• 祖父から孫へ
    現代の町のお茶屋
    [茶 岡野園]の営み<前編>

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    埼玉県東大宮駅に、狭山茶を扱う[茶 岡野園]というお茶屋さんがある。70年近く続く町のお茶屋は、初代の岡野嘉一郎さんから娘の初美さん、孫の芽美めぐみさん・尚美なおみさん姉妹に受け継がれている。「これからのお茶屋さんに必要な何か」があると聞いて、訪ねてきた。

    [茶 岡野園]の“手づくり”ほうじ茶

    大きな桜の木がある公園の前に建つ[岡野園]。もともと大宮駅前で開業していたが、駅前再開発に伴い、東大宮のこの地へ越してきた

    駅から徒歩数分、[岡野園]に近づくにつれて、お茶の香ばしい匂いが漂ってきた。そうそう、この香り! むかしはお茶屋さんといえば、この香ばしい匂いに包まれていたもの—、とちょっぴり郷愁を感じながらお店に近づくと、なんと、店横の駐車スペースで3代目・妹の尚美さんと祖父の嘉一郎さんが、ほうじ茶をつくっていた。

    昔ながらの小型の焙煎機は、そのかわいらしい姿から近所の子供達に「機関車トーマス」と親しまれている

    「こんにちは~。ようこそ、岡野園へ。秋晴れのきょうは焙煎日和ですよ」と尚美さん。

    岡野園は、1953(昭和28)年に嘉一郎さんが大宮駅前で開業したのが始まり。狭山茶のなかでも、埼玉県所沢市三ヶ島産のものだけを契約茶園から直接仕入れているのが特徴だ。

    「いろいろな茶園を見たなかで、三ヶ島という場所はね、入間川と狭山湖に挟まれて朝霧が立ちやすいの。土壌も、関東ローム層の上湿下乾な場所でお茶が育ちやすい。だから、ここで採れるお茶は、狭山茶の中でもいちばんおいしいんですよ」と嘉一郎さん。

    [岡野園]初代の嘉一郎さんは、大正11年1月1日生まれでまもなく100歳。満洲で終戦を迎え、シベリアに抑留された経験を持つ。尚美さんがほうじ茶を焙煎するときは必ずそばで見守っている

    以来67年、[岡野園]は町のお茶屋さんとして地域の暮らしを支えてきた。扱うお茶も時代に左右されない、初代の時代から飲み続けられてきたものがほとんど。例外は、本日焙煎している「かさねほうじ茶」。これは尚美さんによる新作だ。

    「かさねほうじ茶は、狭山の茎茶を2度焙煎したほうじ茶です。きっかけは、カフェをやっている知人から豊潤な香りの深炒りのほうじ茶をつくってほしい、と要望されたこと。ただ、もともと祖父が狭山の茎茶を使った加賀棒茶みたいなお茶をつくりたいと考えていたのもあって、だったら、と祖父の作りたかった茎茶のほうじ茶をつくろうと始めました。実は、かさねほうじ茶ができたのは、偶然の産物で…。本当は焙煎を1度だけにしたかったのですけど、うまくいかなくて、すごく浅い仕上がりになってしまったんですね。処分するのはもったいなくて、さらに焙煎を重ねたら、パリッと芯まで火が通って甘みと香ばしさの強いものができたんです。飲んでもおいしいし、焼き菓子やパフェの風味づけにも最適。こうしてできたのが、2度焙煎のかさねほうじ茶です」

    1度焙煎した茎。まだまだ緑がかっているが、茎自体はふっくらと丸みを帯びてきた

    尚美さんによると、1度目の焙煎では、もとの茎の状態にもどしているのだそう。指でつぶすと粉々になる。芯まで火が通っている証拠だ。甘みのあるいい茎だからこそ、どんなに焙煎をつよくしても苦くならない。

    常に焙煎機から出てきた茎の色味を確認する。一瞬でも気を抜けない

    2度目の焙煎が始まった。1度目とは漂う香りが異なり、甘くなってきた。仕上げは焦げる直前のところを狙って、赤く光るお茶を目指しているのだそう。

    左から順に。火入れ前の茎はペタっと平ら。1度焙煎すると茎が丸くなり、色はやや黄色。2度焙煎を終えた赤茶のかさねほうじ茶

    「この茎はね、一番摘みと二番摘みでも早い時期のいい茎をうち用に選りすぐってもらってるの。新芽が出て伸びてきた、まだ青くてやわらかい茎だからね、硬くなくておいしいわけ。2回焙煎した茎を食べてごらん。おいしいよ。お菓子みたいにサクサクしてるでしょ」(嘉一郎さん)

