「日常に、小休止を。」をコンセプトに、伊藤尚哉さんと松下沙彩さんが提案する日本茶ブランド[美濃加茂茶舗]。前編に引き続き、お茶にルーツがあるわけではない二人がお茶プロジェクトを始め、会社として独立しブランドを続ける決断をした背景から聞いていく。
お茶は日常の「小休止」
伊藤 [美濃加茂茶舗]をおよそ1年やってきて社内で報告するときには、もっと茶業の課題に対して何かできるブランドにしていきたいという意識が強くなってきていました。当時の代表からも「美濃加茂茶舗は伊藤くんが引っ張ってやって、ゆくゆくは独立してほしい」ということも言われていましたし、2ヶ月くらいの間に、やっちゃおうぜ!みたいな感じで「茶淹 ちゃえん 」を創業しました。
岐阜県美濃加茂市に店舗を構えるところからスタートした初期の[美濃加茂茶舗]は、元々地域活性という文脈があった。名産地・東白川村のお茶を使いながら、その産地にもコミットしていくにつれて、「より茶業に対していい影響を与えたい、そのために自分たちにできることって何だろう」という思いが強くなっていったのだと伊藤さんは語る。急展開ではあったものの、松下さんも「せっかくつながった縁をここで終わらせるわけにはいかない」と伊藤さんと二人三脚で進むことを決心したという。
松下 社名を考えたときに、彼は名前が伊藤なので、「伊藤園」にしようかと冗談半分で言ったりもしたのですが、それは怒られるね、と。あとやっぱり「園」という字だと生産者寄りのイメージがあるなと。私たちはお茶のルーツを持っていないですし、どちらかというと「淹れる」ことやその時間、シーンを広めていく立場だから、そちらにフォーカスした方がいいんじゃないかということで、「茶淹」に決めました。それからどんなメッセージを掲げるべきかということも二人で話し合いましたね。
伊藤 お茶を現代の暮らしに合った形で提案したい、という方向性は独立以前から変わっていませんが、2020年以降は「小休止」ということにフォーカスするようになりました。自分自身サラリーマンをやっていて、お茶を飲むという時間を改めて知って、それがすごく心地よかったという体験をして。そういう体験をもっとつくっていきたいと思っています。もちろんお茶の味は美味しいし、香りもすごく良いし、沼にハマるような特性もありますけど、まずはお茶を飲む、その“時間”というのをもっと提案してみたいという考えで「小休止」というのはすごくいいんじゃないかなと。独立したときにそれは二人ですごく話し合って決めましたね。
ハードな営業をこなした時期があったからこそ、お茶が生活のなかの「小休止」になることを身に沁みて感じたのだという代表の伊藤さん。「とても抜かりなく、徹底した仕事をする人」と厚い信頼を寄せる松下さんと二人で、そうしたお茶の時間を提案している
言うなれば、ごく一般的な会社勤めをしていた二人。お茶の時間にたすけられる感覚を覚えたのは、現代のライフスタイルのなかで忙しく働いていたからこそなのかもしれない。「自分にとっては毎日飲んでも飽きないお茶」と松下さんが語る東白川村のお茶と、その作り手にも惚れ込み、[美濃加茂茶舗]をつづける理由は十二分だった。
「お茶を飲みたいけど飲んでない人」と 「急須で淹れる人」とのギャップを埋める
茶葉を買ってもらうだけではなくて、いかにお茶をつづけてもらうかを考える。
現在、毎月行なっているワークショップにもそうした考えがベースにある。「お茶を自分で淹れる」ということを試してみると意外とたくさんの疑問が湧いてくるもの。そうした初心者の目線でお茶を見つめ直せるのも二人の特長といえる。
松下 コーヒーと違って、お茶って習わなくても淹れられる気がするんですよね。でも淹れてみるとあんまりわかってないというか、自己流になってしまうので、一度ちゃんと習ってみたいという方は多いですね。最初においしく淹れられなかった体験をすると嫌いになっちゃうじゃないですか。私もいろんなお茶を試しだしたときに、淹れ方がわからない茶葉が意外に多かった経験があったので、つづけてもらうための基本のマニュアルは必要かなと思いますね。
その言葉通り、[美濃加茂茶舗]の茶葉パッケージには、茶葉のグラム数、お湯量・温度、浸出時間がわかりやすく記載されている。伊藤さんはさらに、急須を持つには至らない人たちにとっての入り口になるものが必要だと話す。
伊藤 「お茶は好き」ってみんな言うんですけど、それでも急須を買うハードルは高いなと思っていて。なので、お茶を楽しむためのシーンとか道具をちゃんとつくりたいと元々思っていたんです。そんなタイミングで「TENT」というクリエイティブユニットのお二人にお話しする機会があり「最近お茶を飲むようになった」「けどちょっとめんどくさい」というお話が出てきたんですよね。「リラックスして仕事したり企画を考えたりするのにお茶はやっぱりいい」「お茶飲みたいんだけど、ちょうどいい物ってないですよね」「どういう形がいいんだろう」という話のなかでいろんな案が出てきて、これは形にしたいというところから生まれたのが「CHAPTER」です。
