• お茶だからこそ“合う”。ティーカクテルと創作料理のペアリング
    静岡[NO'AGE concentré]井谷 匡伯さん<前編>

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    静岡駅から徒歩10分ほどの場所にある静岡市鷹匠地区。ここは以前取材で訪れた[GOOD TIMING TEA](記事)もある閑静かつ洒脱な雰囲気のエリアなのだが、そこからすぐの場所に、今の静岡、ひいては日本のお茶シーンにおいて唯一無二の存在感を放つ店がある。それが[NO’AGE concentré(ノンエイジ コンセントレ)]だ。

    この店では、日本茶を使用したティーカクテルと鉄板を用いた、おそらく日本でも唯一と言っていい創作料理のペアリングコースが楽しめる。藍色の壁が目印の店の扉を開けて中に入ると、6人掛けのカウンター席。その目の前にある鉄板にまず驚かされる。さらにその横には茶釜が置かれ、お茶を淹れる場が設けられていた。壁の棚には茶道具がずらりと並んでいる。初めて見る設えの組み合わせに胸の高鳴りを感じた。

    コースは完全予約制。ディナーが終わった後のバータイムは不定期で開かれているためSNSなどで事前に情報のチェックを

    出迎えてくれた店主の井谷匡伯(まさみち)さんは、とても明るく朗らかな方だった。その独特の設えと静謐な雰囲気に少し緊張感もある店内だが、井谷さんの人柄に触れた途端その緊張も解れていった。

    [ノンエイジ]では現在、料理7〜8品にカクテル6〜7杯がつく「雪月風花」と、料理7〜8品にカクテル3〜4杯がつく「清風名月」という二つのコースを中心に、完全予約制のカクテル・ペアリングコースを提供している。しかし、決まったメニューはない。この日作っていただいた料理とカクテルも、今回の取材に際して直前に考案したものだという。

    「その時に採れた旬の食材や茶葉を、湿度や温度といった気候条件に合わせお客様のことを考えながら料理もカクテルもお作りします。例えば冬だったら渋みのあるもの、夏だったらスカッとするものが飲みたくなるだろうな、というふうに。カクテルで表現する季節感と料理で表現する季節感がペアリングすることでそれぞれの季節感が増幅し、よりはっきりとした四季の魅力を楽しんでもらえればと思っています。これは日本人だからこそ表現できるペアリングだと僕は思います」

    井谷匡伯さん

    ペアリングの妙を体感させてくれる「同調」と「第二のソース」

    最初に出していただいた料理は「キハタの焼き霜〜春菊のラゴビットソース添え〜」。皮に焼き目をつけたキハタの刺身に、ごま油で炒めた春菊とラゴビットソースを合わせた料理だ。キハタのクセがないさわやかな旨味に、春菊と振りかけられたケールのある種青臭い風味がキハタの味わいととてもよく合う。

    最後に乾燥させたケールを青海苔のように振りかける

    そしてこの料理のペアリングティーとして出してくれたのが「煎茶のジントニック」。萎凋煎茶を漬け込んだジンに、焙烙で炒った深蒸し煎茶をミックスさせて作った一杯だ

    ジンに漬け込んだ深蒸し煎茶は井谷さんの地元である袋井産のもの。深蒸し茶の旨味が萎凋煎茶の魅力と溶け合っていく

    気になったのは、なぜ萎凋煎茶を合わせたのかということだったが、その意図を尋ねると「あくまで私の中での考えですけど」と前置きしながら井谷さんは説明してくれた。

    「今のような金木犀の香りが漂う季節は、“香りの伸び”を感じられる飲み物の方が体内に受け入れられやすいと私は考えています。萎凋煎茶の魅力はミルキーで香りが伸びる感じにあるので今の季節にちょうどいいと思いました。それと寒くなってきたので、ちょっと火香があって枯葉っぽい感じもあればいいかなということで、ほんの少し茶葉を炒りました。こんなふうに同じジントニックを作るにしても毎回料理に合わせてアプローチを変えていくんです」

