• お茶からあふれだす
    アイデアと面白味
    [茶箱]岡部宇洋
    <前編>

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    江戸と京をつないだ旧東海道で

    品川区南品川。京急本線の新馬場(しんばんば)という駅から歩いて5分ほどのところに、一軒のお茶屋がある。一方通行にしては少し幅の広い通りに面した2階建ての古い建物、ガラス扉には「JAPANESE TEA CAFE 茶箱」と書かれている。

    付近を歩いてみると野良猫が気持ちよさそうに日向ぼっこしているところに出くわしたり、民家の前に井戸があったりと、令和から平成を飛び越えて昭和の趣きを感じる。

    店内では店主の岡部宇洋たかひろさんが迎えてくれた。この建物は元々古い理髪店であったこと。長屋構造でもあり、お隣の印鑑のお店とは壁一枚を隔てて同じ屋根の下であることなど、まずこの場所について話してくれた。

    「今は埋め立てられていますけど、昔は数十メートル下ると船着場があって漁も盛んだったそうです。天ぷら屋さんも今よりもっとたくさんあったそうですよ」

    2階の窓からは旧東海道が見下ろせる。今でも天ぷら屋さんやお蕎麦屋さん、それにお寺や畳屋さんなどが住宅に混じり合い懐かしい雰囲気を漂わせている。江戸幕府開府前、関ヶ原の戦いで勝利を収めた徳川家康が江戸と京・大坂の往来幹線として整備したのが東海道だ。[茶箱]があるのは品川宿という、日本橋を出発する東海道で最初の宿場町として栄えた地域だ。当時の移動手段は馬(もしくは徒歩)だから、かつては馬の停泊所となって地域なのだと教えてくれた。

    「品川」と聞くとターミナル駅のイメージから、ビジネスマンが忙しく行き来するエリアを想像していたが、実際には江戸の古き良き風情が残る静かな街に[茶箱]はある。この場所、この建物にお店を構えた理由を聞いてみた。

    「実は当初、目黒とかそのあたりでやりたいなと想像していたんです。オフィス兼カフェという形態が当時増えてきていて、自分もそれをやりたいと周りの人たちに話していたんです。ある時、この街の方が今の建物を紹介してくださって。エリアとしては想像していたところと違ったので最初はお断りしようかなと思っていたのですが、実際に来てこの鏡とかを見たら『これはすごいなぁ』と思ってしまって。あまり知られていない駅だけど、紐解いてみたら自分の地元静岡にもつながっていますし、京都までとなるともっといろんなお茶につながっていますし、ここはすごいと思って決めたんです」

    [茶箱]店主の岡部宇洋さん

    「東海道にはかつてお茶屋さんが立ち並んでいたはずですが、今はほとんどない。そう考えると、『現代の茶屋』というのは一つこの店のキーワードになると思います。古い良さと新しさをうまく融合させたいというところが大きいですね」

    カウンターの後の大きな鏡は、かつての理髪店でお客が向き合っていた鏡のまま。飾りが施された木枠も今の理髪店ではなかなかお目にかかれない。他にも障子戸を解体して小さくしたものをカウンターのスイングドアに利用したりと、「残せるものは残して」新しい空間づくりに活かしている。

    「もう一つは、急須で淹れるお茶にこだわりたいと思っています。普段からお茶を飲む方もいらっしゃいますが、『丁寧に淹れるとこんなに美味しいんだね』と言っていただけることが多いですね。20代とか若い方もけっこう来ますし、感性が豊かな人ほど味や香りに敏感なようで、やりがいがありますね」

    岡部さん自らカウンターで急須を振るう。店内は長細く奥につづいていて、2階にもゆっくりお茶をしながら作業ができるような客席を準備中

    ここで一杯お茶を淹れていただくことに。「じゃあ、宇治の『やぶきた』にしましょう」と、東海道の反対側、京都のお茶をセレクトしてくれた。

    「これまで宇治は『うじみどり』のような宇治ならではのお茶を仕入れていたのですが、最近『やぶきた』を仕入れたらすごく美味しくて! やっぱりバランスが抜群ですね。渋めがお好きとのことで、いつもより熱めのお湯で淹れてみました」

    宇治のやぶきたのお茶。爽やかな香りは温度が下がるごとに立ち上がってくる

    岡部さんは静岡県浜松市の出身。子どもの頃からお茶を飲むことは日常だったと言う。

    「当たり前でしたね。土地柄もありますし、親がよく飲む家だったという。朝、昼、夜、食後、食中も。当時は一日5杯くらい飲んでいたはずですね」

    そんな岡部さんだが、大学卒業後に就いた仕事はお茶とは全く違う世界だったそう。

    「ゼネコンの海外事業部で働いていたんです。スリランカとかで働いていました。ODA(政府開発援助)でスリランカ初の高速道路を造るプロジェクトなどに携わっていました。何百億円みたいな規模の仕事。今とは全然やっていることが違いますよね(笑)。日本に戻ってきて、日本文化に関わることをしたいと思っていた時に「星窓」という自然派茶道をやっている同世代の茶道家と出会いました。それをきっかけに茶道を始めたというのが今につながるお茶との出合いですね。」

    街にも長い歴史があるが、人にも歴史あり。意外な経歴に少し驚かされながら、聞き進めるとさらに面白いお話があふれてくる。茶道や日本文化との接点は、高校の陸上部時代まで遡るそう……。そこからお茶業界に貢献すべくさまざまなアイデアを実現させる現在に至るお話は後編につづきます。

    岡部宇洋| Takahiro Okabe
    1985年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、海外での開発事業に携わる。自然派茶道教室[星窓]にて茶道を始め、アートとお茶を掛け合わせるユニット「Tea of the Men」などで活動。2018年12月南品川に[茶箱]を仲間とオープン。店舗に立ちながら、静岡の茶業者などのウェブサイト制作やその他広告プロジェクトを手がける。3年に一度開催される「かけがわ茶エンナーレ」は2020年が延期となり、今年秋に開催予定。
    instagram.com/cha8kofacebook.com/cha8ko
    teaofthemen.jp
    instagram.com/seven_chamurai

    Photo: Eisuke Asaoka
    Interview & Text: Yoshiki Tatezaki

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