• 稲田浩

    RiCE 編集長

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    人それぞれお茶それぞれの多様な「色」を感じることで、多様性の大切さを感じる特別企画。

    自然の恵みと人の手によって育つお茶をひと口、目を瞑って、ひと呼吸。
    香りや温度、重さや舌触り、空気との触れ合いを経て、目に見える以上の、
    その人にとっての「お茶の色」が心に浮かぶ。

    一人ひとりの感性によりそう、お茶の多様性。あなたにとって、お茶はどんな色ですか?

    稲田浩(RiCE 編集長)

    ライフスタイルが劇的に変化した2020年。家でも職場でもない「サードプレイス」から、働く場所と暮らす場所が溶けていったステイホーム期間、「ファーストプレイス」がクローズアップされる中で「お茶」の特集を組んだ、雑誌「RiCE」編集長・稲田浩さん。リモートワークが主流の生活では時間の捉え方も、オンとオフを分ける形から、シームレスな形に変化しているのではないか、という稲田さんが、ファーストプレイスについて考える上で「お茶」を取り上げた理由は? 今尚変化の最中にあって、あらためて“お茶する”ことの意味についても伺います。

    「そのときそのときによって自分の役割って変わるでしょう。例えば僕であれば、仕事相手、誰かにとっては上司、肩書きは編集者、親と会ったら子どもになるし、初めての人にとっては何かしら新鮮な人に映るかもしれない。役割みたいなのって全部自分の中で、切り替えということでもなく自然に存在しているじゃないですか。これって元々備え持っていた多面性が、モードチェンジというか、ギアチェンジみたいなことではなくて、もっとなめらかに、自然体で連なっていくんじゃないかなと。もともと編集者という仕事柄、オンとオフなど明確に分かれていたわけでもなかったんです。ただ昨年から、いつどこにいても、極端な話、下がパジャマでもオンラインミーティングが成立するようになってから、オンとオフが溶解していく感覚があって。そんなとき、よしこれから仕事するぞとか、よしこれから1日が始まるぞとスターティングポイント、ちょっと覚醒させてくれるトリガーのようなオンの飲み物がコーヒーだとしたら、オン・オフのグラデーション、流れる時間をリアルタイムにその経過とともに味わえるのがお茶なんじゃないかなと。仕事の最中でも食事中でも、ちょっとゆっくりしようというリラックスタイムにも飲める。オンとオフが溶け合っているような時間に、身体に入ってくるものとしてフィットするのかなという感覚がありました」

    ありのままの時間の経過を、リアルタイムで味わう。オン・オフのグラデーションとともに、人と人との関係性における距離感のグラデーションが以前より豊かになった、と話してくれた稲田さん。この日持ってきていただいたお茶は、今年訪れたという埼玉県狭山にある[奥富園]の新茶。それを飲むと、園主・奥富雅浩さんと雑談したひとときさえ思い出されると言います。

    「取材というより、写真家の佐内正史さんと写真を撮りに行くという感じだったから自然に雑談。狭山での昼ごはんのおすすめを聞いたり。帰りに、奥富さんが手渡してくれたのがまさにその時出来たての新茶。奥富さん、もともとバンドマンなんですが、全身でお茶を感じながら、『これでどうだ!』と言わんばかりに主観的な判断で製茶しているように見えた。人がお茶をつくっているところ、茶葉を摘んでいるところから工場での製茶工程まで全部ダイレクトに見させてもらって。摘みたての茶葉を思いきり嗅がせてもらったのは強烈な体験でした。そんなお茶だから、やっぱり飲むとそのときに過ごした狭山の光景を思い出しますね」

    “お茶する”という言葉自体、喫茶店などで人と向き合って時間を過ごすことから、自宅で一杯に向き合うひとときを意味することが増えたように、同じく”お茶”という言葉から思い浮かべる光景や味わい方、スタイルにも多様性が生まれつつあるようだ。今尚続いているお茶の世界の進化と深化。“文化”として親しまれてきたお茶は、今後どこに向かっていくのでしょうか。

    「お茶の文化って、日本においてはずっと積み重なって、千利休に代表される茶道が象徴するように、日本文化の中心にあったと思うんです。芸術の分野から見ても、お茶があるから生まれたものというのがたくさんある。お茶=縦に積み重なっていく“文化”で、横に広がっていく“カルチャー”ではなかった。それがここ1、2年の間に大きく変化してきているんじゃないかなという感覚があります。僕自身、ニューノーマルといわれたこの1年余り、家でお茶を淹れて飲む時間が格段に増えたんですね。文字通り“新しい日常”にあって、逆に自分の原点というか、深いところに降りていく機会が多く、かつて大好きだったボブ・ディランとかニール・ヤングをあえてレコードで聴きながら読書したりだとか、贅沢な時間を味わえた気がします。そんな時にお茶が本当に助けてくれた。だから、とても抽象度が高くて純度の高い、ニュートラルな状態。真っ平らな平原が浮かびます。きっとお茶というのも人によっていろいろな受け止め方だったり、味わい方だったり、付き合い方がある。マルチユーティリティなところが今の時代にフィットしているし、強みになっていく気がします。答えが無数にある。人それぞれ、その時々で役割の異なる自分にとってのお茶を見つけていく。それはお茶が“カルチャー”になっていく萌芽なのかもしれません」


    稲田浩|Hiroshi Inada
    「RiCE」「RiCE.press」編集長。ライスプレス代表。ロッキング・オンでの勤続10年を経て、2004年ファッションカルチャー誌「EYESCREAM」を創刊。2016年4月、12周年記念号をもって「EYESCREAM」編集長を退任、ライスプレス株式会社を設立。同年10月にフードカルチャー誌「RiCE」を創刊。2018年1月よりウェブメディア「RiCE.press」をローンチ。
    rice.press

    Photography: Kisshomaru Shimamura
    Text & Edit: Moe Nishiyama & Yoshiki Tatezaki

    人それぞれお茶それぞれの多様な「色」を感じることで、
    多様性の大切さを感じる特別企画。
    自然の恵みと人の手によって育つお茶をひと口、
    目を瞑って、ひと呼吸。
    香りや温度、重さや舌触り、空気との触れ合いを経て、
    目に見える以上の、
    その人にとっての「お茶の色」が心に浮かぶ。
    一人ひとりの感性によりそう、お茶の多様性。
    あなたにとって、お茶はどんな色ですか?

    COLOURS BY CHAGOCORO