• 自由で、おおらか。
    VAISAが切り拓くお茶の道
    <前編>

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    売茶翁を現代的にアップデート。ところで売茶翁とは一体何者?

    お茶にまつわる活動はますます多様になっているが、「VAISA」のアプローチは他とは一線を画す。彼らが展開する代表的なプロダクトに「茶ハガキ」がある。「バイサくん」と呼ばれるキャラクターがユーモラスに描かれたパッケージの中に約3杯分の茶葉が封入されているが、裏面はポストカードのような仕様となっており、宛名を記入し切手を貼ってポストに投函することで、お茶を飲む心豊かな時間まで届けられるというものだ。デザイナーズホテルや人気アパレルブランドなどと協業しポップアップを開催するなど、ジャンルを問わず勢力的に活動しながら、今後は茶葉を使用したバスリーフ(入浴剤)の開発にも着手する予定だという。

    「VAISA」を展開するのは「sinden」という、企業向けのコンサルティングやビジュアルメイキングなどを主戦場に活躍するクリエイティブチームだ。もともとお茶を専門にしていないものの、ユニークな視点でお茶をアップデートする彼らのインスピレーションのひとつに、江戸時代に活躍した茶人・売茶翁(ばいさおう)の存在がある。お気づきの通り「VAISA」というネーミングの由来もそこにある。お茶の歴史と文化を発想の源にしながら、グラフィックや映像、空間のデザインといった自分たちの特長を活かしアウトプットする姿勢がとても興味深い。

    左からディレクターの郡司淳史さん、プランナーの苅込宗幸さん、デザイナーの大門佑輔さん

    「煎茶の祖」ともいわれる売茶翁だが、歴史の教科書に出てくる人物というわけでもない。あまり馴染みがない一般の方に向けて説明をお願いすると、ディレクターの郡司淳史さんが引き受けてくれた。

    「江戸時代には高級品で、限られた人だけが飲むものだったお茶を、民衆に売り歩いたことで広げていった茶人です。同時に禅の思想も広めていたそう。『頭の中がこんがらがっているのなら、お茶を飲みながら目を閉じて、ゆっくり考えてみようぜ』といった具合だったのかなと」

    「売茶翁は、もともと佐賀県にある有名なお寺の位の高い僧だったんです」と続ける。そして僧でありながら、当時最上の芸術とされていた漢詩でも才能を発揮する、稀有な人物であったという。

    僧職を辞した後には、京都の鴨川の支流のほとりに「通仙亭(つうせんてい)」という小屋を建て、お茶を売ることで暮らしを立てるようになる。お茶を売るスタンスも独特で、『茶銭は黄金百鎰(おうごんひゃくいつ)より半文銭まではくれ次第、ただで呑みも勝手、ただよりはまけ申さず』つまりお金を持っている人はいくら払ってもいいし、一方で貧しいひとには無料でお茶を振る舞ったのだ。また、三十三間堂や下鴨神社など風光明媚な場所へと茶具を担いで行っては茶店を開き、庶民の間にまでお茶の世界をひらいた。

    旅先からポストカード感覚で送ることができる人気のシリーズ「JAPANESE COMMUNI-TEA」は、その産地のお茶が封入。現在は静岡、福岡、茨城、埼玉の4県がラインナップし、今後さらに増やしていく予定。
    「現代に売茶翁がいたら」というコンセプトのもと、自由に各地を旅するバイサくんが描かれる

    茶を売る売茶翁の何が革新的かといえば、江戸の中期、士農工商という身分制度が厳しくなっていく世の中で、僧という高い地位を捨て去り、商人の地位まで降りていったことが挙げられる。自らが信じる生き方を追求した末にお茶を売るという道を選んだ売茶翁。「清風」という看板を掲げ、「人には上下などない」と身をもって表現したことで、京都の多くの文化人をインスパイアする存在となった。

    通仙亭へと集まってきた客人に、近世の日本画家を代表する、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)がいるが、彼も売茶翁から大きく影響を受けたひとり。「売茶翁に一服接待されなければ、一流の文化人とは言えない」とまでいわれ、当時の“アート・カルチャー”にひとかたならぬ影響力を持った売茶翁がまだ世に評価されずに悶々としていた若冲の才能を絶賛し励ましたことが、「奇想の画家」として若冲が世に羽ばたいた一因とされている。若冲が描いた肖像画として唯一現存しているものが売茶翁だけという事実からも、売茶翁への若冲の敬意がうかがえる。

    鮮やかな色使いや、華やかな作風で知られている若冲であるが、売茶翁自身も非常に派手でハイカラな茶器を愛用していたようだ。常識にとらわれることなく、自由な発想で構築するという両者のスタイルには、きっと共鳴する部分があったのだろう。

    形式的な要素が色濃かったお茶に「自由でよい」というスタイルを持ち込んで、人としての生き方を説いた売茶翁。

    そこから200年以上の時が経ったいま、「売茶翁の活動を現代版にアップデートしたら?」という発想で、自由なお茶のスタイルを広めているのが「VAISA」なのである。異業種のクリエイターたちと共にプロジェクトを手がけることでお茶の可能性を広げることや、お茶を飲むことだけでない、その先にある「価値ある時間」を届けている彼ら。繋がっていることが当たり前になった現代において、お茶を飲む時間を通じて、リアルなコミュニケーションの豊かさを伝えたいという考えは、お茶を通じて禅の心を伝えた売茶翁と、本質的に重なる部分があるだろう。

    後編では、VAISAのプロジェクトを進めていく上で、メンバー自身が感じてきたことを紐解いていく。


    VAISA
    「価値ある時間を大切に」というコンセプトのもと、現代の若者に向けて日本茶を熱く、そして愉快に届けている個性的な日本茶プロジェクト。東京を拠点に、様々な分野で活躍する若手デザイナーやクリエイター集団「sinden」により2016年にスタート。
    www.instagram.com/vaisa.jp (Instagram)

    Photo: Junko Yoda (Jp Co., Ltd.)
    Text: Shunpei Narita|Edit: Yoshiki Tatezaki

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