• 五感をすませてお茶と向き合う時間を都心で
    表参道[伍]玉井大介さん<前編>

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    表参道駅周辺の華やかな街並みを横目に、青山通りを赤坂方面へと歩いていく。表参道交差点を離れるにつれ、だんだんと人の多さと道行く人の雰囲気は落ち着いていくが、それでも青山通りの車の往来は盛んで、都会の忙しない印象は変わらない。

    しかし、歩いて数分もしないところにある小道へと入ると、表の通りからは一転した空気がたちまち流れるようになる。この通りにはマンションもあれば飲食店もあり、ギャラリー、美容院、銭湯など、あらゆる種類の建物が落ち着いた雰囲気で並んでいる。

    小道の中ほどに、今回の目的地である[伍 itsu]という日本茶専門店がある。古民家をリフォームしたという、和モダンな建物の扉を開け、二階へと細い階段を上がっていくと、そこには5席のカウンターが並ぶ静粛な空間があった。

    [伍]という店名も人が五人座れることから取っているらしい。カウンターテーブルでありながら、その内側に置かれた茶釜や少し低い位置にある障子窓のおかげで、どこか茶室のような雰囲気も混ざり合う。店内には音楽も流れておらず、集中してお茶と向き合う空間になっているようだ。

    少し緊張感も漂う店内だが、出迎えてくれた店主の玉井大介さんの物腰柔らかな応対に、すぐにその緊張は解けていった。

    [伍 itsu]の店主・玉井大介さん

    2019年にオープンした[伍]。取り扱うメニューは玉露、抹茶、萎凋茶などの発酵茶、不発酵茶、和紅茶とシンプルにお茶そのものを味わう構成ながら、多様なシングルオリジンを幅広く揃える。

    「お茶を楽しむ上で大切なのは、共感できることだと思います。例えば、こちらが『〇〇のような味わいです』と伝えたところで、共感できないとあまり面白くないと思うんです。『レモンの香りです』と言えば、おそらく多くの方が想像つくと思いますが、『ユリの香りです』と言ったらなかなか共感しづらい方も多いでしょう。このように風味の説明をしても、わからないまま終わってしまうともったいない。そういった意味で共感できる、わかりやすい味わいから、少しクセがあるという意味でわかりやすいお茶まで、幅広いお茶を体験してもらいたいと思っています」

    お茶の多様さを味わえる「冬のお茶コース」

    この日は「冬のお茶コース」という三種のお茶(煎茶、ほうじ茶、烏龍茶もしくは和紅茶)と甘味が楽しめるコースをいただいた。

    最初にいただいた煎茶は、福岡県うきは市の新川製茶の「有機やまかい」。

    「まるみあるほんのりした甘味と品種特有のハーブにも似た香りの『やまかい』。生産量は少ない品種でクセの強いことから農家さんによっては扱いずらい品種だとも聞いていますが、その特有のクセが「やまかい」を愉しめるお茶だと思います

    確かに飲んでみると、まろやか甘味と独特の香りが印象強く残るそして水色も少し薄く黄色っぽい。青々した深蒸しのイメージを思うと、むしろ浅蒸し系のお茶のように感じた。続けて二煎目もいただくと、一煎目よりも渋味は増し、濃厚な味わいを感じた。[伍]では通常ひとつの茶葉に対して三煎提供しているが、その中でお茶の抑揚を感じられるように、繊細な感覚で玉井さんは抽出しているという。

    武者小路千家で茶道を習っていたという玉井さんのお茶を淹れる所作は丁寧で美しい

    玉井さんが丁寧にベストな方法で淹れてくれるおかげで、一煎目と二煎目の変化がより明快に伝わってくる。そして不思議なことに、味の変化を実感できると、そのお茶との距離が急に近づいたような感覚が湧いてくる。思えば人だってそうだ。ある一面からの姿だけでなく、異なる姿を知ることでようやくその人となりが見えてくる。そのためには、じっくりとその人に向き合うことが重要だ。お茶とじっくりと向き合う環境が整っている[伍]は、まさにお茶と出会うに適した場所と言えるだろう。

    焙煎したての有機やまかい

    次にいただいたほうじ茶は、「ほうじ茶も同じ茶葉だということをわかってほしい」という玉井さんの思いが詰まったお茶だった。最初にいただいた「有機やまかい」の茶葉を、その場で焙じたものを提供してくれたからだ。