    「キハタの焼き霜〜春菊のラゴビットソース添え〜」
    萎凋煎茶のジントニック

    日本ならではの四季の移ろいを敏感に感じとり、繊細な味の重なりを表現する井谷さんのカクテル。このカクテルは料理とのペアリングでどのような効果をもたらすのだろうか。料理を口に入れた後、カクテルも一緒にいただいてみる。すると春菊の香りが料理単体よりも口の中で広がっていくような感覚を抱いた。ジントニックの爽やかな酸味の中に、お茶の旨味もより強く感じる。

    「春菊はキク科の植物。そして萎凋煎茶もキクやジャスミンのような“花系統の香り”と形容されます。この同じ系統の香りが交わることでお茶の風味もさらに感じられるようになります。そしてキハタの旨味成分がお茶に含まれるアミノ酸と合わさることで、お茶の旨味も引き出されるのです。同じ要素を重ねることで双方が生かされる、いわゆる“同調”と言われるようなペアリングです」

    ひとつ目のペアリングをいただいている間も、井谷さんは動きを止めない。ドリンクの準備をしているかと思えば、料理の状態をチェックしに行く。バーテンダーから料理人へ、料理人からバーテンダーへと、その顔を瞬時に何度も切り替えていく。

    鉄板の上で西洋ネギを焼きながら、藁焼きの壺を取り出す。そしてそれに火をつけ、串を刺した軍鶏を壺の上でじっくりと焼いていく。藁の香ばしい香りが室内に漂ってきたと思ったら、今度はカクテルの用意に移る井谷さん。

    軍鶏は静岡の御前崎市で飼育された「遠州地鶏一黒しゃも」

    急須を二つ取り出し、それぞれ異なる茶葉を入れる。

    「ひとつは牧之原台地でお茶を栽培している[釜炒り茶 柴本]の釜炒り茶。もうひとつは山に生えているクロモジの葉っぱの部分をお茶にしたクロモジ茶です。この二つをブレンドし、熟成した次郎柿を合わせます。さらに、ゆずの皮、アガベシロップ、レモンジュースを加え、ミキサーにかけていきます。」

    [ノンエイジ]では基本的に静岡の食材を中心に使用しているが、井谷さんは静岡産のみという縛りを設けているわけではないという。特にお茶に関しては各地方の特色ある茶葉も積極的に取り扱っている

    そこまでの工程を終えたところで、井谷さんからまだアルコールが入っていないモクテルの状態のものを勧められた。鮮やかなオレンジ色の液体を口に入れると、柿の上品な甘さと釜炒り茶のまろやかさ、クロモジ茶の独特な香りが見事に調和している。これ単体でも十分すぎるほど美味しい。

    そしてまた調理場へ。鍋に数種類の炊いた豆と静岡の郷土料理である金山寺味噌を投入。さらに鶏だしも加え、鉄板の上で混ぜながら温めていく。

    それをソースとして、焼き上げた西洋ネギと軍鶏の上にかけていく。そして完成したのが「遠州地鶏一黒しゃもの藁焼き 金山寺味噌のクリームソース」。

    続いて先ほどのモクテルも仕上げにかかる。モクテルと酒粕から造られた粕取り焼酎をシェイカーに入れ、素早く混ぜ合わせる。「次郎柿と釜炒り茶のカクテル」の完成だ。

    シェイカーで混ぜ合わせた液体をグラスに注ぎ入れる

    「アルコールが入ることによってスカッとしたキレが増します。これを料理と合わせるとびっくりするぐらい口の中で味が切れるので、カクテルが“第二のソース”の役割を果たすんです」

