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    The 茶こし
    新潟・燕の技術をたずねて
    Ocha SURU? Lab. Part 5

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    私たちの日常のライフスタイルがたえず変化するなか、お茶のあり方はどうだろうか。「暮らし」と「お茶」との間に「問い」を立て、現代の感覚で私たちなりの「解」を探求する、「Ocha SURU? Lab.」。その探求の道のりの中で、皆さまの日常の中の「お茶する」時間がより楽しいものになればという想いとともに、CHAGOCORO編集部が総力を挙げて研究を重ねていきます。

    先週はVISION GLASS JPの小沢さんと板垣さんを訪ねました。今回は、世界的なものづくりの町として知られる新潟県燕市を訪れます。この燕市にある老舗金網メーカーである「新越ワークス」で茶器セットに欠かせない「茶こし」を開発中とのこと。新越ワークスの山後隼人さんとの出会いからお話をうかがいました。

    新越ワークスの山後隼人さん(手前)

    茶こしのディテール

    山後 今日は燕市までお越しいただいてありがとうございます。

    — 実際にお会いするのはこれで2回目ということですが、まずは水野さんと山後さんの出会いをお聞きしてもいいですか?

    水野 今回の問いである「夏にぴったりのお茶の楽しみ方とは」考えるにあたり、 “現代の生活シーンに合った茶こし”というのがあまりないなと感じていました。お茶を淹れる道具である急須には、①茶葉とお湯が浸っていられる空間、②茶殻とお茶の液体を分ける、という2つの機能があります。この2つ目の機能をはたすのが茶こしです。その大事な茶こしを一緒に作ってくれる人はいないかなと考えたときに、思い至ったのが金物加工で知られる燕市でした。それで「かっこいい茶こしを作ってくれるパートナー求む!」というチラシを想いをこめて自分たちで作って燕市に相談したんです。

    山後 すごいですよね。燕市の知り合い方から紹介していただいて、そのチラシを社長と一緒に見ました。で、やってみようと。まずオンラインで顔合わせをさせていただいたのですが、もうそこから話が早かったですね。

    水野 そうそう。初回のオンラインミーティングで「もうこの人だ!」となりました。これはいい縁があったなと思いました。

    — 水野さんがビビっときた決め手は何だったんですか?

    水野 山後さんにお願いしていることがまだ世に無い新しいもので、かなり難しいことだとは分かっていたのですが、山後さんは「無理ですね」とは言わずに、一緒に考えてくれました。

    山後 頭の中は真っ白でしたよ(笑)。

    水野 ぼくらが考えている以上に細かな茶こしの仕組みや知識を教えてもらえたりして。山後さん自身お茶が好きで、佐賀県嬉野にも茶畑を見学に行くんだというお話もされて、お茶の縁も感じました。

    山後 難しいということよりも、ぼくは「このプロジェクトに乗りたい」という気持ちが強かったんです。ぼくは祖母が自然と日本茶を出してくれる家で育ったので、お茶は当たり前にありました。この新型コロナの時期はお茶の効能についても改めて考える機会になりました。僕は、お茶が普及するための条件がそろっていないと感じていたんです。茶器や茶こしの可能性はまだ探れるのではないかと思って。だから無理をしてでもこのお話に協力したかった。こんなスピード感でものをつくるのは普通ないですけど(笑)。

    水野 いやぁ、ありがとうございます。お茶を「淹れて飲む」ことに、お茶本来の価値があることをしっかりと広めていきたいと思っていて、そうなるとお茶を淹れるツールが大事だなと。なかでも茶こしは非常に重要な役割を担うので、同じ想いを持ってくれる山後さんと出会えたのは運命だなと感じています。

    山後 そう言ってもらえると嬉しいです。せっかくなので、工場もみてください! 今回の試作品もありますので。

    手作業も多い繊細な金網

    山後 ぼくたちは金網製品をつくっていまして、例えばラーメン屋さんで湯切りに使う「てぼ」やザルなどを製作しています。工場では、さまざまな強度、目の細かさの金網を使って、形を整えプレスして製品を作ります。

