• お茶からあふれだす
    アイデアと面白味
    [茶箱]岡部宇洋
    <後編>

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    江戸と京を結んだ旧東海道沿い、理髪店だった建物で[茶箱]を2018年12月にスタートさせた岡部宇洋たかひろさん。大規模な建設プロジェクトに携わっていた前職を経て、日本文化に関わることがしたいと全く別の方向へと人生の舵を切った。前編に引き続きお話を伺う。

    陸上部から座禅、お茶

    そもそもなぜ日本文化に興味を抱いたのか。改めてそのことを尋ねると、話は岡部さんの高校時代まで遡った。

    「高校の時、陸上部だったんです。けっこう足が速くて頑張っていたんですけど、高校生活の前半はずっと怪我に悩まされていました。3年の時に復活したのですが、その理由が、自分の筋肉と対話するようにして身体のセンサーを活性化させる、というようなことをしたからなんです」

    意外にもスポーツの話題が飛び出したが、つまりは「意識」の話だ。ストレッチをする時でも走る時でも、単に「身体が動く」のではなく、今どの筋肉を伸ばしたいのか、今どの部分に力を入れたいのか、自分の身体の状態に意識を向けるということをしてみたのだと言う。

    「それを続けていたら怪我も良くなったし、走り自体前よりも効率的になったんです。その時から、どうやら人間の身体と精神はリンクしているんだなっていう気づきがあったんです。その後にもメンタル的にきつい時期があったのですが、精神科ではなく、禅のように身体を含めた修行をする方が治ると直感的に思って座禅を始めました。そこからさらに、整体の祖といわれる野口整体にのめり込んで10年近くやっていたり」

    茶道家との出会いからお茶の活動に傾倒していったと語っていた岡部さんだが、そこには身体と精神とのつながりを実感したユニークな過去が素地としてあったようだ。

    掛川との縁

    もう一つ岡部さんの活動に特徴的なのは、お茶と“何か”を掛け合わせるという視点だ。岡部さんにとってお茶に関わる最初のお仕事は、その特徴にまさにぴったりなプロジェクトだった。

    「前の仕事を辞めて1年以上掛川に通っていました。何かやらせてほしいと、何度も営業に行ったんです。徐々に変な人ではないと認めていただけて(笑)、『かけがわ茶エンナーレ』という掛川市が2017年に開催したお茶とアートを融合させた芸術祭のプロモーション映像制作をやらせていただいたのが最初のお茶の仕事です」

    2杯目には掛川の深蒸し茶を淹れてくれた。「深蒸しのお茶はやっぱりほっとしますよね。自分にとってきっかけのお茶です」

    岡部さんが撮影を任されたのは、世界農業遺産に認定される「茶草場ちゃぐさば農法」で知られる東山地域だった。茶草場農法とは、茶園周辺の草(ススキやササなど)を茶の木の畝間に敷く伝統的な農法。茶畑の土の質を良好にし、結果として生物多様性ひいては美しい里山の景色・文化を守るものでもある。「撮影でお世話になった田中さんとはそれ以来仲良くさせていただいていて、お店でテーブルとして使っている茶箱も開店祝いでいただいたものなんです」と岡部さんは店内で使用されている年季の入った木製の茶箱を指さした。

    掛川市東山地区で茶草場農法の先駆けとして自園自製のお茶づくりを守る[田中農園]から贈られた茶箱

    お茶業界のために自分ができること

    独立後、広告制作とプロジェクトの企画運営を手掛けてきた経験から、静岡のお茶屋さんのウェブサイトリニューアルや自治体と組んでお茶関係の新規プロジェクトの企画なども行なっている岡部さん。「それは静岡のお茶屋さんに何か貢献させていただきたいということで、何でもやらせてくださいという気持ちです」と腰を低くする。新型コロナウイルスの影響で一層厳しさを増す茶業界の現状を肌で感じながら、自分たちにできることを考えるのだという。

    「数年前に息子さんが跡を継いでくれると言ってすごく喜んでいた茶農家さんが、このままだと普通に会社で働いた方がいいとなって跡を継がせないことにしたとか。京都で有名なお茶を作るエリアを視察しに行ったら、今年は二番茶を収穫しない選択をした農家さんもいらっしゃったとか。かなり衝撃的なことがありましたね。でも、だからこそ農家さんも茶商さんもこれまでと違うやり方を考えているという面は希望だと思います。そこで自分みたいな存在が何か手助けできれば」

