• 駒場[Lim.]で聞く
    お茶する空間の作り方<後編>

    SCROLL

    前回に引き続き、東京・駒場で3月にオープンした[うつわとカフェ Lim.]の店長・井手野下友理さんと、設計を担当した「tomito architecture」の冨永美保さんと林恭正さんに、お茶を飲みながら同店の空間づくりについて聞く。

    図面上での設計だけではなく、陽の光や車の往来といった変化する環境を取り入れながら、その場にいる時の感覚を大切に作られたお店だ。「Less is more」をコンセプトにする一方で、独自にセレクトする器や日本茶に対する配慮も深いようだ。

    その一つの例が、高さが150cmほどの低めの入口だ。大人は身をかがめないと頭がぶつかってしまいそうになる。茶室でいうところの躙口にじりぐちのような戸にした理由は何だったのだろう。

    冨永 この道は人通りが多く賑やかなので、お茶と器と対峙するためには、ワンクッションの感覚の切り替わりが必要だと思ったんです。お茶と器と向かい合うための場所に「入った」と思える実感がほしくて、ちょっとくぐって入ってもらうようにしました。本当のお茶室の躙口はもっと幅も狭いし高さも低いですよね。Lim.の場合は、目の前の通りに合わせて、幅は普通のドアよりも広くして、伸びやかなスケール感とくぐれる低さを同居させて作りました。

     躙口の上に器が見えるということもとても大事にしました。戸を低くしたのと同時に、奥行きも作ったんです。お店のファサード(建物の正面)って、中の店舗面積や座席数のために薄くすることが多いんですが、Lim.では奥行きを持たせました。すると戸の上に器を置けるようになります。薄っぺらい扉ではなく、「体験的な構え」となることが重要だと考えています。中から外を見たときに踏切や人々の往来が背景となり、陶器と環境に「図と字」の関係が生まれます。そしてその風景は刻一刻と変化する背景として浮世絵のような状態を意識しました。

    中に入る実感を演出しながらも、外の世界との連続性も感じながらお茶を楽しめる。Lim.で提供しているお茶やコーヒーは、西荻窪の[Satén japanese tea]のバリスタ・藤岡響さんが監修しているという。

    井手野下 最近は若い人も、お茶に対してお金を払って飲むということが普通になってきたというか、けっこうお茶を飲んでくれる方はいますね。私もお茶の勉強をしてきたわけではなく、Saténの方々に助けていただいているのですが、やってみると「お茶ってこんなに品種があるんだ」とか、それによってレシピも全然違くて、味も香りも全然違くて、奥が深いです。ほんとに面白いです。

    冨永 Lim.のお抹茶は甘くなくて、さっぱりと爽やかな風味が楽しめますよね。

    井手野下 お茶はゴクゴク飲めますしね。最初は(コーヒーに)偏るかなと思ったんですけど、抹茶を飲む方も多いですし、満遍なく出ていてすごくいい感じです。みなさんに喜んでもらえる。

    冨永 カフェというと入るとコーヒーの香りが漂ってくると思うんですけど、それがない。匂いだけでなく、店内の雰囲気としてもいわゆる和・洋風ではない中性的な空間になっていて良いなと思いますね。

     そういえば、お店についての打ち合わせをする時もお茶のお店でやることが多かったですよね。

    井手野下 Lim.は(お茶のお店として)緊張がありすぎない、けど無さすぎない、みたいな感じですよね。

    冨永 ありがとうございます。あと、もうひとつのこだわりとしては、このテーブルの天板、実は茶葉が入っているんですよ。

    これは言われて驚き。最初からテーブルには注目していたはずなのに、そんなディテールがあったとは気がつかなかった。確かに、大きさのまばらなつぶつぶがテーブルに埋まっている。少し色が滲んでいるところに茶葉らしい名残が感じられる。

    細かなつぶつぶが茶葉。さりげないが、あるとなしでは印象が全く違っただろう

    冨永 完成当初よりも色が滲み、馴染んできました。茶葉を撒いた後に表面を研ぎ出す特別な左官仕上げにしてもらったんです。土の色だけじゃなくて、ちょっとお茶とリンクするような仕上げで風合いや話題として楽しんでもらいたいと思いました。

