• 時代も海も越え、日本のお茶を伝えていく
    広島・尾道[TEA STAND GEN/茶立玄 山手]髙橋玄機さん<後編>

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    広島県の中央に位置する世羅郡に茶畑と茶工場[TEA FACTORY GEN]を持つ“玄さん”こと髙橋玄機さん。樹齢70年近い在来の茶樹を、無施肥・無農薬の自然農法で育て、そこにしかないお茶をつくっている。

    2019年、茶工場を譲り受けたのと同じ年に、尾道海岸通りの裏路地にある古民家で直営のお茶屋[TEA STAND GEN]もオープンした。2016年から工場を間借りしながら自身のお茶をつくっていた玄さんだが、「つくるだけじゃなくて、自分たちで売る場所も必要だと実感した」という。

    髙橋玄機さん、[TEA STAND GEN]の前にて。こちらの店舗は今年4月から完全予約制での営業となっていて、玄さん自らが淹れるお茶をコース形式でいただける。隣には、玄さんの奥様が営む[お茶とたい焼きのみるめ]がある

    売る場所が必要というのは当たり前すぎることのように思えるが、他とは少し違うお茶をつくる[TEA FACTORY GEN]だからこそという意味合いもある。

    「ふつうお茶屋さんでは“旨みのあるお茶”を売りにしているから、うちのお茶を出したらびっくりされちゃうんです。“水みたいなお茶”なんて売ってないですから」

    清風が吹くようなお茶

    肥料を使うことなく育てられる茶葉は、舌に響くような凝縮した旨みではなく、柔らかな甘みが体の中深くに染み渡っていくような、そんな味わいを生み出す。その特徴が最も表れているのが「清茶」と名付けられたお茶だと感じる。

    「自然栽培 広島在来清茶」
    萎凋による香りを活かすことを考えた結果、煎茶製造に必要な「粗揉」「精揉」という工程を省いた。それにより、ピンと細長い茶葉とは違って、よりワイルドな自然な形の茶葉に仕上がる

    味わいはその名の通り、清らかで爽やか。萎凋する(摘んだ茶葉が自然と萎れていく)ことで出る独特の香りが立ちながら、喉を通れば刺激を残さずすっと切れる口当たり。まさに清風が吹くようなお茶だ。

    「上田秋成や大枝流芳といった江戸時代の茶人たちの本をたまに読むのですが、『清風』という言葉がたくさん出てくるんです。そういった文献から僕なりに、こういうのが当時のお茶なんじゃないかって思いを馳せています。たぶん自分が目指しているお茶の姿は、工場で飲んでもらった生葉(前編参照)なんですよ。摘んで萎凋させるだけで、ほぼ手を加えていない。美味しいですか? お茶好きの方のほうがそう言ってもらいやすいです。冷めても美味しいですし、水出しもいいです。このお茶の面白いところは、真空して冷蔵庫で寝かせると、さらに美味しくなるんですよ。中国茶に通ずるような、熟成による変化がふつうの煎茶よりわかりやすくある。すると、中国や台湾の茶人が無施肥にこだわる理由が理解できる気がします。無施肥のお茶は“寝かせられる”から。個人的にはそう思っています」

    夏には手に負えないほど雑草だらけになるあの畑を守りながら、時代も海も飛び越えてお茶の姿を想像する。「清茶」は、そんな玄さんの茶農家としての営みが生んだお茶といえるのではないか。

    ユニークなお茶は他にもある。今度は場所を直営店2店舗目、同じ尾道にある[茶立玄 山手(ティースタンドゲン ヤマテ)]に移してさらにお茶をいただこう。

    自然栽培の茶の花、尾道の浜風

    [茶立玄 山手]は2023年6月オープン。尾道といえば瀬戸内海を望む海の町というイメージだが、少し歩けば山手地区と呼ばれる斜面地があり、寺社のほか明治時代からの歴史的な建築が戦災を免れ今も残っている

    ここで玄さんにまず淹れていただいたのは「茶花茶(ちゃばなちゃ)」というお茶だ。お茶の木には秋頃になると花が咲くが、それを一つひとつ手で摘み、瀬戸内産の無農薬煎茶(これは別の生産者から仕入れている)にその花の香りをつけたもの。ジャスミン茶をつくるような要領で、茶葉と花を重ねておき、花の香りを葉に移すのだ。

    香りを移した後、茶葉と花は一旦別々で乾燥をさせた後に再度合わせてパッケージングしている
    花からの香りが新鮮に感じる。飲むとどこかアメリカンチェリーのような香りを感じた。見た目にも楽しい一杯