    「遠州地鶏一黒しゃもの藁焼き 金山寺味噌のクリームソース」と「次郎柿と釜炒り茶のカクテル」

    確かに先ほどのモクテルを飲んだ時に感じたまろやかで味わいが伸びていく印象とは打って変わって、スカッとしたキレの良さが際立つようになっている。料理とともに味わうと、井谷さんの言っていたことがよくわかる。軍鶏を包む味わいが変わっていき、味噌から柿の果肉へと口の中で感じるテクスチャーの変化が心地いい。

    「テクスチャーはカクテルだからこそ表現できる部分です。果肉を入れることができるのはカクテルならでは。ワインも日本酒もお茶も、基本的には濾した液体で、とろみというものはない。カクテルはこのとろみを表現できるのが最大の特徴とも言えます。だから軍鶏のような噛み応えのある食材にとろみのあるカクテルを合わせると、水分が加わり口の中でより引っ掛かるようになり、一層美味しさを堪能できるようになるんです」

    井谷さんの説明を聞いて、改めて「ペアリング」という言葉から連想される“合う”という感覚を、これまで明確に言語化したことはなかったなと我が身を振り返った。なんとなく、食べ合わせが美味しいから“合う”と思っていただけだったように思う。どんな意味で“合う”のか。井谷さんの説明を聞いて、ペアリングのプロが料理とカクテルに込める思いの深さを知った。

    ペアリングにおけるお茶の利点

    料理とカクテルのペアリングを存分に楽しんだ後、井谷さんにお茶を材料にペアリングする魅力を改めて尋ねてみた。

    「やはりペアリングって、本当にタイミングが重要です。そういう意味でお茶はうってつけの素材。熱湯で淹れたお茶も、60度から70度くらいまで温度が下がってからの方が味がよくわかりますよね。スープも同じで、少しぬるくなってからの方が旨味を感じられるんです。温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちにいただいた方が美味しいのが一般的です。でもお茶のカクテルの場合は、ぬるくなっても美味しさを発見することができる。そこが普通のカクテルとお茶のカクテルとの一番大きな違いだと感じています。料理を食べている間に、温度帯を変えることができる飲み物だということ。タイミングが重要なペアリングで、お茶はとても活用しがいのある液体なんです」

    バーテンダーとして30年以上のキャリアを持ち、オーナーとしてオーセンティックバーを20年以上営んでいながら、料理人として店に立ちたいという学生時代からの夢を叶えるため、新たに料理とティーカクテルのペアリングを手がける[NO’AGE concentré]として2021年に再出発したという井谷さん。その異色の経歴の中で培われた唯一無二の理論と感性で作り上げるティーカクテルペアリングの世界を堪能した我々だが、井谷さんはこの店を続けていくにあたって様々な困難や葛藤もあったと語る。

    現在のノンエイジが出来上がるまでにはどんなストーリーがあったのだろうか。後編では、井谷さんとノンエイジのこれまで、そして井谷さんのお茶産業に対する思いも伺っていく。

    井谷 匡伯 |Masamichi Itani
    大阪あべの辻技術研究所修了。その後、料理人として就業を経て、酒を調合するバーテンダーへと転身。2000年に地元の袋井市にて「Bar NO‘AGE」を創業し、2007年に静岡市へ移転。様々なカクテル専門書やペアリング専門書へ掲載され、2016年には「Yokohama international cocktail competition」クリエイティブ部門グランプリを受賞。2021年に、鉄板を使用した料理と今までの20年間を「濃縮」「集中」させるスタイルとして店名を「NO’AGE concentré」とし、新たなるスタートを切った。
    instagram.com/noage__concentre

    NO’AGE concentré|ノンエイジ コンセントレ
    静岡県静岡市葵区鷹匠2-5-12
    12:30〜14:00(土曜日のみ)
    17:00〜19:00(最終入店)いずれも要予約
    Bar TIME SNSおよび電話にてご確認ください
    不定休
    TEL 054-253-6615
    barnoage.com
    instagram.com/noage__concentre

    Photo by Takuro Abe
    Text by Rihei Hiraki
    Edit by Yoshiki Tatezaki

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