• 「お茶に火を入れるとは?」[和田長治商店]の炭火火入れ茶
    Ocha SURU? Lab. お茶の仕上げ編 Part 2

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    私たちの日常のライフスタイルがたえず変化するなか、
    お茶のあり方はどうだろうか。

    「暮らし」と「お茶」との間に「問い」を立て、
    現代の感覚で私たちなりの「解」を探求する「Ocha SURU? Lab.」。
    その探求の道のりの中で、
    皆さまの日常の中の「お茶する」時間が
    より楽しいものになればという想いとともに、
    CHAGOCORO編集部が総力を挙げて研究を重ねていきます。

    これまでのOcha SURU? Lab.の記事も合わせてお楽しみください。
    シーズン1:Licaxxxさんと一緒に お茶にハマる。 お茶するラボ、始めます。 Ocha SURU? Lab. Part 1
    シーズン2:自分の感覚で選べるお茶とは Ocha SURU? Lab. 一煎パック編 Part 1


    お茶はどのようにして私たちの手元に届くのか?

    私たちの手元に届くお茶を仕上げるのが、製茶問屋と呼ばれるポジション。

    製茶問屋の仕事の一つ目は、生産者が育てて一次加工したお茶=荒茶の質を見極めて仕入れをすること。次に、その荒茶をさらに洗練させるために仕上げ加工をすること。

    なかなか見る機会のない仕上げ加工の工程を、座学ではなく体感するために訪れたのは静岡市で70年以上製茶問屋を営む[和田長治商店]。前回のPart 1では、昔ながらの篩などを使用した「選別」の工程を、3代目の和田夏樹さんと職人さんたちに解説を交えて実演していただいた。

    荒茶と呼ばれるお茶の原料を選別することで、葉の部分、茎の部分、粉の部分などを分け、それぞれでサイズの大小を細別したり整えたりすることで、より美味しく美しいお茶が私たちに届けられることになる。

    料理のように、材料を切り揃えて、火が入りやすいもの入りにくいものそれぞれを適切なタイミングと時間で調理していく。そんなイメージでお茶は仕上げられるのだそう。 “料理”の仕方は製茶問屋ごとに違うそうで、そこがまた奥深い日本茶の楽しみといえる。

    [和田長治商店]には、日本でもここだけという、炭火の火入れ機が存在する。先ほどまで解説を受けていた選別機の右奥に目を移すと、レンガの上に載った棚があり、その足元にはゆらゆらと赤い火が揺れている。

    今回、お茶の仕上げ作業を一緒に体感しているのは、伊藤園で専門店向けの茶葉商品を扱う鈴木麻季子さん。焙煎機の前にしゃがみ込み、窯の中をのぞく。整然と並べられた炭が、赤く光りながら、時々白と赤と青が混ざり合ったような炎の影を浮かべる。静かに燃える炭からは、煙は出ていないように見える。

    鈴木 これは何年くらい使われているものなんですか?

    和田 50年いかないくらいですね。これは2代目なんですけど、たぶん次に造ってもらおうとすると、造り方からもう一度研究しないといけない。でもこれは受け継いでいくべき文化だと思っているので、続けたいですね。

    鈴木 温度はどれくらいなんですか?

    和田 一応、温度計は付いているのですが、数字よりも職人の感覚が頼りですね。11段の棚に茶葉を広げて入れています。炭からの火が当たるのは下の段なので、入れ替えながら均等に火を入れていきます。扉を開けた時に中から出てくる香りや、茶葉の色づきを見て、思い描いた状態へと近づけていく作業です。職人がつきっきりで、状態を見ながらお茶に向き合わないといけないので、効率性が高いかというと決してそうはいえないですね。

    より効率的な方法がある一方で、それでも昔ながらの炭火をつづける理由は「伝統と文化を継ぐことができる静岡の製茶問屋としての使命と男のロマン」と和田さんは語る。

    炭火は一度火を起こして安定させてからようやく火入れを始めることができる。夏場の暑い時期は過酷なので、ふつうは炭火での火入れは行わないが、この文化を感じてもらいたいとこの日は炭火を入れてくれた。

    徐々に甘い香りが強くなってくる。

    肉にしても魚にしても野菜にしても、火が入ってきたときに上り立つ香りは、「美味しそう!」と食欲をそそるものがある。お茶にしても同様に、何か美味しそうなものができあがっているということを直感できる香りが立ってくる。

