• 季節の移ろいや旬を知ることで、日常は楽しさで満ちていく
    表参道[伍]玉井大介さん<後編>

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    五感をすませてお茶と向き合う時間を都心で 表参道[伍]玉井大介さん<前編>

    表参道駅周辺の華やかな街並みを横目に、青山通りを赤坂方面へと歩いていく。表参道交差点を離れるにつれ、だんだんと人の多さと道行く人の雰囲気は落ち着いていくが、それでも青山通りの車の往来は盛んで、都会の忙しない印象は変わらな…

    2025.02.07 INTERVIEW日本茶、再発見

    [伍 itsu]の店主、玉井大介さんは同店をオープンするまで、茶業界で働いたことはなかった。社会人として最初の勤め先は、様々なライフスタイル事業を手がける企業の広報だったという。華やかな世界ではあったが、働く中で自身の暮らし方と仕事の間に違和感を抱くようになっていったと玉井さんは語る。

    「ライフスタイルを提案する会社にいながら、自分自身は生活に心の贅沢や心地よい刺激はなく“ライフスタイル“と呼べるものはないように感じていました」

    玉井大介さん

    そんな慌ただしい日常にありながら、会社のプレスルームには毎週のように季節折々のお花をお花屋さんが飾ってくれていたそう。玉井さんは、まるで幼稚園児が公園に咲くチューリップやパンジーでも見ているような気持ちで、「今週は何かな?」と毎週の楽しみのようになり、次第に興味が膨れ上がりお花の世界へと向かっていったという。

    [伍]には、入口の階段を上がったところに、玉井さんが活けた花が飾られている。これは花を自然からその一部を切り取ってきたかのように生ける「投げ入れ」という手法。これも[伍]で表現される「五感」のひとつだ。玉井さんにこの生花について解説してもらった。

    この日、踊り場に生けられていた水仙とユキヤナギ

    「和花は“空間を作る生け方”だと思います。今回は、冬から春にかけて香りも華やかに咲く水仙を軸にユキヤナギを合わせています。雪が舞っているような白く小さな花が咲く柔らかい線のユキヤナギの中に、花高くスッと咲く水仙の世界をイメージしてみました。花、枝の向きは、どこを正面にするかでも印象が変わって見えます。同じ花付きや枝の流れはないので、可憐さや力強さを活かせるように生けることを考えるのが投げ入れの面白さだと思います」

    「花業界に関わっていくなかで、季節というものを強く意識するようになりました。桜が咲いたら春の訪れを感じるように、この水仙にも咲く季節があります。季節のものには力があることに気づけたことは僕の中で大きな出来事でした。季節の移ろいや旬を知り、五感で感じることで、日々の生活の中に些細な楽しみを見つけられるようになりました」

    知ることで楽しむことができる。しかし、知らなければその楽しみに気づくことはできない。取材中、玉井さんから繰り返し発せられたこの言葉には、玉井さんの生き方そのものが込められているのだろう。力強い実感がそこにはあった。

    「冬のお茶コース」。静岡[丸高農園]の半発酵茶「香寿」。宝瓶は陶芸家の生形由香さん作湯呑みは、幅広い作風で玉井さんが愛用している光藤佐(みつふじたすく)さん作
    口当たりは軽さを感じるが、葡萄を思わせる濃厚な香りがクセになる。湯呑みは、幅広い作風で玉井さんが愛用している光藤佐(みつふじたすく)さん作

    日本茶の世界をシンプルながらも幅広く表現し、「五感」をテーマに掲げた[伍]。その店のスタイルは玉井さんがキャリアの中で培った「季節や旬を大切にする思い」から生まれたものだった。

    季節の移ろいや旬を今の社会の中で感じることは少々複雑になっている。例えばクリスマスやハロウィンやバレンタインデー。服だってそうだ。それらは企業の広告戦略と相まって、必ず季節を先取りして生活の中に侵食していく。なんだか急かされるようにも感じる季節の到来をただただ受け止めるしかない我々は、日常の忙しさも相まって季節の移ろいや旬を感じる余裕を失っているのかもしれない。そんなことを考えさせられる玉井さんの言葉だった。

    日常的だからこそ

    和花屋を経て、2019年に玉井さんは[伍]をオープン。花業界から一転して、お茶を取り扱う店をオープンすることに大きな飛躍を感じたが、玉井さん曰くお茶は幼少の頃から身近な存在だったという。

