• お茶を飲むシーンを増やすこと
    静岡[aardvark tea Astand]辻せりかさん<後編>

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    浅間通りのティースタンドはお茶のある暮らしの入口 静岡[aardvark tea Astand]辻せりかさん<前編>

    「おせんげんさん」と呼ばれ古くから親しまれる静岡浅間(せんげん)神社。その起源は大変古く、大小さまざまな神社がこの地に集まり「駿河国総社」と呼ばれていることからも、その歴史の深さと人々の信仰の篤さが容易に伺えるというもの…

    2024.11.08 INTERVIEW日本茶、再発見

    静岡市の歴史ある商店街・浅間(せんげん)通りに、2年前にオープンしたティースタンド[aardvark tea Astand(アードバーク ティー エースタンド)]。日々カウンター越しにお客を迎える店主の辻せりかさんは、静岡生まれ静岡育ちではあるものの、茶業に元々ゆかりがあったというわけではないという。辻さんがいかにしてお茶と出会い、今どんな思いを持ってカウンターに立つのか、お話を伺った。

    前編の「秋の煎茶ソーダ」「ほうじ茶のパンプキンラテ」につづいて、「秋のスパイスティー」をいただきながらお話を聞く。富士市の茶畑「大淵笹場」でつくられる、甘さが特徴的な紅茶をベースに、月桃やピンクペッパーを効かせたブレンド
    辻せりかさん

    静岡転勤で衝撃を受けたお茶の味

    辻さんは大学卒業後、大手旅行代理店のJTBに入社。法人営業として、企業や学校などの旅行を企画・添乗する仕事に従事した。

    「旅行が元々好きだったこと、自分が学生の時に海外でホームステイをした際にJTBにお世話になったこともあり、就職でもご縁をいただいた感じです。法人担当の営業として、企業や自治体、教育機関などを対象とした旅行の企画のほか、インバウンド戦略やMICE、それらのお客様を国内外にお連れしたりする仕事をしていました。韓国に駐在したこともあって、そういう経験を経て日本をあらためて客観的に見つめるということができるようになったのかもしれません」

    韓国駐在から戻った直後に配属になったのは、静岡県のDMO(観光地域づくり法人)だった。地域のさまざまな資源を活用して、人を呼び、地域観光の発展を目指すという仕事を担うことになった。

    「観光の視点から地域の事業者さんたちと一緒に、いかに人を呼べるかということを考える仕事なのですが、お茶農家さんたちと出会ったのもまさにそこでした。お茶を意識するようになったのはそこからですね。実家には急須があって母が淹れてくれてはいましたが、お茶は身近な存在すぎて、特別なものとして興味を抱くことがなかったというか。でも、農家さんとの出会いをきっかけに興味が湧いて自分でいろいろと調べたりということが始まりました。畑で飲ませてもらったお茶に衝撃を受けたんです。『お茶ってこんなに美味しかったっけ!』というほど、感動的な体験でした」

    感動を伝えるティーテラス「茶の間」から
    美味しいお茶の入口を広げるアードバークティーへ

    その感動体験は、新たな地域事業として形になることになる。茶畑にテラスを設け、美しい茶畑の景色を眺めながらお茶を飲むことができる「茶の間」は、さまざまなメディアでも紹介されて話題となった。現在、牧之原、島田、静岡、富士の4市に合わせて6カ所の茶畑テラスがあり、公式サイトから予約することができる。

    事業は軌道に乗った一方で、悩ましいのは会社員にとっての宿命、異動があることだった。DMOでの任期にも終わりがあり、これまで取り組んできた事業もどうなるかわからない。そこで辻さんはどんな決断をしたか。それは、独立をして、静岡の茶産業へのコミットをつづけるということだった。

    「それまでに出会ってきた農家さんたちの想いや美味しいお茶から離れるというのが寂しかったというのもありましたし、ちゃんとお茶のことをやりたいなと思って。DMOに出向していたメンバーは他に銀行や鉄道会社からも来ていたのですが、その仲間たちと一緒に独立を決めました」

    そうして立ち上げたのが、現在辻さんが代表を務める会社「AOBEAT(アオビート)」。社名には“青臭く”“地域に鼓動を鳴らす”という意味の他に、メンバーの出会いの場(DMOの活動拠点)であった旧青葉小学校にちなんだという思いもあるそうだ。「茶の間」に加えて、今回訪れているティースタンド[aardvark tea Astand]とそのオンラインショップが主要な事業となっている。