    「おぉ、すごい! 全然違いますね。いい香り」と、ほかほかの茶葉を抱いて香りを確かめる鈴木さん。

    下の2枚の写真は火入れ前(上)と火入れ後(下)を比較してみたもの。色の違いは微妙だが、火入れ後の方が少し締まって落ち着いたような緑色になっている。

    火香ひかと呼ばれる、火入れによる香りは実は身近な日本茶の味において重要なもの。しかしながら、焙煎香というほど香ばしくはない。あくまで、お茶が持つ風味の特徴を伸ばしてあげるのが火入れの役割。伸ばすといえば、仕上げの火入れによって茶葉の水分量が減少するため、保存期間が伸びるという製品としての機能性にもつながっている。

    ちなみに、炭火のお茶には燻したような香りはつかない。焼き鳥のイメージで“炭火の香り“を思い浮かべがちであるが、[和田長治商店]が昔ながらの火入れ方法として受け継ぐこの「炭火茶」では、火はクリアであり、煙が茶葉を包むということもなければ、お茶の香りを消すことはない。炭火の遠赤外線効果で、お茶本来の香りが芯から引き出される。

    和田 うちで炭火で火入れをするのは、本山のお茶です。静岡市を流れる安倍川上流でつくられる本山のお茶は形がしっかりしていて、炭火でじっくり火を入れてもそれに負けないポテンシャルがあるんです。

    良いお茶をより美味しく。お茶の味を決める最重要の工程といえる火入れ。お茶に香りを加えポテンシャルを引き出すことにおいて火入れが担う役割は大きい。さらに面白いのが、火入れのスタイルは製茶問屋によって千差万別といえるほど。
    しっかりと火香があってこそお茶!という人もいれば、
    お茶の葉本来の、生っぽい、青々しい香りを最大限表現したい!という人もいるという。

    そこに正解はないわけだが、だとすれば、正解のない世界を楽しむ主役は私たち飲み手であり、そしてそこには好みのお茶でつながり合える作り手とのストーリーが生まれてくるのかもしれない。

    工場で火入れを体感した後、オフィスにて火入れしたてのお茶をいただく。火入れ機の前で一層熱くなっていた身体に、水出しのお茶は爽快そのもの。「火が入るとキリッとして、水出しも美味しいですよね」と言う和田さんに、一同は異口同音に肯く。

    試しに荒茶も試飲させていただく。質の良いお茶ということもあり、荒茶の状態でも十分に美味しい。しかし、火入れ後のお茶と飲み比べてみると味と香りの印象は違っていて、荒茶の場合、新鮮な野菜を茹でたような、少し青々した感じがある。少し舌に残る感覚もあり、そのあたりに「火入れでより洗練されたお茶になる」という意味が感じられる。

    さらに、和田さんは今年の静岡茶市場の初取引において最高値で落札したお茶も淹れてくれた。

    ピンと茶葉一本一本が美しいこちらのお茶には火入れはしていない。独特の旨味が口に広がり、それを追いかけようと感覚を傾けると、すーっと余韻を残して軽やかに引いていく極めて上品なお茶。

    火入れによる表現の幅があれば、また火入れ以外の表現にも奥行きがある。

    茶葉一本一本に値段がつけられるほどの特別な例外ではあるものの、一層奥深い日本茶の世界を感じさせていただいた。

    鈴木 選別や火入れという工程については本で読んだことはありましたが、今日は職人さんのこだわりを聞きながら、実際に茶葉にも触れさせていただいて、より一層その意味と価値を感じられる体験をさせていただきました。知らなかったら多分、『美味しい』で止まっていたところが、自分の感覚の深みが増すというか。私にとってすごく新鮮なことでした。

    和田 香りが徐々に強くなってくる感覚とか、やはり実際に見て感じていただかないとわからないことはありますよね。言葉だけではなくて、体感していただけたのはよかったです。

    鈴木 実際に目で見てみて「ほんとに『荒茶』なんだ」とか「こうやって『火入れ』するんだ」っていうのがわかったというか。知ることによって、普段飲むお茶にもより興味が湧いてきました。

    工程一つひとつを大切に、その意味や価値をしっかりと守っているお茶のプロの方々にリスペクトを。

    火入れが終わった茶葉が次に進むのは、「合組」というブレンドの工程。ここではどんな面白さが生まれるのか、次回のOcha SURU? Lab.をお楽しみに。

    和田夏樹|Natsuki Wada
    静岡市に1950年創業の[和田長治商店]の3代目。同店では、静岡茶市場で行われる新茶初取引において42年連続で最高値落札をしている。名物である炭火茶など、昔ながらの静岡の茶文化を引き継ぎながら、次の世代へその魅力を発信している。強豪・清水東高校サッカー部出身。好きなクラブはレアル・マドリード。
    sumibicha.com
    instagram.com/wadatea

    Photo: Yuri Nanasaki
    Text & Edit: Yoshiki Tatezaki
    Produce: Kenichi Kakuno (Itoen)

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