    「僕はおばあちゃん子だったので、小さい頃、三時のおやつはおはぎやお団子とお茶でした。祖母がどんなお茶を淹れてくれていたかわかりませんが結構渋いものを飲んでいて、子どもの頃から日常的に接する飲み物でした。大人になってからもお酒を呑んで家に帰った後はお茶を飲んで〆たりしていました。身近な存在だったからこそ、お茶の店を開くことに自分の中で躊躇はなかったのかもしれません」

    「冬のお茶コース」は半発酵茶か和紅茶のどちらかを選ぶのだが、この日は特別に両方淹れてくださることに。続いて淹れてくれたのは和紅茶。茨城の茶農家(木村製茶工場)が育てた「藤かおり」に茶の花を合わせて抽出する
    ほんのりと花のような香りが漂うまろやかな味わいのお茶は最後を締めくくるのにふさわしい一杯。湯呑みは光藤佐さん作。透明な急須はガラス作家の田村悠さん作

    玉井さんがお茶屋を開く決断をした裏側には様々なタイミングが重なったこともあるが、お茶屋ならではの季節の表現方法があると感じたことが要因だった。

    「季節感を表現するには、お茶単体では完結しづらいと思います。温かいか冷たいかで季節感はありますが、お花や器そしてお菓子など様々な要素を組み合わせることで自分なりの季節感を提案できると思ったんです。日常の中にある小さな楽しみが少し贅沢にも感じ、小さな刺激が変化をもたらす、そうすれば自分自身の知る世界も広がっていきますから」

    [伍]では日本で古くから季節を表すために用いられてきた四季に合わせて、メニュー構成を変えたり、お茶会やお菓子の食べ比べといったイベントを行なったりする。そこにも季節感を軸に店を営む玉井さんのこだわりが込められている。

    都会の中にある縁側のような場所

    お茶請けとして、自家製のさつまいもぜんざいも登場。さつまいもの「紅はるか」を牛乳と水で合わせただけというシンプルな餡は、なめらかな食感の中に濃厚なさつまいもの味わいを感じる絶品だった

    オープンから6年。その間にはコロナ禍という経営的に大きな痛手もあったが、徐々に顔馴染みのお客様も増えてきた。表参道という場所で奥深い日本茶の世界を堪能できるとあって、海外の方も多く訪れるという。当初は不安ばかりだったという玉井さんも、[伍]としての目標が少しずつ見え始めてきたという。

    「農家さんを訪れた際に聞いたことや見てきたこと、自分が感じたことを、お話ししながら内と外の境界を繋ぐ縁側のようなご縁を繋ぐお店づくりにしたいと思います。お茶の風味や華やかな香りなど、どんなことがきっかけでもいいんです。この場所での体験を通して、お茶のご縁になってくれたら嬉しいです。本当にありがたいことに、『このお茶はどこで買えるんですか?』と聞かれることも増えてきました。大きなお店じゃありませんが、少しでもお茶業界に何か還元できたらと思っています」

    玉井さんは[伍]を「縁側のような場所」と表現する。日本家屋特有の縁側という構造は、家にいながら自然が近くにあることを感じさせてくれるオアシスのような場所だ。静かにじっくりとお茶に向き合い、我々が失いつつある季節感を思い起こさせてくれる[伍]のような場所はまさに縁側と形容するにふさわしい。そんな場所が喧騒に満ちた都会の中にあることは、とても大きな意味がある。

    [伍]の静粛な空間の中で五感を研ぎ澄ましお茶を味わう時間は、外部の情報だけに囚われず、改めてお茶の魅力を自らの中で咀嚼する力があった。自らの感覚で知ることこそが、何よりもお茶を楽しむために必要だということ。そんな当たり前かもしれないが、実は見落とされている大切なことに改めて気づかせてくれる[伍]での時間だった。

    玉井大介|Tamai Daisuke
    東京都出身。ライフスタイル事業を手がける会社の広報として働いた後、華道や茶道を習うように。和花屋[風庵]へ転職後、2019年に日本茶専門店[伍]をオープン。

    伍|Itsu
    東京都港区南青山3-14-4 2F
    不定休(Instagramの投稿にてご確認ください)
    不定期でお酒や料理も提供する夜の営業も行っている
    https://www.instagram.com/itsu.omotesando/

    Photo by Mishio Wada
    Text by Rihei Hiraki
    Edit by Yoshiki Tatezaki

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