パティシエの技術と自由な発想が拓く新たな日本茶の入り口 神楽坂[VERT]田中俊大さん<前編>
2024.12.27 INTERVIEW日本茶、再発見茶と食
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日本茶をふだんから飲まない人も、もちろん愛飲する人にとっても、まさに新感覚と呼べるスイーツ×日本茶のコースを披露してくれた神楽坂[VERT]の田中俊大さん。[VERT]立ち上げ以前は、新宿にあったアシェットデセールの名店[ジャニス・ウォン]でスーシェフ、六本木のモダンフレンチレストラン[ジャン・ジョルジュ 東京]でシェフパティシエを務め、上野毛の[ラトリエ・ア・マ・ファソン]でグラスデザートを学んだという経歴の持ち主だ。
お客の目の前でライブ感たっぷりに一皿を仕上げるその見せ方(アシェットデセールは仏語で皿盛りのデザートという意味)にも、自由自在の食材の扱い、そして美しい見栄えの品々にも納得。[VERT]には、お茶好きのお客よりむしろ、そうしたデザートに魅せられて訪れるお客が多いという。年齢層も20~60代と幅広く、女性が7割という肌感覚を聞いても、まさに日本茶の新たな入り口になっているのだと感じる。
そんな田中さんにとっての“日本茶の入り口”を知りたくて、幼少期からの経歴をあらためて尋ねてみた。
「子どもの頃から何かを作る人になりたくて、美容師にもなりたかったし、バンドで有名になりたい!と思ったこともありました。宮大工や建築家をめざして勉強した時期もあります。でも、高校生の時に観ていたあるテレビ番組で、出演していたパティシエの自由にデザートを作る姿がカッコよく見えたんです。それでお菓子の道に進むことに決めました。毎日早朝から深夜までバリバリ働いて、ケーキの店、カウンターデザートの店、フレンチレストラン、パフェの店とほとんど経験しました。やらなかった業態といえばホテルですけど、知人から『絶対に合わないし止めておけ』と言われて、いいかなと(笑)」
「日本茶との出会いは、今から5年前くらいです。あるお店から、日本茶を使ったスイーツのレシピを依頼されたことがきっかけでした。日本茶スイーツに対する当時の僕のイメージは、抹茶を使っている・緑色・なんかちょっと苦い、ぐらい(笑)。『うーん、抹茶のスイーツって頭打ち感があるよね』とすら思っていました」
そこからお茶と向き合う日々が始まった。発想を広げるためにいろいろなお茶を試してみると、そもそも日本茶にはたくさんの品種があるということに驚かされた。依頼された店に置いていた福岡・朝倉[山科茶舗]の「やぶきた」や「あさつゆ」を飲んで、品種によって味がまったく違うことにも衝撃を受けた。同時に、日本茶という存在が水のように脳内に流れ込み、すっと肌になじんだ感覚があったという。
「『あ、日本茶ってフルーツと一緒だ』と思ったんです。たとえばイチゴなら、『とちあいか』『かおりん』『あまおう』とさまざまな品種があって、味わいがまったく違う。日本茶も、同じ世界だと思いました。僕はパティシエだから、小麦粉と乳製品とフルーツでデザートを作ってきた。そのベースに、新たな要素として日本茶が入ってきた感覚です。お茶と出会って、引き出しが増えたんですよね」
そう嬉しそうに語る田中さん。とはいえ、当時は日本茶に関する知識はほぼゼロと言っていい状態。[VERT]のオープン前から3年間で40軒ほどお茶農家を訪れたというが、体当たりで勉強し続ける日々は決して簡単ではなかったはずだ。
「突然やってきた見ず知らずの人間なので当然、最初は警戒されました。でも、そんな自分を受け入れてくれて、手取り足取り日本茶のことを教えてくれた農家さんや問屋さん、面白がってお店に通ってくださる方々のおかげで今の僕があります」
今でこそ、“日本茶とデザート”と銘打った店はいくつかあるが、オープン当時はまだめずらしかったはずだ。手本となる先駆者がいない状態でつくり上げた、味づくりのポイントはどこにあるのだろうか。
「大切なのは、“甘さのバランス”です。日本茶には甘みや旨みだけじゃなく、苦みや渋み、エグみという複雑なレイヤーがありますよね。その絡み合った繊細な味わいが日本茶のおいしいところです。それを生かしたいので加糖を控えて、砂糖の甘さで渋みやエグみをマスキングしない。その結果、デザートを作るというより、使う食材が甘かったら甘く仕上がるだけ、という考え方に変わったんです」
