• お茶を面白く、
    人をつなぎ、カルチャーに。
    Tea Bucks 大場正樹
    <前編>

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    面白さを生む違和感と、お茶のためのコミュニケーション

    ティースタンド[Tea Bucks]は、住所でいうと「恵比寿西」という、代官山、恵比寿、渋谷という3駅から迷わず歩けば10分ほどのエリアにある。その出で立ちはいわゆる「お茶屋さん」ではなく、入り口に大きく「TEA BUCKS」と店名が掲示されているものの、初めて訪れる人の中にはその扉を開けることを躊躇う人もいるかもしれない。

    扉を押し開けて一歩足を踏み入れれば、独特の世界観に引き込まれる。

    壁には、どこか“異国風”の絵画や、聞き覚えのある題名の“見慣れない”絵、浮世絵かと思いきやよく見ると“異質”な作品が並ぶ。反対を見れば鹿の剥製、中央には絨毯、見上げれば軋む音が聞こえてきそうな鉄の天井だ。

    しかし、カウンターの中からは緊張を一気に取り払うような人懐っこい笑顔で迎えてくれる店主の姿が。「この辺は住宅街でもあるので、ご年配の方も含め近所の方もよく来てくださいます。犬の散歩がてらお茶を飲みに寄ってくれたり」と物腰柔らかに話すのが店主・大場正樹さんだ。

    美容室が入る建物の一部を大胆に改装してTea Bucksをオープンしたのは、2018年4月1日。「わざとエイプリルフールの日にしたんです。“嘘のようなお茶屋”をオープンしたいということで」

    茶目っ気たっぷりに語る大場さんは、30歳のときに会社勤めをやめ、さらには家も引き払い身一つで海外を放浪するバックパッカーとなった。約1年世界を旅する中で強く感じたことの一つが「お茶が飲みたい」ということだった。

    「もともとお茶は好きで、実家では普段から急須でお茶をいれて飲んでいました。でもそれは、このように丁寧にいれるのではなく、やかんで沸かした熱湯をそのまま急須にいれるような感じでした。ただ、一歩海外に出ると、日本では当たり前に飲んでいたお茶が全く飲めないことに気づきました。『お茶だ』と思って手にしたものが、すごく甘かったり。そういったことに衝撃を受けていました。日本に帰ってきた時にはもう『お茶飲みたい欲』が強くて。次の仕事をまだ考えていた時期、京都に行く機会があって、そこで玉露のお茶を飲んだんです。それに衝撃を受けました。こんなに旨みのあるお茶があるんだ! 今まで好きって言っていたお茶って何だったんだろうって」 

    長らく普通のお茶も飲めなかった反動に加え、京都のお茶の衝動的な味わいは大場さんに強烈な印象を与え、そこから独学でお茶を学び始めることに。元来、凝り性の大場さんはどんどんとお茶の世界にのめり込んでいった。

    「いろんなお茶屋さんに行っていたのですが、[幻幻庵]さん(渋谷の茶葉店・ティーショップ)にも通っていました。当時の店長だった方といろいろお話ししていたら『そんなにお茶好きなら、うちで働いたら?』と言ってくださって。そんなご縁から働かせていただくこととなり、茶農家さんのところにも行かせていただき、勉強させてもらいました」

    現在、Tea Bucksでは佐賀県、熊本県、静岡県のお茶をさまざまな飲み方で提供している。緑茶、釜炒り茶、ほうじ茶に大別されるが、メニューには15種類ものお茶が紹介されていて、ホット・アイスなどお好みの飲み方ができる。

    「ブレンド系は多めにしています。メニュー構成では『面白い』ということを大事にしています。最近、お茶屋さんが増えている中で、『味わい』にフォーカスするところが多いと感じるのですが、茶農家の出身でもない僕は、割と若い人たちと同じフラットな目線でお茶を見ていると思っています。『もっとこうだったら面白いのにな』『こうしたら若い人も飲むだろうな』とか。お茶って美味しいだけじゃなくて面白いっていうことを伝えたい想いがあります」

    面白さというのは、単なる飾りから生まれるものではない。もちろん、先述の通りTea Bucksの店内装飾はインパクト抜群。大場さんも「違和感を大切にしている」と言う通り、この店がこの店たる意図がそこかしこに染み込んでいる。しかし洒落の利いた演出に加えて、一杯のお茶を供し、いただくという本質的な体験がここにはあるといえる。

    「若いお客さんも多いので『何がおすすめですか』と聞かれることが多いのですが、まずは会話することを大切にしています。『ご飯は食べてきましたか』とか『暑いですか、寒いですか』とか。音楽の好みや好きなものを聞いて、処方箋のようにお茶を提案するんです」

    早速、取材チームの一人に“問診”が始まった。「今朝は早かったので、卵ご飯をさっと食べて。少し急いで来たから意外と暑いなという感じです。僕、映画とか本とかでいうとビートたけしさんが好きで。『振り子の理論』というのを言っていて、すごく悪いことができる人はすごく良いこともできる。それは熱量によって中途半端かトコトンやれるかが決まるっていう……」すると、大場さんはすかさず“処方箋”を出す。

    「でしたら、この『白折(しらおれ)』というお茶がいいと思います。緑茶系で、茎のお茶です。味わいとしては、爽やかさがある旨みが特徴になっています。急いで来て身体が火照っているなかで、さらっとした飲み口がいいかなと思ったので緑茶系。そして、この白折っていうのが、このままで出すと緑茶ですが、焙じると茎ほうじ茶になるんですね。その『熱量でどっちにも振れる』というお話しから、緑茶にもほうじ茶にも変われるお茶が“面白い”かなと思います」

    話を聞いてもらい、それに対して返答がある。人のコミュニケーションの根源のようなやりとりが、お茶を介して行なわれている。

    そうしていれられた白折のアイスは、味わいまで好みにぴったりの嬉しい一杯だったそう。思わず「面白い!」という声が上がると、「そうなんです、その『面白い』って言ってもらえるのがすごく嬉しいんです」と大場さんも満足げに笑う。

    オープンから2年足らずで、お茶の面白さを気づかせ、若い世代にもお茶を飲むことを根付かせているTea Bucks 大場正樹さんには、まだまだお茶をアップデートさせるアイデアがたくさんあるようだ。後編では、お茶の未来のために大場さんが必要だと思うことに迫っていく。


    Tea Bucks
    各地の選りすぐりの茶葉を提供するティースタンド。国籍も年齢も違うさまざまな方に、贅沢に淹れた一杯のお茶を飲みながらコミュニティーの場として利用してもらいたいという想いで大場正樹さんが2018年にオープン。お茶が繋ぐ素晴らしい縁でお茶のニューカルチャーを発信する。
    www.instagram.com/tea_bucks (Instagram)

    Photo: Eisuke Asaoka
    Text: Yoshiki Tatezaki

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