    事前に火を入れ温めておいた焙烙に、急須から取り出した茶葉を入れる。そして短い時間、火にかける。焙烙の中から煙に乗って焙煎香が室内を満たしていく。

    「炒りたての一煎目は“強気な”ほうじ茶です。茶葉だけを焙煎しているので、茎の甘さがない分、少しコーヒーにも似ています。海外のお客さんは意外とこの味が好きな方が多いです。焙煎したてのお茶を普段飲む機会は多くないと思います。粗熱の感じもダイレクトに出ているので、そのあたりも感じていただけると嬉しいですね」

    飲んでみると、その活きの良さに驚かされる。ほうじ茶のまろやかな味わいを想像していたので、荒々しいとも形容できるような、その味わいのギャップに衝撃を受けた。こちらのお茶も続けて二煎目をいただいてみたが、やはり一煎目とは味わいがだいぶ変わっていた。荒々しさはかなり落ち着き、普段飲んでいるほうじ茶と近いものに。煎茶で飲んだ時の渋味も消えている。同じ茶葉を煎茶とほうじ茶、さらに両方二煎ずついただいたことで、茶葉ひとつとっても様々な味わいの出し方がある日本茶の面白さを今更ながら実感する。

    先ほど玉井さんが語った「共感できることで、お茶が楽しくなっていく」という言葉が、頭の中で返ってくる。いかにお客さんにお茶と向き合ってもらい、知ってもらい、楽しんでいただくか。[伍]はそれを突き詰めたお店だと感じた。

    煎茶でいただいた茶葉を焙煎してほうじ茶でも提供してくれるメニューは、コース以外でも楽しめる。ただし秋冬限定とのこと

    五感で取りにいく

    [伍]では茶葉の種類に合わせて、玉井さんがセレクトしたこだわりの茶器を用いて淹れてくれる。今回、有機やまかいの煎茶とほうじ茶に用いたのは、白の急須と茶杯。どちらも森岡希世子さんという陶芸家の作品だった。しっとりとした心地よさがあり、手に取るのが楽しくなってくる器だ。茶器もお茶の世界を構築する大事な要素。そうした茶器に触れる体験を大事にしてほしいと玉井さんは語る。

    有機やまかいをいただいた森岡希世子さん作の急須と茶杯。日光に当てると光が透き通る繊細さが美しい
    茶海はフクオカタカヤさん作

    一つの茶葉を三煎味わってもらったり、煎茶で用いた茶葉をその場で焙煎してほうじ茶として提供したり、茶葉に合わせて茶器を変えたり、そうした玉井さんのお茶の提供に対するこだわりは、全て[伍]という店名に集約されている。[伍]には、人が五人座れる店という意味のほかに「五感」という意味合いも込められているという。

    「昔本で読んだのですが、人間の五感における情報を得る割合は、視覚が8割ほどで、残りの2割が味覚・嗅覚・触覚・聴覚。そして五感というのは鍛えないと育たないそうです。大切な事は自分から“取りにいく”ことが五感を鍛えることに繋がっていく。[伍]でも、お茶の味や香り、器に触れた感覚、お茶を淹れる音、なんでもいいのですが、少しでも何かを感じ取ってもらえたらいいなと思ってこの名前をつけました」

    玉井さんが大事にしている、この「四季折々の五感」というテーマ。果たしてそれはどのような経験から生まれてきたものなのだろうか。玉井さんに尋ねると、今も習っているという華道を学ぶ中で、徐々に五感を意識するようになっていったという。後編では元々は花屋で働いていたという玉井さんが[伍]を開くまでの経緯を聞きながら、店に込めた思いをさらに紐解いていく。

    玉井大介|Tamai Daisuke
    東京都出身。ライフスタイル事業を手がける会社の広報として働いた後、華道や茶道を習うように。和花屋[風庵]へ転職後、2019年に日本茶専門店[伍]をオープン。

    伍|Itsu
    東京都港区南青山3-14-4 2F
    不定休(Instagramの投稿にてご確認ください)
    不定期でお酒や料理も提供する夜の営業も行っている
    https://www.instagram.com/itsu.omotesando/

    Photo by Mishio Wada
    Text by Rihei Hiraki
    Edit by Yoshiki Tatezaki

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