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心地いい空間で、お茶とお酒を嗜む時間がもたらすもの 茨城・潮来[偶吟]旦さん<後編>
茨城県潮来(いたこ)市にある[偶吟]は、日本茶と日本酒を提供する、穏やかな雰囲気が流れる小さな店。前編では煎茶を淹れていただいたが、せっかくなので[偶吟]のもうひとつの柱である日本酒とそれに合うおつまみもいただくことにし…
2025.01.17 INTERVIEW日本茶、再発見
東京駅から高速バスでおよそ1時間30分ほどのところにある茨城県潮来市。湖としては日本第二位の面積を誇る霞ヶ浦という豊かな水景色に囲まれたこの街に、最近新たなお茶の“波”を感じさせる店がオープンした。そんな噂を聞きつけ潮来市へと車を走らせた。
高速道路の料金所を降り少し走ると浜丁通りと呼ばれる通りへさしかかる。かつては花街として栄えたエリアだったそうだが、現在は開いている商店もまばらで、ところどころに微かな面影を残すのみ。そんな街並みを車でゆっくりと進んでみると、リネンのワンピースをまとい頭にはヘアバンドをつけた女性が一人、建物の前を竹箒で掃除している姿が見えた。
彼女の後ろには大きなガラス戸が特徴の店が、周囲の長閑な風景に溶け込みながらも凛とした佇まいで建っていた。地図もここが目的地だと告げている。入口のガラス戸に書かれた[偶吟]という店名も確認できる。
2023年6月にオープンした[偶吟 gu-gin]は、日本茶と日本酒を扱う小さな店。そのカフェでもなく居酒屋でもない独自のお店のスタイルはじわじわと注目を集めている。店主の旦さんと挨拶を交わし、早速店の中へ。看板猫のメープルが我々を出迎えてくれた。
入口手前には大きな杉の木のテーブルカウンターが3席(写真右手前)。奥には2人掛けのテーブルが2席、それから旦さんが事務作業するための机(メープルの休憩場所でもある)が一つある。
ところどころに書籍が立てかけられていたり、植物や小道具も品よく配置されている。モルタル調に統一された床と壁はシンプルで洗練された印象、そこに木製の家具や戸、柱が暖かさを加える。時間の流れが不思議と緩やかになったような、温もりある感覚をもたらしてくれる。旦さんのこだわりが感じられる内装だ。
旦さんは24歳という若さながらも、自身の店[偶吟]を一人で切り盛りしているという。日本茶と日本酒を扱う専門店をその若さで開いたこと自体すごいと思ったが、その二つを、この町のこうした空間で提案するセンスにも興味を引かれた。
なぜこのような店を作ろうと思ったのか。
まずはそこに至るまでの話を伺うことにした。
「元々誰かの拠り所になるような、自分の空間を持ちたいという思いはありましたが、飲食店を開きたいと思っていたわけではありませんでした。高校卒業後は就職したのですが、前職も飲食関係ではありませんでした」
そう語る旦さんが今に至る最初のきっかけは、日本酒との出会い。お酒が飲める年齢になって日本酒を初めて飲み始めると、すぐにその味わいに感動したという。
「日本酒を初めて飲んだ時からもうその世界に感動してしまって。それから単に飲んで楽しむだけじゃなく、日本酒の世界を知りたくなって勉強するようになったんです。日本酒ができるまでの繊細な工程やそれに携わる人の手の尊さ、自然の息吹を感じられる日本酒という飲み物に惹かれていくようになりました」
一度ハマったらとことん熱中する性格だという旦さん。日本酒の世界への探求心はとどまることを知らず、また世界はちょうどコロナ禍に突入したこともあり、日本酒の勉強に没頭するように。20歳のうちに「SAKE DIPLOMA」という日本酒ソムリエの資格を取得するまでに至った。日本酒の理解を深めていくにつれて、似たように興味を引かれたのが日本茶の世界だった。
「日本酒も日本茶もどちらも自然なしでは成り立ちません。自然の存在が必然であることに私は魅力を感じます。水や土壌、その土地土地の環境によって生まれた唯一無二の味わいが素敵だなと。そんなふうに日本茶の中に日本酒と通ずる部分を感じるにつれて、いつの間にか日本茶のことも深く知りたいと思うようになっていきました。そして日本酒と同じように、日本茶のことも勉強していくようになりました」
「21歳の頃、銀座にある[煎茶堂東京]さんに初めて伺いました。そこでお店の空間のあり方や商品の販売の仕方、シングルオリジンの味わいに魅了されて、ここで働いてみたいと思い、元々の仕事をしながらですけど、煎茶堂東京さんでアルバイトとして実際に1年間働きました。その間に日本茶インストラクターの勉強も始めました。煎茶堂東京さんとの出会いで、日本茶の世界に本格的にのめり込んでいくようになったんです」