[美濃加茂茶舗]初のオリジナルプロダクトとなった、新しい時代の湯呑み「CHAPTER」(¥4,378円)。TENTがデザインディレクションを担当、岐阜県多治見の[丸朝製陶所]が製造している
カプセルのような形状のデザインは、蓋つきの湯呑みになっている。ティーバッグを入れてお湯を差して、蓋をして待つだけという手軽さは、仕事中にもちょうどいい。
カフェのテーブルにも馴染む。デスク周りでは急須の持ち手が意外と引っかかるリスクになり得るので、実用面でも選ぶ人が多そう
松下 ゼロ(お茶を飲まない)と急須の間が何もなかったので、その間にもうワンステップあったらいいなと。そこからいずれ急須も買ってくれたらいいなぁという思いももちろんあります。お茶を飲むシーンとしても、家でゆっくりするときだけではなくて、みんな毎日働いているだろうから仕事中にもお茶を、という提案も必要だと考えました。購入者にアンケートを取ってみると、結果としては「仕事中」と「夜のリラックスタイム」に飲んでる人が同じくらいで、それぞれの使い方をしていただいてるのがいいなと感じています。
伊藤 茶淹という会社を立ち上げて、「小休止」というテーマを掲げて、その想いを体現するのがCHAPTERというプロダクトなので、これをもっと多くの人に届けていきたいと考えています。日本国内でしか売れないものではないと思いますし、国内外問わず広がっていくといいなと思っています。
二人が強い想いを込めるCHAPTER。最近では、「KonMari Method™️」が世界的にブームとなっている近藤麻理恵さんの公式ウェブショップ(英語版)にセレクトされるというサプライズもあったのだそう。海を越えて、お茶による小休止の時間が増えるか、期待は膨らむ。
他にも、ほうじ茶カヌレをつくってみたり、V60というスタンダードなコーヒードリッパーでもお茶を淹れられるレシピを開発してカフェでの導入を進めたり、お茶とのタッチポイントを増やして、少しでもお茶の時間が増えるアイデアを考えているという。
伊藤 『お茶どうですか』ってご提案させていただくと、『お茶は興味があるから教えてほしい』といった感じで言っていただけることが多いです。それが仕事につながっていくのはすごく面白いですね。
新規開拓にはかつて飛び込み営業で鍛えられた経験が活きている様子。何より、「お茶の営業は楽しい」と嬉しそうに話す表情が印象的だった。
伊藤 [美濃加茂茶舗]だけでお茶のブームを起こすなんていうことはできないですし、それを狙っているわけでもない。ですが、“お茶を飲んでくれた人にお茶を好きになってもらうこと”に対しては、これからもちゃんと意識してやっていきたいと思っています。まだまだ自分はお茶のことを知らないと思っているので、自分自身もっとお茶の面白さを知ってご提案できるようになりたいです。
取材終わり、今年5月に「MIRAI TOWER」と名を変えた旧・名古屋テレビ塔をバックに写真撮影。タワーに連なる大通公園も再開発が終わったところなのだそう。
名古屋といえば喫茶店文化が根強い街だ。そこで、煎茶を広めていくことはなかなかのチャレンジのはずだが、「逆に、ここで煎茶がある程度受け入れられたら、もっと他の地域でもお茶の面白さに気づいてもらえる人が増えるのかなって、期待感としてはありますね」と伊藤さんはむしろやりがいを感じているようだった。街が変わっていくように、お茶を通じてそこに暮らす人たちのちょっとした時間も変わっていくだろうか。二人のこれからに期待したい。
伊藤尚哉|Naoya Ito 株式会社茶淹代表取締役。2016年、名古屋の日本茶専門店・茶問屋に勤務。2018年、日本茶インストラクターの資格を取得。鑑定試験正答率100%という好成績と専門性が評価され、市部内最年少で日本茶インストラクター支部役員に就任。2019年[美濃加茂茶舗]を立ち上げ、店長に就任。2020年、株式会社茶淹を創業し現職。
松下沙彩|Saaya Matsushita 同取締役。2007年より広告代理店にて国内企業のコミュニケーションプランニングに従事。2019年フリーランスとなり、[美濃加茂茶舗]立ち上げ期よりプロジェクトマネージャーとして参画。同年、日本茶アドバイザーの資格取得。2020年、株式会社茶淹を共同創業。
Photo: Taro Oota Text & Edit: Yoshiki Tatezaki