    つづいて淹れていただいたのは「浜茶」。その名の通り、海辺の浜で茶葉を乾燥させたというオリジナル製法のお茶だ。

    「広島在来浜茶」
    2〜3月に一度茶の枝を整えるために刈り落とす茶葉と枝を捨てずに活用している
    [茶立玄 山手]の中央に設えられたカウンターにて

    「浜茶は全く揉んでいないお茶です。茶葉を刈り取って、そのまま10日くらい砂浜に広げて天日干しです。着想は『でべら』というこっちで有名な魚の干物ですね。冬に潮風に当てながら魚を干すんです。浜茶は工場がない初期のころからつくっています。毎年、自分たちらしいお茶をつくろうと意識しているんですけど、初めのころのアイデアの方がヤバいって自分でも思いますね(笑)。世界的に見てもこのつくり方はないはず。そういうお茶を今後もつくりたいですよね。“日本の、ここだけ!”っていうの。今、オーストラリアとアメリカから引き合いがあって卸しているんですけど、向こうでは“Sandy Beach Tea”って呼ばれてるらしいんですよ。浜茶ってビーチティーか!って」

    尾道の海岸からしまなみを望む。左奥に見えるのは尾道と向島をつなぐ尾道大橋
    世羅の他、各地の山里で冬の茶葉を使ってつくられる「寒茶(かんちゃ)」という番茶の一種がある。その文脈を踏まえ、玄さんがアレンジしたお茶でもあるとのこと

    「浜茶」は番茶らしいほっと落ち着く味わい。冬のお茶には糖分が多く含まれているとのことで、ほの甘さがどこまでも心地よい。潮っぽい香りを感じるのは、浜茶のつくり方を聞いたことによる気のせいだろうか?

    「潮っぽい香りします? 面白いですよね。これもお茶なんだって思ったら、僕自身面白くなってしまって。同じ茶畑で、同じ人がつくって、こういうお茶もできる。お茶ってすごく不思議だなって。人がどうのこうのしている味じゃないですよね。太陽の光が10日間かけてつくってくれた、みたいな」

    「在来の釜炒りも面白い味するんですよ」と玄さん。[茶立玄 山手]でふだん提供するスタイルでのんびり飲んでいってほしいと勧めてくれた。

    お店の2階は20畳ほどの和室になっていて、一面の窓からは海としまなみ方面を見下ろすことができる。

    「一煎目はお茶の説明をしながら私たちがお淹れします。二煎目以降はポットからご自身でお湯を入れていただいて、自由に過ごしていただきます。まだまだお茶のことを知っている方というのは多くないので、こういうふうに体験をしてもらいたかったんです」

    お茶好きもそうでなくても、このゆったりと流れる時間を味わえることに幸せを感じるはず。

    「広島在来釜炒り茶」
    カカオのような香りを感じつつ、体にすっと入り込む感覚はやはりGENらしい。中国茶がお好きな方には特におすすめ

    生きる軸

    茶工場・茶畑から始まった取材もそろそろ終盤。締めとして、お茶は玄さんの人生においてどんな存在か問うてみた。

    「日本人としてアジア人として大事な文化だと思いますし、アイデンティティとも密接に関わっていると思います。日本人は無宗教といわれながらもクリスマスなど他文化をごちゃまぜに受け入れている。日本人という軸がないといえるとずっと思っていて。さらに僕は広島市出身なので、原爆を落とされて昔のものが失われてしまった、どこかハリボテのような街で育ったというコンプレックスも抱いていました。そんな中でお茶に出会って、生きる軸になったんだと思います。お茶は今の時代に必要なものだと思うし、一方でそれに気づいていない、かっこいいと思えていない人がたくさんいる。それを伝えていくのが自分の使命感といったら大袈裟かもしれませんが、驚きを与えるような役割を担えたらいいのかなと思います」

    次に会うときにはどんなお茶で驚かせてくれるんだろう。
    次から次へとワクワクが湧いてくる。
    夕暮れを迎えた尾道を眺めながら、永遠に飲んでいられそうなやさしいお茶を何度も口に含んだ。
    ここでしか味わえないお茶の時間を、ぜひ多くの人に感じてほしいと思った。

    髙橋玄機|Genki Takahashi
    1988年、広島市生まれ。2016年広島県世羅郡で在来茶を栽培・製造する[TEA FACTORY GEN]を設立。2019年、尾道市に[TEA STAND GEN]を、2023年に2店舗目[茶立玄 山手]をオープン。
    tea-factory-gen.com
    instagram.com/tea_factory_gen (TEA FACTORY GEN)
    instagram.com/tea_stand_gen.onomichi(TEA STAND GEN)
    instagram.com/tea_stand_gen.onomichi.yamate (茶立玄 山手)
    instagram.com/ochatotaiyaki_mirume (お茶とたい焼きのみるめ)

    Photo by Yuri Nanasaki
    Text by Yoshiki Tatezaki

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