• 「天空の茶園」
    豊好園・片平次郎さんの
    お茶とライフ<前編>

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    自然のなかで葉の味をつくる次郎さんのライフ

    JR清水駅から車で30分ほど北に上ったところにある両河内は興津川上流に位置する山里だ。古くから脈々とお茶づくりが受け継がれてきた茶畑の山々。ここに「天空の茶園」と謳われる豊好園がある。

    崖のような道を慎重に車で上った先、さらに歩いて急な斜面を登ると、さきほどまで車で通ってきた街が眼下に広がる。雲海が広がる日もあり、そのような時はまさに天に昇ったような幻想的な景色が望めるという。

    豊好園の三代目園主を務めるのは片平次郎さん。この茶畑で生まれ育った次郎さんは、まさにお茶に生きる人そのものである。

    「親父の育て方がうまかったんです。僕、名前が次郎でしょ。次男なんです。『一郎』がいるんです。あ、兄の名前は翼ですけど」

    そう言って笑う次郎さん。どちらかというとインドア派の兄に対して、次郎さんは茶畑で働く父・豊さんの後をついて回るような子どもだったそうだ。豊さんから「お前はセンスがある」と言われて育った次郎さんは子どもながら得意になり、自然とその道を志すようになったという。

    「親父はいつも楽しそうに仕事をするんです。お茶が大好きだから、お茶以外のことは何もしない。家族旅行なんかないわけです。連れて行ってもらえるとしたら山、みたいな。それがすごいんです。今くらいの時期だったら6時半くらいに朝飯ですけど、その前に一仕事してくるんです。だから、朝飯を食うとき、すごく生き生きとしてお茶の話をするんです。『あそこの畑のあれがこうで』って。僕らは『わかった』みたいな。もうずっとお茶の話をする人だったのですが、それが愚痴ではなかったので、僕も『お茶って楽しいんだろうなぁ』って。そういうふうに育ったから。育て方がすごく上手でしたね」

    東京農大で学んだ後、他の茶畑での研修などを行わずにまっすぐに実家に戻り豊好園を継いだ。

    そんな次郎さんのお茶栽培のフィロソフィーは、「葉の味をつくる」ということだ。

    「人間のエゴでつくるものではなく、もっとお茶が求めていることをやるというのが農家の仕事なんじゃないかなと。極力シンプルにするんです。選択肢があるときは、『これはお茶が求めていますか』ということに対するイエス・ノーだけなので。全部答えが決まっているようなことをして僕たちはお茶をつくっているんです。あと、僕のつくっているお茶は、一般的に市場に流通している問屋さんがつくるお茶とは、明確に目指している方向が違います。問屋さんがつくるお茶というのは、こういう味が好みですよとか、こういう味だと売れますよ、濁っていたほうがいいですよとか、そういうのを追求していく。それもプロの仕事ですが、僕はどちらかというと、『ここにある葉っぱをもんでお茶になったよ、どうぞ』みたいな、“葉の味”を意識している。“お茶の味”を意識している人と、“葉の味”を意識している人の差。両方ともお茶なんですけどね」

    ところによっては手をつきながらよじ登らなくてはいけないほどの斜面に約20種類の品種茶などが栽培されている。次郎さんの想いと日々の努力の結晶ともいえる茶葉だが、時には思ったような味に育たなかったということもあるのだという。まさに自然を相手にしたお茶づくり。そしてそこに一切の妥協はない。

    「ここに植えて、収穫してお茶として飲めるようになるまでに5年くらいかかるんです。だけど、5年かかって、『あれ? うまくねえ』と思ったら、抜くんです。うまくない、気に入らないものをつくっても、それは自分が気に入らないまま仕事をしていることになるだけなので、気に入るものに変えていく。僕の場合は一周回って、自分のつくりたいものをただただつくっているだけのようになってきたかなと思います。それを評価していただく。だから、はまる人だけはまってくれればいいとすら思うし、わざわざはまらない人に、『どう? これ欲しいでしょう? 俺こういう引き出しもあるよ』みたいのは僕はやらないかなって」

    「自分は商人ではない」と言う次郎さん。言葉の端々に茶農家としての自負がにじむが、それは次郎さんがまさしく「お茶の人生」を生きているから。「お茶はライフ」だと言う次郎さんとのお話の続きは後編につづきます。

    片平次郎
    1984年生まれ。静岡県の中央に位置する山間部、両河内で日本茶の栽培・製造販売を行なう豊好園の3代目園主。標高350mの斜面に広がる茶畑からは早朝に広がる雲海が望め、見学ツアーも人気となっている。
    豊好園:http://houkouen.org/

    Photo: Shingo Wakagi
    Text: Yoshiki Tatezaki

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