• いつでもフラットでいられる場所に。
    JINNNAN HOUSEの茶室を彩る
    アーティスト・新城大地郎さん
    <後編>

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    いつでもフラットでいられる場所に。 JINNAN HOUSEの茶室を彩る アーティスト・新城大地郎さん <前編>

    渋谷の真ん中で、「書」を書く 2020年2月28日、茶食堂・フードトラック・イベントスペース&ギャラリーが融合したミニマル複合施設「JINNAN HOUSE(ジンナン ハウス)」が、渋谷区神南にグランドオープンした。 茶…

    2020.03.10 CHAGOCORO TALK

    終わりも始まりもない「円」の魅力

    前編では、制作風景を特別に披露してくれた新城大地郎さん。穏やかな茶室のなかでお茶を飲んでいただきながらインタビューさせていただいた。

    ― 今回、[JINNAN HOUSE]の茶室[hanare]に飾る掛け軸のための作品を制作されましたが、まず今回のプロジェクトを聞いたとき、どのように感じましたか?

    実は、JINNAN HOUSEの茶食堂[SAKUU 茶空(サクウ)]をディレクションする福田春美さんに、「ものすごくアバンギャルドなお茶の煎れ方をする人がいた」と、江戸時代の黄檗宗(おうばくしゅう、日本の三禅宗のひとつ)の僧で煎茶の中興の祖である売茶翁(ばいさおう)の話を聞いたんです。当時の遊芸としての「茶」の型を崩し、自由なものにしました。ぼくの表現にも通ずるところもあり、今回のお話をいただいたときに接点を感じました。

    ― モチーフである円はどのようにして生まれたのでしょうか。

    禅における書画のひとつに円相(えんそう)というものがあります。円は角がなくてフラットで、終わりと始まりがありません。最初は「言葉」を書くことも考えたのですが、人や情報に溢れた“安定しない”東京のなかにある茶室だからこそ、リアルなものを表現したかったんです。あらゆるものに捕われていく世の中に対して、ほっと一息できるような場所にしたくて、ロジカルな言葉ではなく円を書こうと思いました。

    茶殻を煮込んだ墨で、力強く円を描く

    ― 円の後に「喫茶去(きっさこ)」と書いたのも印象的でした。

    「喫茶去」は、茶席の禅語で「お茶をおあがりなさい」という意味です。中国唐代の老禅匠・趙州和尚は、来山する客人に分け隔てなく、「お茶をどうぞ(喫茶去)」と言ったんです。彼の感覚のように、何事にも捕われず、無で考えられることが大切だと思います。だから、この茶室もそういう場になったらいいなと思いました。

    ― 書かれた作品は、ひとつの円もあれば、いくつかの円が集合しているものもありました。

    円を人に見立てると、個と集合です。書で書く円にはひとつとして同じものはありません。円は手のひらでもあり、茶器をもった手のひらを見るように、一人ひとりが異なることを表しています。

    ― たしかに、たくさんの人がお茶を飲んでいる様子を俯瞰しているようにも見えますね。

    正解は「こうです」とは言いたくはないんです。それぞれの見方感じ方ですので、正解はそれを見る人それぞれです。

    制作中の新城さん。ときに顔を覆い、自身に問いかけているような姿もみられた

    ― 小さいころから禅のお話がお好きだったのですか。

    ぼくの祖父はお坊さんで、禅の哲学は祖父から影響を受けています。書は5歳から始めました。修行のひとつである禅問答は、座って無の境地を問い続けるしかないんです。「このお茶は水からできているのか」、「では水は何からできているのか」、「コップは何か」と、いまあるものを疑い続け、問い続ける。そういう問いからぼくの作品はできていると思います。

    ― おじいさんの影響を受けているのですね。

    そうですね。沖縄には琉球王国時代からいまの日本になるまで支配変化の多い歴史がありますが、変わってこなかったのは信仰です。神社や寺や教会のような宗教施設とは別に、御嶽(うたき)があります。祭祀を司るツカサたちがいて、村のための祈りがありました。強引に変化していく国の側で変わらないものがそこにある気がします。祖父は禅の立場から民俗学も勉強していたのですが、そんな土着信仰のある中で、祭祀の際は禅のお坊さんは周囲にあまりよく思われていなかった。でも、祖父は各集落へ通い続けじっと向き合っていました。そういうことが祖父の「問い」だったんだと思います。

    ― 新城さんも問いながら、作品を制作しているということですね。

    はい。書いているときは、「意識的に無意識たる」ことを目指しています。ギリギリのところまで書き続けたときに現れたものは何にも捕われていない。そしてまた意識に捕われて、という繰り返しをしています。お茶でも「自己とは何か」を感じられるように考えてもいいと思います。

    ― 書き上がった円は、躍動感があり素晴らしいです。

    上手い下手ではないんですよね。筆にどれだけ気持ちが乗ったかどうかが大事なんです。今回書いたのは、「ただの円」です。円は誰にでも書けますよね。けれども、円からいろいろなものが見えてくる。ただの円だけど円ではないのが喫茶去の円なんです。

    実際に書いた「喫茶去」を茶室に貼り、仕上がりを確かめる新城さん

    ― 人が多い渋谷でも、このJINNNAN HOUSEだけは緑も多くて余白を感じられますよね。

    そうですよね。ぼくは島出身であることをラッキーだと思っています。最初に東京に来たときはカルチャーショックでした(笑)。電車とか…あれは暴力ですよ。あれは「普通」ではないですからね。怖いもので、ぼくも上京してから冷たい人間になっていたときもあるんです。だからこの茶室は自分を見つめ直して「赤ちゃんに戻る場所」になるといいですね。

    ― 素敵ですね。今後の作品づくりに向けた思いはありますでしょうか。

    常に「問い」を立てて、自分が思うことを、きちんと出していきたいです。

    新城大地郎 / DAICHIRO SHINJO
    1992年沖縄県宮古島生まれ。静岡文化芸術大学卒。禅僧の祖父を持ち禅や仏教文化に親しみながら、幼少期より書道を始める。現代的で型に縛られない自由なスタイルで、伝統的な書に新たな光を当てている。最近はロンドンなど海外での制作活動も行なう。2017年10月Playmountain Tokyoにて初個展「Surprise」、2018年TRUNK HOTELロビーにてインスタレーションを開催。祖父・岡本恵昭氏の写真と新城さんの書を合わせた展示が昨年11月宮古島で開催。
    daichiroshinjo.com
    www.instagram.com/daichiro_(Instagram)

    Photo: Megumi Seki
    Text: Rie Noguchi
    Edit: Yoshiki Tatezaki

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