• 手をかけた分だけおいしく。“生きた土づくり”から取り組む天竜茶
    静岡[カネタ太田園]太田昌孝さん・太田勝則さん<前編>

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    親子三代一丸となって最高品質のお茶づくりに取り組めることが「財産」 静岡[カネタ太田園]太田昌孝さん 太田勝則さん<後編>

    静岡県は天竜川上流地域、標高400mの地で育てられる天竜茶。[カネタ太田園]は静岡県茶品評会では農林水産大臣賞を数回受賞、優秀産地賞は6回受賞、国際銘茶品評会では世界名茶大賞などなど、受賞歴は枚挙に暇がない。天竜茶を全国…

    2025.03.14 INTERVIEW茶のつくり手たち

    最寄り駅は静岡県の浜松駅、と聞いていた。だが、茶畑にたどり着くには、そこから車を走らせること約40分。それも茶畑が近づくにつれ、山間の上り道を行く。標高が上がるにつれ、気温も下がっていく。ようやく車が止まると、駅前とはまるで違う見晴らしが広がり、外へ降りると息が白くなるほどに冷えた澄んだ空気に包まれていた。

    [カネタ太田園]の茶畑があるのは、天竜川上流地域、標高400mの地。四方には急峻な斜面が伸びている。決して生産量が多い土地には思えない。園主の太田昌孝さん、そして一緒にお茶を育てる息子の勝則さんが案内をしてくれる。

    「山の傾斜がきつくて茶畑にできる面積が少ないもんで、生産量はそう多くありません。今は畑は6町歩(約6ヘクタール)ありますけど、もともとは10分の1程度。静岡県内で見たらうちは小規模な方です」と、勝則さん。

    では、なぜ[カネタ太田園]は全国的な品評会でも数々の受賞を誇り、業界でも際立つ存在なのか。茶畑を案内してもらいながら、その疑問の答えを探った。

    今年85歳迎える太田昌孝さんの足取りは畑に入ると俄然軽くなる。トップ写真に映る、息子の勝則さん、孫娘の美咲さんを始め、家族みんなで茶園は支えられている

    気持ちいいほどふかふかの土は「良質茶はよい茶園から」をモットーにつくってきた

    素人目には、茶畑には不利な地のように思えるが、川が近く、朝夕に出る山霧が茶葉をやさしくつつみ、山間地の傾斜は長い間陽が当たるのにうってつけ。山間の限られた栽培地の中でも、[カネタ太田園]では適地を厳選して茶畑としてきた。

    山が切り崩されたり開発されたりすることもなく本来の地形を保つ一帯は、気流が流れやすく、防霜ファンを立てずにすむほど。寒暖差の激しい山の気候はお茶の成分を強くするのに役立ち、水はけのよい地形は心地よい苦味を残しながらもすっきりとしたのど越しにつながる。昔からそこにある茶畑は、やはりそうした理由があるのだと、勝則さんが教えてくれた。

    少なくとも昌孝さんで茶農家は4代目、その前はわからないというほどこの地で長く茶を育てており、地の利を熟知しているものの、[カネタ太田園]が心を砕くのは土づくりにある。

    畑に一歩踏み入れて驚いたのは、気持ちいいほどふかふかの土の感触だ。

    昌孝さんが言う。

    「“生きた土”なんてよく言われるよ。まずは敷き草をしっかり敷き詰めることだね。人間だって足元が裸だと寒いでしょ。それとおんなじ。お茶の根を温めてやるんだよ。すると生き生きした茶葉が生えてくるんだよ。土づくりだけで7、8年かけることもある。葉っぱばかりがきれいなんじゃなく、木がしっかりしているとやっぱりお茶はおいしくなるもんです」

    太田勝則さんは、婿入りする形で[カネタ太田園]のお茶づくりを引き継いでいる

    夏は強い日差しから守る効果があり、1、2年経って朽ちればたい肥になる。さらに、圧搾製法の菜種油の搾りかすや骨粉などの有機肥料も与える。

    そこに勝則さんが説明を重ねる。

    「やみくもに肥料をあげればいいというものでもありません。自然に微生物に分解されて、窒素とともに茶の木が吸い上げられる分の肥料を、与え時をきちんと考えながらあげなくては」

