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老舗茶園の若き三本の矢。茨城・古河[𠮷田茶園]の三兄弟、𠮷田浩樹さん・春樹さん・優樹さん<前編>
お茶の生育にはある程度温暖な気候が必要なため、安定的に茶業を続けることのできる「経済生産の北限」と呼ばれる地域がある。そのため茶産地となる地域は、おおよそ北関東以南に限られる。その北限に近い地域で、1839年からつづく茶…
2025.01.24 INTERVIEW日本茶、再発見茶のつくり手たち
茨城県古河市で1839年からつづく老舗茶農家[𠮷田茶園]。六代目園主・𠮷田正浩さんが「さしま茶」の伝統を活かしながら自らのこだわりをもってつくる煎茶に加え、近年では和紅茶が高く評価されている。そしてその父の背中を見て育ち、[𠮷田茶園]のこれからを支えようとしているのが、長男・浩樹さん(26歳)、次男・春樹さん(24歳)、三男・優樹さん(21歳)の三兄弟だ。
東京から約1時間半で行くことのできる[𠮷田茶園]は「遊べる茶園」をテーマに茶園ツアーだけではなく、サウナ施設[SAUNA NAYA]や[茶寮 HANARE]といった新たな取り組みを行なっている。前編では個性豊かな三兄弟にフォーカスを当てた。後編では、最初に三兄弟の父・正浩さんについて紹介をしていこうと思う。
三兄弟にとって父・正浩さんはどのような存在なのか、長男・浩樹さんに尋ねてみた。
「父はお茶時期になると忙しいなかでも、楽しそうにお茶をつくっていました。お茶づくりを手取り足取り教えるというより、まずは一緒にやって、できるようになってきたらどんどん任せてくれるような人です。失敗しても怒ることはほぼなくて、優しく応援してくれますね」(浩樹さん)
20代半ばに[𠮷田茶園]を継いだ正浩さん。伝統的な煎茶の製法を大切にしながらも、長年の試行錯誤を重ね、変化を生み出し続けている。”幻の品種”と呼ばれる「いずみ」を復活させたのも、それを使い、いまでは[吉田茶園]の代名詞とも言える「いずみ」の和紅茶づくりを2012年に始めたのも正浩さんである。
1960年に品種登録されたいずみは、当時需要の高かった輸出用品種として開発されたもの。しかし、高度経済成長期に突入し、お茶の需要は国内市場向けへとシフトしていった。その影響を受け、いずみはほとんど栽培されることがなくなった。1991年、牧之原にある国立茶業試験場の研究生だった正浩さんは香りに特徴ある品種を探していた。そこで出会ったのが、いずみだったという。1992年から苗木栽培、2000年に本格的に定植を開始。2008年の「世界緑茶コンテスト」では、いずみを使った「萎凋煎茶(正浩さん作)」と「ウーロン茶([木村製茶工場]の木村昇さん作)」の2種セットで最高金賞を受賞し、[𠮷田茶園]を代表する品種となった。
2012年に初めてチャレンジしたのが、いずみの紅茶づくり。その後も、和紅茶生産者グループ「CLUB-T」を主宰する徳田志保さんらとの出会いを通じて、いずみをはじめとする和紅茶の品質は徐々に向上していき、「プレミアムティコンテスト」や「日本茶AWARD」といったコンテストで毎年のように賞を獲得するようになった。
「子どもたちに茶園を継いでほしいというよりも、お茶好きになってくれればいいなと思っていましたね」と正浩さん。この三兄弟をどのように育てたのか気になるところである。
「息子たちが小学生のころ、妻が毎朝お茶を淹れてくれていたんです。みんなそのお茶をおいしそうにたくさん飲んでいたので、『お茶が好きなんだな、このまま好きでいてほしいな』とは思っていました。大きくなってからも、他の農家さんのところへ勉強しに行くと、そのたびに学んだお茶について嬉しそうに話していましたね」
浩樹さんが「父は怒ることなく、優しい」と話していたが、それがよく感じられる、短いが説得力のある言葉だった。
さて、話を浩樹さんたちに戻そう。様々なことに挑戦してきたからこそ、浩樹さんは客観的に茶園の未来を見据えている。
「僕が日々仕事をする中で大事にしている考え方は、“現状維持は衰退だ”ということです。だから、僕が一番大事にしているのは、[𠮷田茶園]を残すために成長させる、守るために変えていくということです」
そこで、もっとお茶の価値と可能性を感じてもらえる空間を——と考えて、いま、三兄弟が打ち出しているテーマが「遊べる茶園」だ。