     「研ぎ出し」という左官の技術があって、よくガラスを混ぜ込んで色鮮やかな粒を表面に出すのですが、それを茶葉でやってみたんです。いろいろな実験、例えば茶葉の種類や密度などを、大橋左官さんと細かく調整しました。

    井手野下 天板は石じゃないので、見た目よりも軽い感じがすると言ってくださるお客様が多いですね。茶葉が入っていると言うとみなさん驚かれます。

     カウンターの縁部分も、手に触れて気持ちの良い丸みに非常にこだわりました。実際に触れるという体験は非常に大切にしていますね。お茶のグラスも器もそうですけど触ったり体に近づけることで様々な発見がありますしね。

    ちょうどアイスのお茶に使われていたグラスも細かなうねりを持つ独特の曲線が印象的だ。

    左の抹茶は京都・辻喜のもので、リピーターが多いのだそう。右は煎茶で、この時期は「ふじかおり」という品種のもの。甘みが特徴なので、渋みを抑える淹れ方がポイントだという

    井手野下 これは、沖縄のおおやぶみよさんという作家さんのグラスです。光の反射もすごくきれいなんです。お客さんも「すごくきれいだね」って言ってくれて、夏場に入ってからは特に人気です。

     一輪挿しもそうですよね。僕、おおやぶさんのばかり買っちゃっていますね。

    井手野下 若手の作家さんのものを中心に、スタッフみんなでセレクトしています。何焼きとかに統一するのではなく、店のコンセプトや直感に合うと思うものを大切にしています。

    冨永 どれも個性的で素敵ですよね。

     空間の色もすごく悩みましたね。壁の色も、テーブルの色も。テーブルは最初20種類くらい左官屋さんにサンプルを作ってもらって検討しましたね。器の影の落とし方だったり背景としてのあり方だったり器との相性は大事にしました。

    井手野下 壁の色も悩みましたよね。あ、これわかります? 光が差すと器の影が壁に映るんです。この影をカウンターからよく見てます。

    冨永 映画みたいに周りのものが動く影として投影されるんですよね。周辺環境が内部に転写されていき、小さな器の群が空間の質を揺らすような。

     夜見た風景も良くて。歩く人とかボールが車のライトで影を作り、それがダイナミックに動くんですよね。

    井手野下 私はこの影の移ろいを毎日見ているのですが、いつも新鮮に感じられます。

    冨永 環境って動いているんですよね。その動的な重なりの中に、お茶も器も人も居合わせている。Lim.はそれらの豊かな間をつくるように、様々なものの関係を受け止めるおおらかな庭になるといいなと考えています

    井手野下 踏切の音とか、学校再開した子供の楽しそうな声とかが聞こえてきて喜ばれます。店内の音楽も最小限にして、なくていい時もあったり。まちの音が店のBGMみたいになるんです。

    「Less is more」の精神が随所に活きている一方で、ストイックになりすぎず、気持ち良い質感や感覚が心を落ち着かせてくれる。お茶を飲む場所として、思えばあまりない空間だと改めて感じられた。立ち止まってこそ、新しい何かに気づくことができる。器とコーヒーと同居しながらも、日本茶の魅力に気づかせてくれる、そんな空間だ。

    うつわとカフェ Lim.
    2020年3月31日、駒場東大前駅からに徒歩3分ほどの場所にオープンした日本茶とコーヒーのカフェ。Lim.がセレクトする作家の器でドリンクやスイーツがいただける。作品は購入することもできる。
    instagram.com/lim.komaba

    tomito architecture
    2014年に設立した神奈川県横浜市の建築設計事務所。大切にしているのは、日常を観察して、様々な関係性の網目のなかで建築を考えること。小さな住宅から公共建築、パブリックスペースまで、土地の物語に編み込まれるような、多様な居場所づくりを行なっている。
    tomito.jp

    Photo: Yu Inohara
    Interview & Text: Yoshiki Tatezaki

    TOP PAGE