    — プレス機などの機械もありますが、人の手がすごく入っていますね。

    山後 そうですね。平らな金網の素材を立体的に丸くすると「寄り」(網目が細かく寄り集まる部分)が出るんです。ちょうど、紙を拳で押すと折れる部分ができますよね。折り重ねてしまうと、そこに汚れが溜まる原因になったりしますので、そうならないような作り方をしたり。ぼくたちが扱っている商品は調理用で、人間の口の近くにあるものです。だからこそ検品はひとつひとつ丁寧に確認して、異物になりうるものを人の手で取り除いています。

    山後 あ、これが今回の茶こしの金網部分です。

    水野 わ、できてる‼ 強度もしっかりしていますね。

    山後 いくつか種類があるんですよ。上でチェックしてみましょうか。

    これが、はじまり

    山後 見学、お疲れ様でした。では、早速、こちらですね。4種類ありまして、①はシンプルなステンレスで表面加工がないもの、光沢があります。②はエンボス材で特殊な研磨を加えたもの。③は同じエンボス材で②とは異なる方法の特殊な研磨。④は①の材質に③の研磨を加えたものです。同じ材質で、表面処理を変えています。③④の仕上げのほうがちょっとマットな仕上がりになり、①②の仕上げよりも若干明るいですね。

    水野 面白いですね。ぼくはマットがいいかなと思っていたのですが、うーん、悩むなあ…。ステンレスと金網をくっつける部分の構造はどうなっているんでしょう。

    山後 シームレスになるように、一度スポット溶接をして網と板状のリングをくっつけています。そのあとに、レーザー溶接でぐるっと溶接していて仕上げています。

    水野 微細ですよね、違いが。

    山後 表面加工の違いですので、光沢があるもの、マット感の強いものなど、好みで選んでもらえたら。

    — 使用感は同じですか?

    山後 光沢感の強い①は、指紋はそれなりにつきますが気になるほどではないと思います。思いっきり荒らした表面加工も技術的にはできますが、そういうものは油がついたら非常に取れにくく、食品にはあまり適していないんですよね。そういう意味ではどう風合いを出すのかはチャレンジでした。研磨加工で表面を荒らせば荒らすほど金属イオンが出てしまい、口をつけたときに金臭くなるんです。テーブルウェアという加工の制限もあるなかで、一般のユーザーがかっこいいと思うものを作りたいと考えました。

    — お茶に合う金網の“目の荒さ”はありますか?

    山後 今回の金網は30メッシュ(=1インチに30個穴がある)です。水野さんからサンプルをいただいていて、いろいろ実験をして、これは(茶こしの中では比較的粗目の)30メッシュでいけそうだなと思いました。

    — 金網の底に凹みがありますね。

    山後 こうすることで、強度が上がるんです。網は自由に形状を変えられるように“遊び”があるんです。自社でもこうした形状を応用して商品を作ることもあります。最初に水野さんにこのタイプを見せたときに「これいい!」と言っていただいて。たしか3秒くらいで決まりました(笑)。

    水野 早速、お茶を淹れてみますね。今回のセットには、サイズの違うVISION GLASSを「入れ子状」にして重ねるのですが、茶器として使うもの以外のグラスには、茶こしがぴったりハマるようになっています。

    山後 あ、注ぎ口をつけたんですね。

    水野 そうなんです。やっぱりあったほうが注ぎやすいし、ちょこっとついているとかわいいですよね。普通の茶器だとお湯や水をいれたとき茶葉がどうなっているのか、茶器の中で何が起きているのかがわからないのですが、VISION GLASSだと、ほら、茶葉の様子が見えますよね?

