• 老舗茶園の若き三本の矢。茨城・古河[𠮷田茶園]の三兄弟、𠮷田浩樹さん・春樹さん・優樹さん<前編>

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    お茶の生育にはある程度温暖な気候が必要なため、安定的に茶業を続けることのできる「経済生産の北限」と呼ばれる地域がある。そのため茶産地となる地域は、おおよそ北関東以南に限られる。その北限に近い地域で、1839年からつづく茶農家が[𠮷田茶園]だ。

    茨城県南西部、利根川と鬼怒川に囲まれた猿島台地で生産される「さしま茶」。同県の古河市、坂東市、常総市、八千代町、境町が主な産地だ。経済生産の北限に位置するこのエリアは寒暖差が大きい。その影響で生まれる厚みのある茶葉を活かし、古くから深蒸し煎茶を中心にお茶づくりがされている。開国直後の19世紀半ばごろ、初めてアメリカへ輸出されたお茶とも言われている。

    そんな歴史と伝統ある古河市で186年目を迎えた[𠮷田茶園]は、現園主・𠮷田正浩さんで六代目を数える。伝統を受け継いだ煎茶づくりに加え、近年からは紅茶づくりにも注力し、特に希少品種「いずみ」の紅茶はその香り高さから国内のティーアワードなどでも高く評価されている。

    さらに近年、[𠮷田茶園]は「遊べる茶園」を目指し、茶園ツアー(要予約)をはじめとする、新たな挑戦を続けている。2024年には[SAUNA NAYA]をオープン。𠮷田茶園のお茶を使用し、ロウリュ専用に開発したほうじ茶や、高品質な和紅茶、自家製ハーブなどを使ったロウリュが楽しめる。2025年3月には古民家を改装して[茶寮 HANARE]の開業を控えている。自園のお茶をゆっくり味わってもらえるように、こだわりをもって提供するスタイルになるそう。

    こうした新たな取り組みは、[𠮷田茶園]の三兄弟、長男・𠮷田浩樹さん、次男・春樹さん、三男・優樹さんが力を合わせて進めている。20代の息子三人が揃って、父で六代目園主である𠮷田正浩さんとともに𠮷田茶園を支えているのだ。

    今回は、そんな三人にインタビューを行い、それぞれがどのようにお茶に向き合っているのかを伺った。

    長男の吉田浩樹さん(26歳、写真中央)、次男の吉田春樹さん(24歳、左)、三男の吉田優樹さん(21歳、右)

    [𠮷田茶園]へは都内から車でも電車でも約1時間半ほど。[茶寮HANARE]のオープンを間近に控える忙しいタイミングだったが、兄弟三人揃って出迎えてくれた。まずは製茶工場に隣接する茶葉販売所[OMOYA]で、お茶を淹れてくれるというのでお邪魔し、三兄弟の生い立ちや現在の活動について尋ねた。

    吉田浩樹さん

    長男・浩樹さんは1998年生まれ。正浩さんの跡を継ぐ七代目として、現在は主に[𠮷田茶園]の経営企画を担当している。それと同時に、映像やWebの制作、お茶のイベントプロデュースなどを行う株式会社Koogaを仲間と立ち上げ、その代表を務める。「𠮷田茶園の跡取り」と一言で言うには多才すぎるほど活躍している浩樹さんだが、いつごろから家を継ぐことを意識していたのだろうか。

    「小さな頃から両親にお茶農家を継げと言われたことはなかったのですが、祖父母にはお前は茶農家の跡取りだと言われていたので、自然と跡を継ぐことを意識していましたね。小学6年生のときに学校で将来の夢を書く時間があったんですが、『夢じゃない、現実だし』って思いながら、『お茶屋』と書いていたのを覚えています。高校でも茶農家になる未来を見据えて、体づくりのために陸上部に入っていました。」

    お茶づくりが大好きな父の姿を間近に見ながら育ったという浩樹さん。「自分に流れている血の半分以上はお茶ですね」と冗談を言いながら、幼少期の写真を見せてくれた。

    収穫された茶葉の真ん中に幼少期の浩樹さんが座るかわいい写真。後ろには父・正浩さん。中学生からは、アルバイトとして茶園の仕事を手伝っていたという

    「昔から毎年、お茶時期になると家はお祭り騒ぎ。自分もそれに参加したくて、蒸し機に生葉を入れるところを手伝ったり、掃除をしたりしていました。いつもは夜10時くらいに寝る親が、夜中まで工場にいるので、自分もそこに夕飯を持っていって、一緒に茶箱の上で食べていたこともあったくらい、自分もお茶づくりと、茶工場という場所が好きでした」

