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茶の季節を待っている 狭山の次世代を担う [横田園]横田貴弘さん <後編>
立春を過ぎ新茶の芽吹きが少しずつ近づいてくるような2月の某日、埼玉県狭山市の[横田園]を訪ねた。前編では、6代目の横田貴弘さんに茶畑を案内してもらいながら、一所懸命に励むお茶づくりの現場を覗かせていただいた。家族経営の[…
2021.02.26 INTERVIEW茶のつくり手たち
時折感じる春の兆し。冬を越えたかと思えば、強烈な寒の戻りで地域によってはまだ雪の注意も必要な2月中旬。「三寒四温」という言葉はもともと中国の冬場の周期的な寒さを表す言葉だったそうだが、日本においてはむしろ春先、ちょうど今頃の天気に当てはまるのだそう。梅の蕾が膨らんでいたり、植木の新芽が伸びてきたり、暮らしの中でも季節の変わり目を感じられて少し気持ちが上向く感覚を抱いた人は少なくないのでは。
暦の上では2月3日に立春を迎えた。ちなみに例年の立春は2月4日。今年は“立春になる瞬間”が3日の23時59分だったため、1分の差ながら一足早い立春となった。今年の節分(=立春の前日)が2月2日だったことを不思議に思った人もいたのでは。なんでも、立春が3日になるのは明治30年以来124年ぶりとのことだ。
「立春大吉」という言葉の通り縁起物でもあり、新しい生命が芽吹き始める季節。『茶摘み』の歌にもある「八十八夜」は、立春から数え初めて88日目、つまり今年は5月1日のことを指している。冬を超え新芽がすくすくと育ち、栄養をたくさん吸い上げた茶葉を収穫できる日へのカウントダウンが始まっている。
昨年来のイレギュラーな情勢が後を引く中、今年の新茶シーズンに向けて励んでいる生産者の姿にフォーカスするために、今回は狭山市の茶園[横田園]にお邪魔した。
2月某日、安全に配慮した上で埼玉県狭山市にある茶園[横田園]を訪れた。風も穏やかな晴天の日、茶畑見学には絶好の天気だった。6代目の横田貴弘さんが笑顔で出迎え、順調に生育している茶畑を見せてくれた。
[横田園]の畑は、貴弘さんの母校である新狭山小学校のすぐ真裏から、道を一本挟んで住宅が立ち並ぶエリアまで続いている。お昼頃には下校する小学生が畑の横を通る姿もあった。畑によって青々していたり少し黄色っぽかったり、葉の色が違う。それらは品種の違いだと貴弘さんが教えてくれた。
「やぶきた、さやまかおり、ごこう、ゆめするが、せいめい、なごみゆたか、おくみどり、はるみどり、ゆめわかば、おくはるか、ふくみどり、べにふうき、さえみどり……今植わっているのでそれくらいあります。今後追加するための幼木も育てています」
13種類もの品種を暗唱してくれた貴弘さん。[横田園]では意識的に多くの品種を栽培し、様々なニーズに対応できるように努めている。やぶきた品種を一部、ハウス栽培もしている。
「5月1日というと世間ではゴールデンウィークが始まっていますよね。そうすると『帰省するのに狭山の新茶を持っていけない』というお声があって、それに間に合うようにハウス栽培も行なっているんです。ハウスだと4月23日ごろから摘めます。お客さんにいかに喜んでいただけるか、というのが私たちの考えなんです」
お客さんに喜んでもらえるお茶を作るということが、[横田園]として心掛けていることであり、またそれは狭山という産地の特徴でもあると貴弘さんは言う。作り手自らがお客さんと直接話しながらどういうお茶が飲みたいか、どんなお茶が好きかを聞く。その距離感が近いことは狭山の特徴であり文化である。
「狭山でトップを走っていらっしゃる方たちは、みなさん総じてしゃべるのがうまいです。お茶の魅力を伝えることに長けている。みなさんいい意味で個性的ですし、お茶も個性的なものが多いと思います」