    独立・創業時の思いを辻さんは次のように話してくれた。

    「農家さんたちがつくるお茶はすごく美味しくて、感動したんです。その一方で、あまり農家さんたちにスポットライトが当たっていないということを感じて、それが悔しかったというか。この美味しさや景色を含めた感動をもっといろんな人に伝えたいなと強く思いながら取り組んでいました。でも、それが途切れてしまう、仮に二足の草鞋でやっても意味がないと考えて、自分で決めたというか。農家さんたちからは会社を辞めてまでお茶をやることに心配の声もありましたが、自分たちのやりたいっていう気持ちで進んだ感じです」

    飲むシーンをつくる
    お茶の街にティースタンドがある意味

    そんな辻さんの思いを聞いていると、女性のお客さんが一人、空のクリアボトルを持ってお店に入ってきた。挨拶の感じからどうやら常連さんのよう。空のボトルを辻さんに渡すと、「TODAY’S TEA」のメニューから[富士山まる茂茶園]の「煎茶 凪」のアイスを選んだ。

    ボトルに茶葉を入れ、お湯を差し、氷で急冷、そして蓋を閉めて手渡す辻さん。「これが給茶のサービスです」と言う。ふつうのテイクアウトよりもお得な値段でお店のドリンクをマイボトルに入れてくれる。農家さんのお茶の美味しさに感動した辻さんらしいサービスだと感じる。

    さらにすごいと感じるのは、そのボトルを自社でこだわって開発したところ。構想から2年ほどかけて、昨年の11月にリリースされたという。「フィルターの部分を多様な日本茶に対応できるよう調整したり、使い勝手のよいサイズ感や重さ、持っても熱くならない構造など、一つずつこだわって作りました」と辻さん。容量は300mlで、満水にすると容器含めての重さがペットボトルとほぼ同じとのことで、“乗り換え”の違和感もない設計。一回飲んでしまっても、職場や家でお湯をもう一度注げば二煎目も飲める。お財布にも環境にもやさしいというわけだ。

    哺乳瓶などで使われるトライタンという樹脂を使用していて取り扱いも安全。ダブルウォールになっているため熱いお茶も冷たいお茶も持ちやすく、保温保冷も若干きく。茶漉しは指で簡単に着脱可能。シンプルな設計だから洗浄含めて使いやすい
    ボトルの中で茶葉が躍る様子は見て楽しい。「『水槽の中を眺めているような感じで癒される』という嬉しいお言葉をお客さまからいただいたことがあります」と辻さん

    自らも「毎日これでお茶をたのしんでおり、暮らしが豊かになった。まさに革命的です」と話す辻さん。「お茶と消費者との接点を増やす。『茶の間』もそうですが、AOBEATはそういう仕事をしています。観光としてお茶をたのしんでいただくこともそうですが、リーフを買ってもらえるのが農家さんとしても私たちとしても一番嬉しいことだと思っています。これからも“飲むシーンをつくる”ということをどんどん増やしていきたいです」

    店内には買って帰れるリーフ商品も多数並んでいる。辻さんがブレンドティーに目覚めたきっかけは、初めて茶畑で感動を与えてくれた茶農家でもある[富士山まる茂茶園]の本多茂兵衛さんだそう。煎茶にバラをブレンドしたものを飲ませてもらった時に「こんな楽しみ方もあるんだ!」と驚いたという
    コーヒー豆とブレンドしたシリーズ「COFFEE TEA」も面白い。茶葉を活かすという軸を持ちながら、先入観に縛られない自由な発想が溢れている

    インタビューの最後、大企業から独立してお茶の世界に飛び込んだことに後悔はなかったか、という質問をさせてもらうと、「はい」と笑顔で即答が返ってきた。

    「おかげさまで、楽しんでやっています。楽しんでいるからこそ、本気でやっていけるのかなと思います」

    お茶どころ静岡のティースタンドとして着実に存在感を増しながら、その軽やかで柔軟な視点からさらなる発展を期待したくなる、そんな出会いだった。

    辻せりか|Serika Tsuji
    静岡生まれ。大学卒業後、株式会社JTBに入社、企業や学校などの団体を対象とした企画型の法人営業に従事。韓国・ロッテJTB出向を経て、静岡県の観光地域づくり法人に出向。茶畑のプライベートティーテラス「茶の間」などを手掛ける。2021年に独立し、AOBEAT(アオビート)を設立、代表を務める。2022年7月、浅間通りに[aardvark tea Astand]をオープン。
    instagram.com/aardvarktea_astand
    aobeat.co.jp

    Photo by Takuro Abe
    Text by Yoshiki Tatezaki

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