    浩樹さんは東京農業大学に進学。様々な学びを得る一方で、茶農家になることの葛藤も覚えたという。

    「家業を継ぐにしても、『これからは新しい層にもお茶を届けていかないといけない』という思いがありました。両親ができないことを自分が学んで家に持ち帰る必要がある。このまま茶園を継ぎ、父の代まで作り上げてきてくれた伝統を守るだけでは、この先いつかうまくいかなくなる時が来るのではないかと感じていました。とはいえ、一般的な会社に勤めて毎日働くというのは自分に合っていないとも思っていました。では自分はいま何をするべきなんだろうと、もやもやしていた時期でした。それで大学を辞めて、ひとまず海外へ行こうと思いたったのです」

    しかし、世はコロナ禍に突入。海外行きは断念。それをきっかけに浩樹さんは、[𠮷田茶園]のSNSやホームページの運用に取り組むようになった。実践の中でカメラを学び、マーケティングやセールスのノウハウを独学で身につけながら、アンバサダー制度やプレゼントキャンペーンを企画するなど試行錯誤を重ね、気づけば茶園の経営企画を担う存在になっていた。

    「そのうちに『お茶っておもしろい』という思いが強くなりました。写真は10歳くらいから好きで撮っていたので、大学在学中にはすでにフリーランスのカメラマンとして活動していました。映像やウェブ制作の仕事を自分でこなすかたわら、茶園の仕事もすることにしました」

    2021年には、最寄駅であるJR宇都宮線古河駅近くの物件を借り、[𠮷田茶園]のお茶を使ったドリンクやスイーツを提供するカフェ[room’z tea]を立ち上げた。浩樹さんがオーナー、春樹さんが店長、お茶レシピの開発は優樹さんという、三兄弟揃っての初挑戦だった。

    「今思うと無謀だと感じることもありましたが、弟二人を巻き込んで、カフェとして運営ができたことには今後の手応えを感じました。」と浩樹さん。[room’z tea]は2023年にクローズしたが、2025年3月からは[茶寮HANARE]が茶園に併設する形で新たにオープンする。

    吉田春樹さん

    「僕は子供の頃から、お茶に携わろうっていうのは全然考えてこなかったんです」

    そう話すのは、次男・春樹さん。春樹さんはどんな性格か、と浩樹さんと優樹さんに聞くと口を揃えて「やさしく、のほほんとしてる」と答えた。「僕からすると抜けてるところがあるんですけど、ストイックにブレずに物事を続けられるところは春樹の強みだと思います」と浩樹さん。

    [room’z tea]がオープンしたのは、春樹さんが大学2年生の時。店を任されて、あらためて自分の家のお茶の美味しさや面白さに気づいたそう。料理経験といえばアルバイト先でのキッチン担当くらいのものだったそうだが、店舗運営から興味が深まり、今年1月までは1年間、神楽坂の[VERT]で修行をするなど、茶葉や食材の活かし方を勉強中だ。[茶寮HANARE]では、自らデザートを考案し提供する予定。フルーツをふんだんに使用した羊羹やぜんざいなど、季節の食材を活かし、お茶を上手く合わせた、繊細で美しいデザートが期待できそうだ。

    「食材は繋がりのある農家さんから仕入れたり、なるべく自分たちのところで育てたものを使いたいなと思います」(春樹さん)。みかんの畑は先日作ったばかり。果物だけでなく、米はすでに茶園の一角でつくっている。卵と蜂蜜も手に入るのだという

    春樹さんが、淹れてくれた「美紗希」という名前の煎茶。じつは𠮷田家は四人きょうだい。歳の離れた妹・美紗希さんが生まれた年に、父・正浩さんが実生のやぶきたから選抜してつくったメモリアルな品種だという。鮮やかな緑の水色が美しく、甘みのある優しい味わい。個性的になりやすい実生ながら、優しい飲み口に感じるのは、春樹さんが淹れてくれたおかげかもしれないとも感じた。