    岡部さんを中心とした日本茶関係者7人で結成された「七人のちゃむらい」は、コロナ禍においても各地のお茶の魅力を伝えようとする活動する有志グループ。昨年夏に大雨の被害を受けた九州のお茶屋を応援しようと、ANA WonderFLY上でクラウドファンディングも展開した。この取り組みの陰にも、さまざまな関係者をつなぐ岡部さんの行動力があった。

    「いやいや、七人のちゃむらいで僕は裏方です。事務局的なことも元々会社員経験があるのでできちゃう部分があるので」と謙遜するが、「次のクラウドファンディングでは担い手が少なくなっている和菓子の木型職人を支援するということを考えているところなんです。各地でお茶を通じていろんな人と知り合うと、それが新しいアイデアになる感じです」と、アイデアマンらしさが滲み出る。

    ラーメンズをお茶で

    常にお茶を片手にさまざまなプロジェクトを行なう、そのアイデアの源泉はどこにあるのか聞いてみると、またも意外な話が飛び出した。

    「僕、昔から『ラーメンズ』が好きで。ラーメンズがやるようなコントや演劇の手法とか、映像を使った作品とかに憧れていたんです」

    2000年代、独創的なキャラクターと高い演技力、精緻なコント仕掛けで唯一無二の世界観を生み出し熱狂的な人気を誇ったコントグループ、ラーメンズ。今年、小林賢太郎氏の引退により惜しまれながらも活動に終止符を打つこととなったが、伝説として語り継がれる存在だ。

    「お茶と掛け合わせたら何ができるかと考えていた時期が6年くらい前にありまして。当時は実力もなくて何もできませんでしたが、そこから数年いろんなことをやらせてもらっているうちに少しずつ『できるかも』となってきた部分はあります」

    「意味があるかはわからないんですけど」と笑いながらも、次回のかけがわ茶エンナーレ(2020年予定が今年秋に延期)に向けて温めているアイデアを教えてくれた。

    「手揉みする音とか茶草場農法で葉を敷く音とか、お茶にまつわるいろんな音をフィールドレコーディングして、それに合わせてタップダンサーとパーカッショニストにセッションしてもらうっていう作品を作っています。あと、急須でお茶を淹れる少し面倒な部分をアート素材と捉えて、逆に楽しんだり面白い体験にしてしまうという『普通にはくつろげない茶屋』っていう作品も考えています。お茶を淹れる時に待つ50秒間に歌手が出てきて歌ったり、僕が落語をしたりする。落語の寿限無は名前が長く50秒では終わらないのでお茶が苦くなってしまってハズレなんです(笑)。茶殻を捨てる時はコンテンポラリーダンサーがダイナミックに捨てるとか。お茶とアートがただ隣り同士にいるだけではなくて、しっかりと混ざり合っているものを次はやりたいと思っています」

    リアルなパフォーマンスが目の前で展開することで荒唐無稽な世界に没入していつしか共感している。ラーメンズの世界観からの影響を感じさせるお茶の表現方法とは新鮮だ

    お茶にまつわる岡部さんのアイデア箱からはこれからも面白いものが飛び出してきそうだ。

    「海外の様々な都市にあるイケてる茶屋と私が繋がっていって日本茶ネットワークを作るのが野望なんです。お茶には伸びしろしか感じてないですね! 歴史もある、健康にもつながる、こだわれば奥行きもすごい。可能性の塊、カルチャーなのだと思います」

    岡部宇洋| Takahiro Okabe
    1985年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、海外での開発事業に携わる。自然派茶道教室[星窓]にて茶道を始め、アートとお茶を掛け合わせるユニット「Tea of the Man」などで活動。2018年12月南品川に[茶箱]を仲間とオープン。店舗に立ちながら、静岡の茶業者などのウェブサイト制作やその他広告プロジェクトを手がける。3年に一度開催される「かけがわ茶エンナーレ」は2020年が延期となり、今年秋に開催予定。
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    chaennale.jp
    teaofthemen.jp
    seven-chamurai.com

    Photo: Eisuke Asaoka
    Interview & Text: Yoshiki Tatezaki

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