そう語りながら、カウンターでお茶を淹れ始めてくれた旦さん。その落ち着いた口調とシンクロするような丁寧な所作が、さらに時間の経過をゆっくりと感じさせる。まるで、知らず知らず流れていってしまう時間に、柔らかな重力が加わったような。
「淹れ方ひとつで、一つの茶葉からいろんな味を感じられるし、個性のある品種がたくさんある日本茶。気分に合わせて自分が飲みたいお茶を選ぶことができるその自由さが日本茶の魅力だと思います」
しかし、20歳で日本酒と日本茶に出会ってからわずか4年後には、その専門店を開いているのだから、旦さんの行動力には驚くばかりだ。当初は飲食店を開きたいと思っていたわけではないと言っていた旦さんに、どのような心境の変化があったのだろうか。
「日本酒や日本茶の世界にハマるようになってから、ふらりと誘われるように入ったお店に自分の心が救われることが何度もあったんです。『あそこに行けば大丈夫になれる』と、心の拠り所として大切に取っておけるような。それから少しずつ、こんな素敵な空間を一つでも増やせたらいいな、という気持ちを持つようになったのかもしれません。それから会社を辞めるタイミングや環境の変化などが重なって、会社などの大きい組織に寄りかかるのではなく自分の足で立ってみたいと思い、自分でお店をやるという決断をしました。かつて自分が救われたように、ほんの少しでも誰かを救えるような空間を作りたいと思うようになったんです」
退職してからオープンまではわずか数ヶ月。さらりとした口ぶりとは裏腹な行動力にまた驚かされる。
「私は20歳で自分の人生に核のようなものができたと思っているんです。日本酒と日本茶に出会ったのが20歳で、本にのめり込むようになったのもその頃なんです。それまでの人生も決して無駄なものではなく、自分探しをする中でいろいろな積み重ねをしてきた上で、ようやく核となるものに出会えたのがその頃でした。それに思い立ったらすぐ行動しないと冷めちゃうタイプなので。気持ちが熱いうちに動き出すんです」
店の内装については、入った瞬間に別の世界に飛び込んだように感じられるような空間を作りたいというイメージはあったが、店を構える場所について周りの環境は特に重要視していなかった。しかし都会から離れた場所にしたいと思っていたという。
「例えば東京の繁華街や駅前のような誰でもアクセスしやすい場所ではなく、少し来るのに時間がかかっても、足を運ぶことに意味がある場所で店を開きたいと思いました。道端に咲く花に目を向けてみたり、広い空を仰いでみたり、ここを目指す道中の時間を含めて、偶吟に来る意味があると思ってもらえるような場所にしたかったんです」
[偶吟]がある潮来市は父親の故郷のため、旦さんは子どもの頃からよく訪れていた場所でもあった。毎年夏に潮来祇園祭禮という伝統ある祭りが行われるそうだが、旦さんはこの祭りが大好きで、夏になるとこのお祭りを見るために一人で潮来に来ることもあったという。そんな思い出深く、東京からもほどよく離れている場所だった潮来は、店を開く街としてうってつけだった。
自らの理想とする空間を求め、潮来市に店をオープンして早くも一年半以上が経った。さすがの旦さんも開店準備をしていた期間には少なからぬ不安を抱いていたというが、肩の力を抜いてゆったりした時間を過ごせる世界観は来る人来る人を魅了し、自身も幸せを噛み締めながら店を続けていられると語る。
まだお茶を一杯いただいただけだが、たしかに、この雰囲気に惹かれるお客さんの気持ちがよくわかる気がした。店内は、静かな音楽と旦さんがお茶を淹れたり厨房で作業したりする音だけが響き、そんな空間の中でいただくお茶は我々の心を自然と穏やかにさせてくれた。インタビューもそこそこに、この静けさを心ゆくまで味わいたいと思わず考えてしまうほど心を預けたくなる……。
後編では、日本酒、抹茶ラテ、手作り料理など、豊富な[偶吟]のメニューをさらにいただきながら、この店が目指す方向を聞いてみよう。
旦|Asaki
2000年生まれ、東京出身。会社員として働いていた20歳の時に日本酒に魅了され、日本ソムリエ協会が実施する「SAKE DIPLOMA」の資格を取得。さらに、日本茶インストラクター協会が実施する「日本茶インストラクター」の資格も取得。2023年6月、茨城県潮来市に日本茶と日本酒のお店[偶吟 gu-gin]をオープン。Asakiは本名から。
偶吟|gu-gin
茨城県潮来市潮来134
不定休(Instagramの固定投稿にてご確認ください)
instagram.com/__gu_gin___
Photo by Hiroki Yumoto
Text by Rihei Hiraki
Edit by Yoshiki Tatezaki
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