しかし、味わい・加工・保存さまざまな面で、砂糖を減らすにしても限度がある。そこで取り入れたのが、発酵だ。発酵由来の酸味があれば甘さが引き立ち、奥行きを出すための香りもつけられるので、必要最低限の加糖でバランスがとれる。生のフルーツを発酵させたり、酵素シロップをつくったりと要所で取り入れている。最初は恐る恐る手を出した発酵も、持ち前の探求心を生かして温度や糖度管理などの知識を身につけ、今では常に発酵アイテムをストックしてメニューを考案するそうだ。
「そうそう」と田中さんは付け足す。
「そもそも僕、甘いものを食べるのが得意じゃないんです。粉が手につくのもいやだし、卵の香りも好きじゃない。全然パティシエに向いてないんですよね」
そう田中さんは笑ったが、日本茶を素材として柔軟に落とし込み、液体なり個体なり多彩にアウトプットできるのは、パティシエとして積み上げてきた過去があったからだ。1gの差が物をいう、きっちりと数値化された世界で長年やってきたからこそ、「茶湊流水」という斬新かつ自由な表現へと展開できたのだろう。
「パティシエが日本茶を使ったらこうなるよって表現できたら、日本茶の可能性が広がると思っています。それに、日本茶ってやっぱり敷居が高いと感じられるので、デザートが絡んだら、もっともっと間口も広げられるんじゃないかな」
その思いもあって2024年3月には2号店となる[VERTはなれ]を開いた(当初は浅草、11月からは本店が元あった神楽坂津久戸町に移転)。アラカルトで頼める日本茶1杯1,100円~と、パフェやちょっとしたデザートを用意し、本店よりもカジュアルな価格帯で自由に楽しんでもらう。今後は若者をはじめとして、日本茶になじみがない人々をもっと取り込んでいきたいと考えている。
「茶道の先生や日本茶インストラクターといった方々のように、世の中にはお茶を教える方はたくさんいますよね。お茶につらなる日本の文化ごと後世に残すために、そうしたクラシックは絶対になくなってはならない。でも、伝統を守り続けるあまり閉じた世界になれば、広がってはいかない。だからこそ、僕は僕のやり方で日本茶の面白さを伝える役目がある。入り口はいろいろあっていいと思うんです」
“抹茶のスイーツなんて頭打ちだと感じていた”と冒頭で話していた田中さんだが、「日本茶の世界に本格的に足を踏み入れてから、その可能性に限界を見ていない」と力強く最後に言い切った。その根拠は、海外ポップアップで現地の人々の反応から手ごたえを感じていることからも分かる。日本はもちろん、海外でも日本茶や日本茶にまつわる文化が広く愛される時代が今後訪れたら、生産や教育の現場でも後進が続くだろう。そして、未来に残るべき文化がまた一つ繋がっていく。
無限に創作意欲を掻き立てるミューズこと日本茶とともに、田中さんは走り続けていく。
彼の歩む足取りを追っていけば、日本茶の裾野が広がっていくさまを見せてくれるのだという予感がする。
田中俊大|Toshihiro Tanaka
福岡県出身。デザートバー[Janice Wong(ジャニス・ウォン)]やグラスデザート専門店[L’atelier à ma façon(ラトリエ・ア・マ・ファソン)]などの名店で研鑽を積み独立。2022年、神楽坂(新宿区津久戸町)に日本茶を織り交ぜたデザートコース専門店[VERT]を立ち上げる。2024年11月に現在の神楽坂3丁目に本店を移転し、津久戸町には浅草から[VERTはなれ]を移転オープン。
VERT|ヴェール
東京都新宿区神楽坂3-1 かくれんぼ横丁会館201
完全予約制
2025年1月より14時/19時の2部制、価格は23,000円(税込)
(予約はTableCheckから)
https://www.instagram.com/vert_jpn
Photo by Mishio Wada
Text by Nanako Aoki
Edit by Yoshiki Tatezaki
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内容:フルセット(グラス3種、急須、茶漉し)
タイプ:茶器
内容:スリーブ×1種(素材 ポリエステル 100%)
タイプ:カスタムツール