• 圧倒的なロジックと徹底した生産管理から生まれる、極上の有機抹茶
    鹿児島・霧島[西製茶工場]西利実さん<前編>

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    鹿児島県北部、霧島市の山間の道は霧で満ちていた。宮崎県との県境を跨いで広がる霧島連山があるこの地域は、霧深い気候と厳しい寒暖の差からお茶の生育に適しており、全国でも指折りの名産地として知られている。

    霧を掻き分けるように車を走らせると、目的の場所が見えてきた。我々が今回訪ねたのは、霧島市の[西製茶工場]。100%有機栽培でありながら、味わいにもこだわり抜いた高品質なお茶を大規模生産しており、この地域の“親分”的存在と言える茶工場だ。

    “親分”と表現したのは、代表取締役社長の西利実さんの人柄もある。各メディアで伝えられる人柄やエピソードからもその親分肌の性格が感じられるほか、CHAGOCOROにも登場いただいた[売茶中村]の中村栄志さんや「TEA FACTORY GEN」の髙橋玄機さんもかつてここで働いていたことがあり、西さんの人柄もお二人から聞いていた。

    そのことを出迎えてくれた西さんに伝えると笑顔でこう返してくれた、

    「別に親分らしいことはしてないんだけどね(笑)。ただ周りの農家さんに『一緒にやろうよ』とか、『俺の手伝ってくんない?』ってどんどん周りを巻き込んでその輪が広がっていった結果、今みたいに親分だとか呼ばれるようになったんですよ」

    西利実さん

    到着早々、事務所で抹茶をいただいた。

    [西製茶工場]は特に碾茶(※抹茶の原料。粉に挽く前の段階)の有機栽培で有名だ。通常、碾茶は収穫前の一定期間、遮光率の高い覆いを被せて葉色を極限まで青くし、アミノ酸をたっぷり含んだ茶葉に育てる。しかし、遮光をすることはその分茶の木にストレスを与え弱らせることにもつながる。まして有機栽培という“足かせ”があれば、木に潤沢な栄養を与えられず、結果有機抹茶は品質が劣るとされたり、生産が不安定になったりして商売に適さない、というのがお茶の世界の定説だ。

    しかし、ここでいただいたお茶はどうだろう。驚くほどの旨味と甘味、コクが調和した一杯だった。この味が有機栽培で作られているのかと驚くと同時に、なぜそのようなお茶をつくることができるのか、当然知りたい思いも湧いてきた。

    抹茶をいただいて束の間の休憩をした後、早速生産の現場を見学させていただくことになった。

    真に人にやさしいお茶づくり

    [西製茶工場]には煎茶、玉露、紅茶、そして抹茶(碾茶)を生産するラインがある。今回は2005年に建設された一番古い碾茶工場と、2020年に稼働が始まった最新の碾茶工場の二つを案内してもらった。

    まずは一番古い第一工場へ。入るなり、まず説明されて驚いたのは、[西製茶工場]では最初に茶葉を「洗浄する」ということだった。ここが西製茶が西製茶たる所以の最初のキーポイントだ。

    水が張られた洗浄機。大量の水を使用するため水道水ではなく自分たちで引いた地下水を使用している

    「そもそも、茶葉を洗うなんて我々の世界では邪道だとされ、認められていません。でも、洗浄することで、茶葉の表面についている重金属や農薬成分、環境ホルモン、あるいは虫など、茶葉の成長の段階で付着する可能性のある物質や生物を60%以上除去できます。お茶は露地物(屋外で生育している作物)ですから、何が付いているかわからない状態を少しでも払拭したい。後から異物や有害な成分が発見されたら大変なことですから。お客さんに安心・安全に飲んでいただくことを考えたら、最初に茶葉を洗った方がいい。我々は品質向上のために茶葉を洗っているんです。洗っても、品質が落ちないお茶を作ればいいんです」

