• 来る秋の養いレシピ
    [鎌倉 蕾の家]佐藤千佳子さん <後編>

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    伝えたいのは「手仕事」

    由比ヶ浜の広々とした砂浜から歩いて10分ほどのところにある古民家カルチャーハウス[鎌倉 蕾の家]。そこで女将として料理やお茶のことを担当する佐藤千佳子さんに、季節の料理とお茶をご紹介いただいている。前編では、「養いの碗」に「走りと旬と名残と」という2皿をいただきながら、1煎、2煎と急須を自分の手に取りお茶を淹れた。この日のお茶は2種類から選ぶことができた。熊本県水俣で無化肥・無農薬のお茶づくりを行う[桜野園]の「むかし釜茶」(釜炒り茶)と、静岡・川根産の深蒸し茶。

    その時々の食材を、余計なものを使わずにシンプルかつ丁寧にこしらえられた料理。自分で急須を持ってお茶を淹れると、食べる時間が能動的な体験になる気がする。

    [蕾の家]のコンセプトは「手仕事の中に生きる日本人の美意識を次世代に伝える」ことだと佐藤さんは話す。梅干しや味噌、漬物を仕込むこと。そこには、塩など最低限の調味料を使って、発酵などの自然の力を借りた賢い知恵がある。梅仕事をする季節になれば、家族やご近所が集まって膝を突き合わせて手を動かす。みんなで大量に作って、みんなで分け合って食べる。思えば、お茶がつくられる風景もそれに似ている。季節が来ればみんなで畑に出て、お茶をつくり、「お茶でもどうぞ」と言って自然に集いの時間が生まれる。

    急須でお茶を淹れさせてもらいながら、これも小さい単位の手仕事と呼べるかもしれない、と思った。

    「そういったことを伝える、体験してもらえる場所にななれたらいいなと思っているのです。次にお出しするのは、私的にはメインと言ってもいい『蕾の手仕事』という一皿です。

    特に柴漬けは、お酢を使わず塩だけで漬けているのに乳酸発酵のおかげでとてもいい酸味が出せた一品。その発酵も気温が23度以上じゃないとできないそうで、まさに日本の知恵と手仕事のなせる業だと思います」

    「蕾の手仕事」

    写真左から、出汁を取った後の昆布で作った佃煮に、塩だけで漬けた茄子と胡瓜の柴漬け、その奥には梅干しと麹味噌、そして糠をつけたままの糠漬け胡瓜。この5種がこの日の手仕事の皿だ。それぞれに甘さ、酸っぱさ、塩味や旨味がちょうどよく、しっかりと味わいがある。普通であれば箸休めとして供されるであろうところ、佐藤さんがメインと言いたくなるのもうなずける。

    昆布の佃煮
    【材料】昆布(出汁を取った後のもの、700g)、水(たっぷりかぶるくらいの量)、米酢(30ml)、酒(60ml)、醤油(60ml)、粗製糖(40〜50ml)、みりん(適宜)、新生姜(適宜)
    ❶出汁を取った後の昆布をごく細く切り、たっぷりの水と少しの酢で柔らかくなるまで2時間ほど炊く。
    ❷酒、醤油、砂糖を加え、汁がなくなるまで炒り煮する。
    ❸最後にみりんを適宜加えて好みの味加減に整える。
    ❹新生姜をごく細く切ってさっと熱湯に潜らせ、ざるに上げる。冷めたらキュッと絞り、❶に混ぜる。
    (麹味噌、柴漬け、糠漬けなどの仕込みに興味がある方はぜひ[蕾の家]でのワークショップ開催にご期待ください)

    「ごはんひとくち」

    手仕事のお漬物たちといただくのはご飯とお味噌汁。

    ご飯は土鍋で炊き立てのもの。でも、それだけではない。一手間かけた茶殻を混ぜた、茶殻ご飯だ。「茶殻は一度冷水で締めて、塩をふってあります」と佐藤さんが調理のポイントを教えてくれた通り、しっとりとしてご飯によく馴染み、かつ歯切れ良く、塩加減もちょうどいい。さらに、その上にのった煎りたての鰹節の香りも相まって、幸せな気分にさせてくれる。

    「この(鰹節が入っている)曲げわっぱは、私の宝箱です。買った時、『大切にお使いいただければ20年は持ちます』という手書きのお手紙が入っていたのですが、もう30年使っているんですよ」と嬉しそうに見せてくれる佐藤さん。いいものを使いつづけるって、羨ましい。

    厨房にある料理道具も木製の物が多い。使う人がいてこその道具だと改めて感じられる

    魚が焼きあがれば、メインディッシュのお茶漬けの時間。

    先に“ひとくち”いただいた茶殻ご飯をもう一度よそっていただき、そこに焼いたカマスと茗荷の千切り、青のりをのせる。あとは急須から3煎目を注ぎ入れるだけ。ほのかに香り、渋味と苦味が落ち着いた3煎目のお茶が、碗に盛られた食材それぞれの繊細な味わいと調和する。