    吉田優樹さん

    三男・優樹さんは、現在、東京農業大学に通うかたわら、映像クリエイター、イベントのディレクターとしても活動している。

    「お茶は、勉強やゲームの合間に飲んだりと、ずっと生活の一部というか……常に自分の生活の中にありましたね。お茶が好きだと意識するようになったのは、[room’z tea]を運営するようになってからでした。あらためて𠮷田茶園のお茶って美味しいなと思いましたね。うちのお茶は中国茶に近い香りがすることもあって、僕は中国茶も好きなんです。中国茶も日本茶も幅広く飲んでいるので、固定概念にとらわれず、お茶を淹れられていると思います」

    昨年は上海の茶荘に単身で飛び込み、1週間研修をしたのだそう。「茶葉を観察して淹れる技術を磨いたり、中国茶の歴史や五大茶の種類を学びました」と優樹さんは話しながら、和紅茶「やぶきた実生」を淹れてくれた。

    茶器を温めるところから丁寧に、慣れた様子で進める手元に目が惹きつけられた
    「2024 やぶきた実生2nd ハニーブーケ」。実生とは、挿し木ではなく、種から育てた木のこと。根がまっすぐ地下に伸びるため、味わいに厚みが生まれやすい。セカンドフラッシュらしいどっしりした味わいと蜜香が感じられた

    弱冠21歳。優樹さんのお茶への造詣の深さに感嘆したが、中高時代の話を聞いてまた驚いた。中学時代にはオンラインゲームに本気で熱中し、世界3位にまで上り詰めた(3人チームのチームメイトが1位と2位だったので、世界トップ3のチームを形成していたという)。高校入学時には「何かを始めたいなと思い」、ゲーム実況の動画を投稿するYouTubeチャンネルを開始。2年半にわたって毎日投稿しつづけ、YouTuberとしての地位を確立させていたという。

    「僕は、新しいことを始めるのは億劫なタイプなんですけど、幸い兄が引っ張り出してくるので、『やってみるかぁ』となることが多いですね。兄は『嫌なら辞めていいぞ』とか言いつつも、半強制的です(笑)。真っ先に道をつくって、ここに行くんだ、ついてこい、みたいな感じ。こっちはゲームで例えると“装備”も持たされない状態なので結構大変なんですけどね」

    「優樹とは似たところが多いので、けんかも多かったです。今では映像制作の仕事も手伝ってもらえるし頼りにしています。春樹は本当に穏やかな性格なので、けんかもほとんどしません。春樹が怒るのなんて10年一度くらい(笑)」と、浩樹さん。

    ゼロからイチを生み出すことが得意な浩樹さん、粘り強く継続させる春樹さん、器用にマネジメントする優樹さん。お互いの良いところや悪いところ、得意なことや苦手なことを知っているからこそ、信頼し補い合えるのだろう。三者三様ながら、キャラクターが絶妙に噛み合う三兄弟。家業を好きでいて、若い情熱を傾けているというのは、とても稀有なことではないだろうかと感銘すら受ける。

    インタビューの合間に、普段のようにふざけ合っている三人の姿も印象的だった。お茶をいただきながらの取材はあっという間に時間が過ぎた。

    つづく後編では、[SAUNA NAYA]や3月にグランドオープンを控える[茶寮HANARE]など[𠮷田茶園]の新たな取り組みの場を見学しながら、さらにお話を伺う。

    𠮷田茶園|Yoshida Tea Farm
    1839年創業、さしま茶産地である茨城県古河市の老舗茶園。六代目園主・𠮷田正浩さんがつくる和紅茶は国内外のコンテストで高く評価されている。また、「遊べる茶園」をテーマに、茶園ツアーの開催や、茶園内の予約制サウナ「SAUNA NAYA」を通じてお茶の魅力を伝える。長男・浩樹さん、次男・春樹さん、三男・優樹さんが中心メンバーとなり、2025年3月には「茶寮HANARE」をオープン予定。

    茨城県古河市大堤1181
    10:00~17:00
    定休日:毎週水曜、木曜
    instagram.com/yoshida_chaen
    yoshida-chaen.com
    yoshida-tea-farm.myshopify.com(オンラインショップ)

    Photo by Misa Shimazu
    Text by Hinano Ashitani
    Edit by Yoshiki Tatezaki

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