    健全に育てた土には、ミミズやカブトムシの幼虫などが宿り、イノシシなども訪れてはそれらの命とともに土までも食んでいくという。

    昌孝さんがお茶づくりの道に入って70年以上が立つ。その間、毎年たい肥を増やし続けているため、かつての土の表面の位置から数十センチも高くなり、地中1.2mにも深く伸びるお茶の木の根を健やかに守っている。根が粘土層に達してしまうと、すっきりとした味わいにならないことを踏まえての対策でもある。

    土づくりだけではない。茶畑の周りにはネットを張って暴風から木を守り、冬場には家族で畑の石垣を積み直したり、山に木を伐りに行ったりもする。

    「お茶も生きもんだもんで、手をかけてあげればそれだけ恩返ししてくれる。子供や孫を見るより、つねに畑に行って様子を見て対応してきた。そうでないといいお茶はできないよ」。そう言ってほほ笑む昌孝さんの目じりのしわが一層深くなり、茶畑とともにある人生がうかがいしれる。

    煎茶で勝負し、ブレンド茶で活かされてきた天竜茶を単一のブランドに押し上げた

    天竜茶は最上位品種の高級茶の産地として歴史があるものの、生産量が少なく、その名は広くは知られてはこなかった。山場のため秋から冬になるといっそう旨味が増し、ブレンド茶においては味わいが軽くなりがちな早場所のお茶に天竜茶を混ぜることで飲みごたえを出していたという。

    だが、[カネタ太田園]では、手塩にかけたお茶をブレンド茶ではなく、単一のブランドとして発信することに尽力してきた。数々の品評会での受賞も、ここにつながる。

    しかも勝負するのは昔ながらの浅蒸しの普通煎茶である。

    「今は深蒸し茶を手掛けるところが多いけれど、旨味は引き出せる分、せっかく山の気候で生まれた味わいが消えてしまうのでうちではやりません。蒸し時間が短いほどお茶の畑の特性が出ます。蒸し時間を秒単位で調整して、畑の特性がそのまま出るお茶づくりをしています」

    爽やかな香気とほどよい苦味、味わいの強さ。水色に濁りはない。主に手摘みで収穫し、熟練の手揉み技術で製茶し、天竜茶のポテンシャルを最大限に引き出す火入れで仕上げる。これも自園・自製・自販とすべてを手掛けているからのこその強みだ。

    静岡県茶品評会では農林水産大臣賞を数回受賞、優秀産地賞は6回受賞、国際銘茶品評会では世界名茶大賞などなど、受賞歴は枚挙に暇がないほど。さらに昌孝さんは天竜茶の質を高めてブランド化した功績を讃えられ、黄綬褒章を受章した。

    お茶づくり一筋の人生が結実したひとつの形である。

    では、息子、孫と現在3代にわたってお茶づくりにいそしむ日常はどのような暮らしなのか。後編では、家族で茶づくりをすることをテーマに話を伺っていく。

    太田昌孝|Masataka Ota
    1940年生まれ。13歳より茶畑に立ちお茶を育て始める。黄綬褒章受章や天皇賞、農林水産大臣賞などを受賞。2008年の北海道洞爺湖サミットでは、各国首脳に太田さんの天竜茶が振る舞われた。現在も日々茶畑に立ち、精力的に茶を育てている。

    太田勝則|Katsunori Ota
    1963年生まれ。天竜で生まれ育ち、結婚と同時に義父・昌孝さんのもとで茶農家の仕事を始める。2019年には親子揃って農林水産大臣賞を受賞。娘の美咲さんなど家族一丸となって、良質な茶づくりに取り組んでいる。

    カネタ太田園|Kaneta Otaen
    静岡県西部に位置し、天竜川上流地域の壮大な自然の中でお茶を栽培する。茶葉は昔ながらの浅蒸しの普通煎茶で細よれ(針状)で艶があり、キリッとした苦みと旨み、清々しい香りが強く感じられる。栽培から製茶、販売までを自社で手掛ける。
    https://www.kanetaotaen.jp/

    Photo by Ayumi Mineoka
    Text by Yumiko Numa
    Edit by Yoshiki Tatezaki

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