    茶葉を洗う、そんな方法は今まで聞いたことがなかった。火山活動の活発な桜島などを有する鹿児島県では茶葉洗浄機を導入している工場が多いそうだが、西さんは火山灰対策ではなく品質向上のために、その最新設備を導入している。「摘んだ茶葉は濡らさない」のが常識だが、安全なお茶づくりを突き詰めた結果、常識を覆すと言っても過言ではない製法を編み出す。そんな西さんのこだわりに初っ端から衝撃を受けたが、安全でおいしいお茶に向けた徹底ぶりはそれだけでは終わらない。

    「工場内で茶葉を移動するときもバケットコンベアのようなものはほぼ使っていません。それだと少しずつ茶葉のカスが溜まっていってしまい、菌の温床になる可能性があります。我々は『風送』と言って、基本的に風の力でライン内の茶葉を搬送し、菌が発生するリスクは減らしています」

    工場内のお茶の運搬方法にまで気を配っているとは。またもや驚かされた。畑に育つお茶の葉がどんな工程を経てふだん飲む“お茶”になるか、消費者の多くはなかなかイメージすらできない。安全でおいしいのは当たり前、とつい思ってしまうけれど、それを実現するために微に入り細を穿つ改善をしつづける西さんの言葉を聞くと、これぞ真に「人にやさしいお茶づくり」だと感じる。

    まだ洗浄の段階で、[西製茶工場]の“美意識”とも表現できるような衛生管理に衝撃を受けた我々だったが、洗浄した後の工程でもこだわりに驚かされた。

    続いて案内された場所には、細長いネットの塔のようなものが2本聳え立っていた。

    「これは散茶機です。茶葉を洗浄し、蒸した茶葉をこの中に送り込み、風で泳がせます。茶葉は叩くと真ん中の筋から畳むように折れる性質があって、それを利用しているのが煎茶です。煎茶って細くよれているでしょう。ただ、碾茶の場合は違う。畳まれるとそこに水分が溜まってしまい、後の工程で熱を加えた時にその部分が蒸れて赤くなってしまうんです。だから碾茶は揉まずにできるだけ開いた状態で均一に乾燥させていく。そのために葉同士がバシバシ叩き合わないように、このネットの中で泳がせる。その泳がせ方も昔の機械じゃどうにもイマイチだったので、メーカーさんと相談しながら自分が去年改良したものがこの機械です」

    散茶機を通ることで表面の水分が綺麗に無くなった茶葉は、「炙る」工程へと移っていく。次に待ち構えていたのは大きなレンガ炉だった。

    碾茶炉

    「レンガ炉の中に4層のレーンがあって、散茶機を抜けた茶葉は下から上へ熱を当てられながら運ばれていきます。一番下のレーンが一番熱くて、200度くらい高温の遠赤外線で煎餅を焼くようにチリチリチリと炙っていく。そして上へ運ばれていくごとに熱源から離れるため温度は下がっていきます。要は一番最初に炙ってから、乾燥をかけていく形になります。普通は乾燥させてから最後に炙るんですけど、碾茶の場合は最初に炙ることが大事。ただ、炙ると言っても葉の縁の部分だけ。これが抹茶の風味につながってきます。ここで炙らないと抹茶っぽくならない。ちょっと生臭くなるんですよ。だからこの工程がめちゃくちゃ大事」

    しかしこのやり方も一朝一夕でたどり着いたものではなく、試行錯誤を繰り返しながら、もっと効率よくいいお茶をつくるためにはどうしたらいいか模索しつづけ、今のような形にたどり着いたという西さん。しかも、碾茶炉の改良が昨年完了したように、現在の形で終わりではなく、より良い方法や改善すべきところがないか、常にアップデートの姿勢は怠らない。

    足りなければ、自分でつくる

    続けて、隣の第三工場も見学させていただいた。細部に徹底したこだわりがありつつも、手作りのレンガ炉など、昔ながらの工場の趣もあった第一工場とは違い、2020年に建てられたとあって、工場内は現代的な雰囲気だった。

    中央の入口付近に設けられた部屋はモニター室となっており、茶葉の詰まりや温度管理などを機械でチェックする体制が整えられている。さらに工場内には最新鋭の機械が並んでいた。