火入れというお茶の仕上げ方や、萎凋(葉をしおれさせることで香気を高める製法)させたお茶など、栽培から仕上げそして販売までを自社で一貫して行なう狭山の産地システムが、個性的なお茶づくりを促進する下地になっている。
今年31歳の貴弘さんも個性豊かな先輩茶師の背中を追いながら一所懸命にお茶づくりに励んでいる。この週は、お茶の木に栄養を与えるために菜種油のかすから作られる有機肥料をまいているところだった。有機栽培の認証こそ取っていないものの「お茶の木に優しく」育てることを心がけているのだという。必要な薬剤はもちろんあるが、適したタイミングで与えることで最低限の量にとどめるなど、細かな心配りをしているそうだ。「残留が気にならない量と言っても、やっぱり気持ち良くないので」と貴弘さんは言う。
「有機肥料の方が官能評価で優れたものができるという研究もあるんです。微生物も多くなって根の張りもよくなると言われているので有機肥料を中心にしているのですが、ミミズが多くなりましたね。暖かくなってくると肥料にカビがついて分解されやすくなって、だんだん(新茶の季節が)近づいてきているなと感じますね」
ハウスのちょうど向かいには被覆された畑がある。そこは父・泰宏さんから自由にやりたいようにやっていいと任されている畑だそうで、貴弘さんが品評会に出すお茶を育てているところだ。木の根元には藁を敷くことで、雨の降らない間も水分を保ち、また微生物の住処にもなる。よりよい茶の木を育てるために工夫を施している。
「先輩から教えていただいて自分もやってみようと。被覆しているのは越冬の時に青みを残して色をよくする工夫です。品評会で少しでもいい成績を残せるようにやっています」
昨年はコロナの影響で品評会は軒並み中止に。「その分は商品としてお客様にいいお茶をお出しできたとプラスに考えています」と笑顔で答える貴弘さんだが、今年こそはという熱い思いは胸に秘め来るべき収穫の日を待っている。
「新茶を摘む一日のために、残りの364日があるようなものなので。去年一昨年は木枯らしが吹かなかったんです。木枯らしが吹かないと春先に冷え込むという言い伝えがあって、少し異常でした。今年は木枯らしがちゃんと吹いて、自分のなかでは期待していますね。すごく順調に生育してくれているんじゃないかなと思います。でも天気は予想を超えてくるので。去年の話ですが、僕と父が『今年の天気は初めてだよ』って首をひねっていたら妻が『去年も同じこと言ってたよ』って(笑)」
できる限りのことを日々積み重ねる一方、コントールできない天候に影響されてしまう。そうした作り手のお話を伺うと、この日のようないい天気が続いてほしいと願いたくなる。それは素直な気持ちだったのだが、実は雲も風もない日は、陽が落ちた後に放射冷却によって地面が冷えやすく、お茶の敵である霜が降りやすいのだという。お茶づくりは奥が深い。
「新茶の時期は眠れなくなりますね」と貴弘さんは言う。
「あのお茶はどういう風に作ろうとか、ちょっと攻めてみようとか、仕上げはこうしようとか考えて夜眠れなくなりますし、朝も緊張して4時45分とかアラームの前に目が覚めちゃったり。楽しみと緊張のせめぎ合いでアドレナリンが出ちゃうんですよね」
今年の新茶が早く飲みたくなるお話は後編につづきます。
横田貴弘| Takahiro Yokota
1990年生まれ。狭山市でお茶を製造販売する[横田園]の6代目。大学の農学部で農業マネジメントを学び家業を注ぐことを決め、農研機構金谷茶業研究拠点での研修を経て、現在父の泰宏さんら家族とともに[横田園]を支える。
yokotaen.com
instagram.com/tobu.yokotaen
Photo: Taro Oota
Interview & Text: Yoshiki Tatezaki
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