茶園ツアーで茶畑を見学したり、お茶をテイスティングしたり、[SAUNA NAYA]でくつろいだり。3月には茶寮ができ、さらに紅茶づくり体験ができる施設なども計画中。東京から約1時間半ほどでアクセスでき、一日中茶園で遊べる場をつくろうとしている。
茶園の中を案内していただいた。
やはり圧巻だったのは茶畑だった。民家が立ち並ぶエリアにありながら、周囲とは別世界のように美しく茶畑が広がる景色はいいものだとしみじみ感じた。「茶畑のすぐ横を線路が通っている景色はJR宇都宮線沿線ではなかなか見られない」と浩樹さん。
浩樹さんが茶葉を一つ摘み取り、見せてくれた。実生(みしょう)の茶葉だという。「実生の茶の木は一本一本、片方の親となる品種が違うので、すべて異なる木が植わっていることになります。単一の品種ではないので、天然にして様々な品種がブレンドされたような状態なんですよ」
その場の空気を吸い、お話を聞くうちに、茶畑がより生き生きとした姿に見えてくるような感覚になった。実際の茶園ツアーではさらにくわしく、お茶の品種やつくり方などについて教えてもらえるという。
線路の向こう側へと渡ると、2024年9月にオープンした[SAUNA NAYA]、その隣(写真左手)に今年3月オープン予定の[茶寮 HANARE]がある。いずれも古民家を活用している。
[茶寮 HANARE]では、春樹さんが店長を務め、優樹さんもともに運営する。春樹さんがつくるデザート、茶寮限定のオリジナルブレンドティーなどが提供予定だという。吉田茶園のお茶を存分に楽しむことができそうだ。
「以前の[room’z tea]は一杯ずつメニューを提供する、通常のカフェ形態でしたが、今回はもっとゆっくりと時間を過ごせる空間にしたいと思っています。お客様ご自身でお茶を淹れていただき、思いおもいの時間を過ごしてもらえるような場づくりを目指します。中国やベトナムなどのお茶屋さんで体験してきたスタイルをイメージしています。茶寮があることで、[𠮷田茶園]が”わざわざ目指して来たい”と思える場所になり、それをきっかけに古河市に来る人も増えるといいなと思います。5年10年かけて地元に還元していきたいと思ったんです」(浩樹さん)
三兄弟による新たな試みを、父・正浩さんはあたたかく見守っている。
「息子たちは、飲食店であったりいろいろな分野の方たちにお世話になりながらやっているので、彼らの感覚は頼りにしてます」
あらためていい息子さんたちですね、と言葉にすると。
「妻のおかげですかね」と正浩さんは笑う。
「私たちが楽しそうにお茶の仕事をやっていれば、自然とお茶を楽しんでくれるかなと思っていましたね」と母・貴子さん。北風のように強制するのではなく、太陽のような暖かさで、自然とお茶へ関心が向くように歩ませてきたようだ。さらに、現在中学生の妹の美紗希さんも「お茶好きです!」と即答してくれる。浩樹さんの妻・実佐子さんもPRやデザインをサポートしている。
柔らかく和やかに、家族が手を取り合いながら「お茶を好きでいる」。半日の滞在だったが、茶園の魅力を存分に感じられ、これからの取り組みが楽しみになる、そんな取材だった。
𠮷田茶園|Yoshida Tea Farm
1839年創業、さしま茶産地である茨城県古河市の老舗茶園。六代目園主・𠮷田正浩さんがつくる和紅茶は国内外のコンテストで高く評価されている。また、「遊べる茶園」をテーマに、茶園ツアーの開催や、茶園内の予約制サウナ「SAUNA NAYA」を通じてお茶の魅力を伝える。長男・浩樹さん、次男・春樹さん、三男・優樹さんが中心メンバーとなり、2025年3月には「茶寮HANARE」をオープン予定。
茨城県古河市大堤1181
10:00~17:00
定休日:毎週水曜、木曜
instagram.com/yoshida_chaen
yoshida-chaen.com
yoshida-tea-farm.myshopify.com(オンラインショップ)
Photo by Misa Shimazu
Text by Hinano Ashitani
Edit by Yoshiki Tatezaki
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内容:フルセット(グラス3種、急須、茶漉し)
タイプ:茶器
内容:スリーブ×1種(素材 ポリエステル 100%)
タイプ:カスタムツール