    「基本はどの機械も自分が改良・開発提案したものなんです。碾茶の乾燥に使っている機械は、中国で使われていた釜炒り茶用の乾燥機から着想を得て作ってもらいました。450度の熱風が出るので、碾茶炉の役割に使えると踏んで試験的に使ってみたのですが、やっぱりよかった。それまで碾茶の乾燥にはネット乾燥機という機械が常識だったので、取り組み先に提案した時は驚かれましたけどね。昔ながらの機械や方法も理屈が通っていればそれでいいけど、何も考えずにそれに従っているだけじゃ発展していかないですから」

    工場内にある機械のほとんどが西さんの発案から生まれたもの、という事実にこれまた驚かされる。例えば、生葉保管コンテナは冷蔵室となっており、日本では相当珍しい独自の保管設備だということだが、これも研究機関と共同開発したものだ。ここでは茶葉の鮮度を長く保たせるため、10度くらいの温度で生葉が保管されている。

    さらに茶葉を洗う洗浄機も西さん自らの手で改良を加えたものだ。洗浄水を循環させながら使う過程で、以前はフィルターに汚れが詰まってしまっていたが、それを水を循環させながら汚れだけ排出するような構造へと作り替えた。それも今や業界ではスタンダードなものになっているという。

    巨大な生葉コンテナは冷蔵設備付き
    碾茶の乾燥機を説明する西さん
    大量の熱を生み出すということは適切に排熱する必要もあるということ。そのことを計算に入れて工場の建物自体が設計されている。目の前の機械たちだけではなく、自分たちがいるこの空間自体がまさに“工場”なのだとドキドキした

    足りなければ、自分でつくる。
    口で言うのは簡単だが、実際に出来上がったものを見ていると、ここに辿り着くまでには様々なトライ&エラーがあったことは容易に想像できる。

    最初に「親分」というイメージ像が出来上がっていたので、西さんはなんとなく豪放磊落な人物だと想像していたが、今回取材させていただいて感じたのは、全く逆の人柄だった。理想のお茶をつくるため、徹底して理論に基づいたお茶作りを実践するリアリストだということが、茶工場を見学させていただく中で感じ取れた。

    西さんのこうした徹底さはどのようにして培われてきたのだろうか。疑問に思うと、その答えの一端となるような言葉を語ってくれた。

    「僕らは市場を通さずに問屋さんたちとマンツーマンでの直接取引を祖父の代から続けてきました。そのため、茶業界の栄枯盛衰もずっと見てきたんですね。そうした経験がいち早く業界の流れやニーズを読み、どんなお茶をこれからつくっていけばいいか、その流れを掴む力につながっていると思います。だから変化を恐れない。農家さんて、芸術家肌の人も多いんですけど、その分独りよがりな考え方になってしまうこともある。もちろん僕らもそうした性分を持ち合わせていますけど、刻々と変わる業界の流れにどう対応していくかを常に考えている。その部分ではどの茶工場よりも一日の長があるのかなと思っています」

    茶工場を見学しただけで驚きの連続だった今回の取材だが、それではまだ終わらない。後編では場所を移し、[西製茶工場]の茶畑を見学させていただいた。そこにも我々の想像を超えるこだわりと理論があった。そして、先代の社長である亡き父親への思いも語っていただいた。

    西利実|Toshimi Nishi
    1975年生まれ。鹿児島県霧島市[西製茶工場]の3代目。1954年、西利実さんの祖父・西弘志さんによって買葉業者として創業された同社は、父・西喜実さんの代で自社直営茶園を開設し、着々と拡大。2000年に有機JAS認証を取得。2005年、碾茶工場建設。2010年、西利実さんが代表取締役就任。

    西製茶工場|Nishi Tea Factory
    鹿児島県霧島市牧園町万膳798
    nishicha.com

    Photo by Eisuke Asaoka
    Text by Rihei Hiraki
    Edit by Yoshiki Tatezaki
    Coordination by Nanami Kanai

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