来

    アートスペース[CENTER/SANUKI]にて

    この夏から高松市内のアートスペース[CENTER/SANUKI]の飲食部分の運営を請け負うことになった。コーヒーを扱うカフェがこうした仕事を請け負うことはよくあるが、「お茶屋」がそうした役割を担えることに二人は大きな意義と手応えを感じている。当初、お茶を起点にクリエイティブな仕事に携わることを目論んでいたことを考えると、巡り巡ってその狙いが実現しているとも言える。

    「ここはDEGICOという会社が運営しているのですが、アーティストや作家の作品展示やグッズ販売、イベントを開いたりしています。東京の八丁堀にも同じ名前のスペースをやっています。アートとカルチャーの発信地として、飲食にも力を入れたいという考えの元でお茶屋である僕たちに声をかけてくれたことはすごく嬉しいことです。お茶の業界的にもいいことだと思っていますし、このスペースの個性にもつながる相乗効果が生まれたら」(遠藤さん)

    [SABI]から徒歩10分ほど、常磐町商店街近くの路地にある[CENTER/SANUKI]。ここ最近、井上さんと遠藤さんはこちらのカウンターに立つことが多い。展示作品をイメージして井上さんが特別ブレンドをつくることもある

    こうしてお茶屋の枠を超えた展開もスタートさせた[SABI]。今年中には2号店を香川県内にオープンさせる予定だという。

    「次は市街地から外れたところで店を開こうと考えているのですが、もっとデジタルを駆使した店にしたいと思っています。タッチパネルを用意して、お客さんがその時の気分や好みを選択肢から選んでいき、数十種類のお茶からオススメのものをピックアップするような、そんな接客体験を用意できればと思っています。お茶ってまだコーヒーほど『つくる』工程が機械化されてないので、そこは人の手が外せない。だから接客のところをデジタルに委ねることができれば、もっとスタッフがつくる工程や他の作業に集中できるようになってくるんじゃないかなと」

    2号店の構想を語りながら、「やりたいことはいっぱいありますから」と遠藤さんは言った。その何気ない一言にはとてもリアリティがあって胸が高鳴った。二人のお茶屋はこれからどんな発展を遂げていくのだろうか。クリエイティビティあふれる[SABI]の次なる展開が、今から楽しみだ。

    SABI|サビ
    クリエイティブディレクターとして東京などで活動していた遠藤高宏さんと、高松で学生時代からバリスタとして活動していた井上順仁さんが出会い、「茶日」として2019年から活動開始。ポップアップ営業で着実に認知を広げ、2022年4月には実店舗をオープン。都会的なイメージと、バリスタ経験に裏打ちされた自由でロジカルなドリンクメニューが融合し、国内外からそのお茶を求めて人が集まる。
    香川県高松市今新町8-2 山中ビル1F
    平日10:00〜19:00/土日10:00〜23:00
    木曜定休
    instagram.com/sabi_greentea/

    CENTER/SANUKI
    香川県高松市常磐町1-6-13
    instagram.com/center_of_sanuki

    Photo by Takuro Abe
    Text by Rihei Hiraki
    Edit by Yoshiki Tatezaki

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