    「呑兵衛さんはこれとお塩があればお酒が進むって言います(笑)。焙煎したてだとパリッとしておいしいんですよ。よく『食べられるの?』って驚かれますけど」(尚美さん)

    「はい、できました〜」と尚美さん。「今日は風がないので結構きれいにできました。赤く光ってます」とうれしそう。

    「お庭で試飲をしましょう」

    店番をしていた母の初美さんと姉の芽美さんも集まり、できたばかりのかさねほうじ茶を淹れる。急須に3gのほうじ茶を入れ、熱湯を注いで30秒。尚美さんが茶碗に注いでいく。嘉一郎さんが茶碗を手に取り、お茶を啜る。出来上がったお茶はまず嘉一郎さんが味見をする、それが岡野園の流儀だ。

    炒りたてのかさねほうじ茶をいただく。赤茶色に輝き、香ばしくて深みがあって、まろやか。濃い色味だが渋みも苦味もない。何杯も飲むのにぴったりな味

    尚美 「…どう? 大丈夫?」
    嘉一郎 「うん、いいですね」
    尚美 「ふう〜よかった〜」

    あたりの空気がふわっと柔らかくなり、緊張がほどけたのがわかる。初美さんと芽美さんも炒りたてのかさねほうじ茶を口にし、「今日は焙煎日和だから上手にできた」「甘いね〜」と尚美さんをねぎらう。尚美さんも「うまく仕上がりました。よかった。うふふ。どうぞ、飲んでください」とほっとした様子。

    ところで、焙煎日和ってどういう意味だろうか? 尚美さんは次のように教えてくれた。

    「乾燥している時期とお天気の時期が焙煎に最適なんです。きょうのように晴れてて風がない日は、最高。梅雨のように高い湿度のときは焙煎はできなくて、1ヶ月まるまるできないこともありますよ。冬は寒すぎて機械の火力もあがらない。逆に夏は気温が高すぎて火力が強くなりすぎるんです。1年中、その日の天気によって焙煎の加減を調整しないといけない。たとえば、パン職人が、その日の気温と湿度に合わせて粉の配合や発酵の時間を調整するのと同じです。季節と天候によってすべて変わるので、うちではほうじ茶のことを『手づくり茶』と呼んでいるんですよ」

    [岡野園]で使用している焙煎機は小型のものでそれなりに古い。尚美さんの代になって新しくしたとはいえ新品ではなく、すでに生産終了の年代物。コンピュータ制御があるわけではないので、注意していないと火の入り具合が強すぎたり弱くなったり。きょうも、焙煎された茎の色を常に確認しながら、尚美さんは何度も火力を調整していた。

    「お茶をつくるの楽しいですよ。毎回毎回違うから、ルーティンにさせてくれないところもいい。難しいけど、その緊張感がまたいいんです。前はわたし、色を見て焙煎の度合いを判断していたんですよ。だけど祖父は庭で植木の剪定をしながら『いまは焙煎が強すぎるね』って言うんです。香りで判断できるんですよね。そこになかなか追いつけなくて、でもそれがまた、もっとうまくなろうって思う原動力にもなっていて。毎日焙煎できれば、もっと経験が詰めるのだけど、月に1度だから、常に本番なようなもの。経験と感覚と天候と兼ね合わせながら、お客様においしいと喜んでもらえるお茶を目指して毎回挑戦しているわけです」

    祖父が築き上げ、母が培ってきた[岡野園]の営みを、尚美さんが継いで10年。いまでは祖父の嘉一郎さんが続けてきたほうじ茶づくりを任せてもらえるようになってきた。

    岡野園親子3代。右から順に、2代目の初美さん、3代目の尚美さん、初代の嘉一郎さん、同じく3代目の芽美さん

    後編では、芽美さん・尚美さん姉妹が[岡野園]をより多くの人たちに知ってもらうために行ってきたブランディングについてと「これからのお茶屋さんに必要な何か」について迫ります。

    茶 岡野園|Cha Okano-en
    1953(昭和28)年、埼玉県大宮市で創業。契約農家から直接仕入れた狭山茶と茶道具の専門店を営む。10年ほど前に、大宮から東大宮に移転したのに合わせ、芽美さん・尚美さん姉妹が、祖父が築き上げ母が培ってきた[茶 岡野園]を未来へつなげる日々を送る。
    okano-en.com
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    facebook.com/cha.okanoen

    Photo: Yutaro Yamaguchi
    Interview & Text: Akane Yoshikiawa
    Edit: Yoshiki Tatezaki

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