    山後 緑が綺麗ですね。透明のグラス、いいですねえ。

    水野 今回はVISION GLASSとセット販売を考えていますが、茶こし単体でも需要がありそうですよね。さあ、水出し緑茶入りました。今日の茶葉は朝比奈かぶせ茶です。

    山後 すごい、おいしい! グラスに入れると綺麗だし、さわやかですね。

    水野 氷と水だけでも甘みがしっかり出ます。

    山後 これ、夏にいいです! 新越ワークスでは、15時から15分間、休憩時間がありまして、みんな会議テーブルに集まってお茶を飲むんです。急須で入れて、緑茶を飲んでいます。

    — おぉ、いいですね。

    山後 みんな仲がいいんです。でも、ぼくはいま26歳なのですが、いつもお茶を飲んでいる姿からおじいちゃん扱いされるんです(笑)。ぼくは小さいころからお茶があった生活だったけれど、同世代はそうではないんですよね。「日本茶を飲む人=年配」というイメージがあるのかもしれません。でも、好きな物を好きと言いたいのに、イメージのせいで口外するのをためらうのは悔しいし違和感があります。ただ、違和感があることは、新しい可能性があるということだと思うんです。

    水野 そういうふうに若い方が考えているのが、ぼくらにとっては可能性ですね。いま急須が家にない人も多いのですが、ぼくたちよりも若い人の視点からすると急須は“逆に新しい“という見え方もあります。

    山後 ぼくは使命感みたいなものを感じています。燕市はものづくりの町ですが、田舎で、地方特有の人口減、人口流出という課題に直面しています。外部からこの町の価値に気づいてくれる方もいますが、ぼくらのように地域と何らかの因縁がある存在でないとなかなか難しい。ぼくは技術が継承されているこの町の可能性をなくしてしまいたくないし、もっと伸ばしていきたいんです。今回の茶こしを作るのに6社くらいの燕市の会社が関わっています。燕の会社はどれも専門的で、分業が当たり前なんです。今回の茶こしは完全に「メイド イン つばめ」ですね。

    — 町単位で、技術を継承していくわけですね。

    山後 そうなんです。これはお茶にも言えて、これまでお茶に親しんでいた人はお茶の価値が分かっている。身近になった人が気づける価値。因縁をもっているからこそ、水野さんもぼくも、次に向かって変えていくパワーをもってるのだと思います。

    水野 そうですね、ぼくはリーフのお茶が大好きで、3年くらい北海道のリーフ専門の会社に出向していたこともあります。その会社では若い人もえらい人も男性も女性もみんな、朝会社に来たら必ず自分でお茶を淹れるんです。その光景がいまも忘れられなくて。ペットボトルは便利で、お茶を飲む習慣は広まったと思うのですが、「家の中でみんなでお茶を飲む」という歴史や文化は、今のライフスタイルの変化に対して前に進んでいないように思います。家でお茶を淹れるという歴史を進めるために、シーンを描きながらツールを考えていきたいなと。

    山後 ぼくの会社では、海外でラーメンのてぼを展示するときなどに「道具も含めて文化」だと言っています。

    水野 それは本当にそうですよね。コーヒーがわかりやすいですが、ツールが幅広くあることで楽しみ方が広がるんですよね。

    山後 道具にも価値が伝えられる機能があるといいですよね。茶器、茶こしがセットになることで、新たな価値を提供できる。今回のセットは本当にいいですね。

    水野 これが第一弾です。これがすべてのスタートになれば!

    「道具も含めて文化」という言葉のように、お茶はその周辺の道具も含めて楽しむことができる奥深さを持っています。自分なりの使い方ができるツールが増えて選択肢の幅が広がれば、さらにお茶文化は楽しくなるのではないでしょうか。

    次週は、Licaxxxさんと[kabi]江本さんの対談のつづきをお届けしますので、お楽しみに。

    新越ワークス|シンエツ ワークス
    新潟県燕市で業務用・家庭用調理器具やアウトドア用品、ストーブ製品などを製造するメーカー。1963年「新越金網製造工場」として創業以来、食の現場を支える金網製品をつくり続けている。山後隼人さんは創業者の孫にあたり、スリースノー事業部の営業として活躍している。
    shin-works.co.jp

    Photo: Eisuke Asaoka
    Text: Rie Noguchi
    Edit: Yoshiki Tatezaki

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