    「私、子供の頃、ご飯を少しだけ残す癖があったようで。その時に、お祖母ちゃんが漬物とかをのせて、『これで食べなさい』ってお茶をかけてお茶漬けにしてくれたというのが原風景としてあるのです。今日はカマスですが、これは季節によって変わります。お茶漬けには少ししょっぱくした方が合うので、塩漬けして干しています。最後にのせた青のりは熊本・八代のもので、(佐藤さんが参加している日本茶ユニット)七人のちゃむらいのメンバーが熊本のお茶を見に行った時に見つけてきてくれたものです。お茶のつながりで知った食材のひとつですね」

    【材料】カマス(1/2尾)、塩水(塩分20%)、茗荷、青のり(各適宜)
    ❶三枚に卸したカマスを塩分20%の塩水に数分浸け、水気を拭きとり一夜干しする。
    ❷ご飯に焼いたカマス、茗荷千切り、青海苔を乗せ、好みのお茶の3煎目(2煎目でも)を熱々で注ぐ。

    美味しさをじっくり味わいつつも、気持ちよく喉を通り過ぎるお茶漬け。その後には、無花果を使ったデザートまでいただいた。

    無花果のコンポート

    白ワインやレモンを使うことが多いコンポートだが、こちらはお酢と甜菜糖を使い無花果の甘みを活かした仕上がり。作り込みすぎず、季節ごとの果物の味を楽しんだり、節気を祝ったり祈ったりするお菓子を大事にしているという佐藤さん。「そんなことやってると一年があっという間なんですよ」と笑う。

    最後のデザートは、佐藤さんが淹れたお茶と一緒に。

    【材料】無花果(5個)、米酢(60ml)、甜菜糖(90〜100g)
    ❶無花果を皮付きのままガーゼで丁寧に洗う。
    ❷洗った無花果を鍋に丸ごと入れ、米酢と甜菜糖を加えて紙蓋をする。
    ❸中火で10分炊き、そのまま冷ます。好みで煎ったきな粉をかける。

    小さく整えながら暮らす

    お茶に合う料理を前提に、食事としての満足感と、お茶を邪魔しない味付けや調理法(例えば油を控え煮炊きを軸にすること)を意識してコースを組み立てるのだという佐藤さん。バランスの妙を堪能した後、改めて佐藤さんにお茶について聞いた。

    デザートに合わせる、岐阜・東白川村[添い]の在来の煎茶「藤」を淹れる。美濃白川茶と美濃紙の文化を大切に日常に寄り添うものを提案する[添い]は佐藤さんのお気に入りのひとつ。それだけで“美味しい”と感じさせるような力強い香りに、口の中で広がる心地よい甘さ

    「お茶っていいなって思ったのは、マレーシアでオープンする日本茶カフェの和菓子づくりを担当して現地に滞在した時。お茶担当で静岡のお茶屋さんもいらっしゃっていて、毎日いろんな種類のお茶をみんなに淹れてくれて。今まで飲んだことないようなお茶を飲んで『お茶ってこんなに美味しいんだ』と思いました。それから日本に帰って日本茶インストラクターの勉強をして資格を取って。それが4年ほど前の話なので、お茶については新参者です。それからお茶の縁で各地の産地を見せてもらいました」

    かつて各地のおばあちゃんの料理を自分の中に吸収して残したいと思ったのと同じように、各地で今飲んでおくべきお茶に出会いながらお茶の世界を広げている。そして、そうした食やお茶との出会いのありがたさは、今のような時代にこそ確かに感じられるものなのかもしれない。

    「今も、何が起こるかわからない。そんな時こそ、日々小さく整えながら暮らしていく、というような術を持っているかどうかで心も身体も違ってくるのかなと。お茶はそれを日常に取り入れるいい方法なんじゃないかなと思います。『機嫌よく生きる』が[蕾の家]の“家訓”。そうした生き方につながる、お茶のあるくらしを広めていく一助になれたらと願う毎日です」

    佐藤千佳子|Chikako Sato
    東京都出身。日本茶インストラクター。四季折々の食材を活かした料理教室を20年以上に渡って主宰、企業向けの栄養アドバイスなども務める。今年3月にリニューアルオープンした[鎌倉 蕾の家]では女将として季節の料理とお茶、それに連なる日本の暮らしや手仕事の文化を伝えている。
    お茶と料理のコース体験や料理教室は予約制。蕾の家インスタグラムアカウントから。
    instagram.com/tubomi.tea
    instagram.com/siwori17

    Photo: Taro Oota
    Interview & Text: Yoshiki Tatezaki

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