コーヒーチェーンからコンビニ、スーパー、自動販売機まで、気づけば「抹茶ラテ」は人気カフェメニューの一角を担う存在になっている。ここ数年来、海外から逆輸入的に“matcha”の魅力が見直され、ラテの他にもスイーツなどに活用されるなど、抹茶はポップなイメージで幅広い層に定着している。
ここ西荻窪の[Satén japanese tea]は、CHAGOCOROではすでにおなじみ、小山和裕さんが店主を務める日本茶カフェ。
3年前の開店以来、抹茶ラテは[Satén]の看板商品として人気を集めてきた。平日の午前中から、抹茶ラテを求めるお客は多く、きれいに描かれた緑のラテアートは一日何枚写真に撮られるんだろうと思うほど、とにかく訪れる人々の目を輝かせている。
今年10月には、小山さん(株式会社抽出社)が主催を務める「Japan Matcha Latte Art Competition」の第4回大会が原宿で開催された。従来のお茶のイベントとは全く異なる雰囲気で、日本茶の裾野が広がる現場を目撃したような気がした。
“ポップで流行りの抹茶ラテ”と見られがちではあるが、その裏には深い考えもあるようだ。[Satén]の小山さんを訪ねて、「抹茶」について改めて伺った。
抹茶ラテを“入り口”に
西荻窪駅を南口から出て右へ、5分ほど線路沿いを歩くと[Satén japanese tea]が見えてくる。お茶を頼めば一杯ずつカウンターで淹れてくれるが、背筋を伸ばして入るような感覚はなく、ほどよいカジュアル感で楽しめる。道路に面した2面が外に開けていて、空気がよく通り心地がいい。
「初めての方でも入りやすく、なおかつお茶の違いが分かるのがラテなんです」
“なぜラテを出すのか”という問いにシンプルに応える小山さん。たしかに、きれいな見た目にミルクの柔らかい飲み口は、渋い・苦いと思われがちな日本茶のいい入り口のはず。
エスプレッソにスチームミルクを混ぜる「カフェラテ」という飲み方の良さは、小山さん自身が実体験として感じたことがあるという。
「僕、20歳くらいまでコーヒーが飲めなかったんです。当時、LAに短期留学に行っていたのですが、街でどのお店に入ったらいいかも分からず、日本にもあるコーヒーチェーン店に入って、カフェラテを頼んだんです。その時は、正直味の良し悪しはわかっていなかったですが、『あれ、ラテなら飲めるじゃん!』となったんです」
それがバリスタを目指すきっかけにもなったそうだが、コーヒーの仕事をするうちにも「ラテが入り口」という気づきがあった。
「コーヒーでも、いきなりハンドドリップのスペシャルティコーヒーから入る人ってまずいなくて。カフェラテから飲んで、その味に親しんでいくうちに香りの高さとか味わいの深さ、いわゆる普通のコーヒーとの違いに気付いていく。今度は豆の産地を知り、淹れ方にこだわっていく。そうやって、どんどんステップアップしていくんです」
そうしたステップアップが起こるために重要なのが、素材へのこだわりだという。[Satén]の抹茶ラテは、抹茶と牛乳のみを使用するという究極にシンプルなもの。使用するのは、京都宇治の製茶辻喜の高品質な抹茶。とてもポップな抹茶ラテというメニューだが、実は抹茶に合わせて牛乳を選ぶなど、日本茶のお店としてのこだわりが隠れている。カジュアルに、でも崩しすぎずに抹茶を楽しめる最適解が抹茶ラテといえそうだ。
抹茶って何?というのを体験してもらう場
今年10月、日本で唯一の抹茶ラテアート大会「Japan Matcha Latte Art Competition」が、原宿で行われた。4回目となる今大会には総勢53名がエントリーし、選考を通過した8名が優勝を争った。出場者は皆コーヒーが本職。会場には若い男女の姿が目立ち、その雰囲気はとてもカジュアルでストリート的。生み出されるラテアートを若者がこぞって覗き込み、いい意味で日本茶イベントという感じがなかったといえる。小山さんが、[Satén]だけにとどまらず、周囲の人々を巻き込みお茶の活動を広げる理由とは。
「最近、抹茶ラテやお抹茶を出しているところは増えているのですが、『そもそも抹茶って何?』ということを説明できる人って、意外と少ないと感じているんです」と真剣な表情で語る小山さん。大会を行う目的は、奥深いところにありそうだ。
「抹茶をメニュー化したいというお店さんが増えていますが、他のドリンクメニューと同じように、予算ありきで原料である抹茶を選ぶだけというケースも増えると思います。飲み手や淹れ手がどんな味わいや香りを求めているかによって、どんな抹茶使えばいいかも変わりますし、もっとクオリティの高い抹茶ラテが作れる可能性って実はもっとあると感じています」
“この抹茶ラテ、美味しいな”が、“美味しい抹茶って違うんだな”につながる。だからこそ、クオリティにこだわる。
一方で、抹茶を点てるという行為をしたことがない人も多い。そもそも、どうつくられるのか、粉末茶と違うのか。筆者自身もその一人だったが、抹茶が何か知らない人は意外と多い。
「抹茶が何か知らないという状況は日本国内にこれだけあるので、世界的に見たらもっと大きくなっているはず。それをちゃんと伝えるために、大会では[辻喜]さんの抹茶を使わせてもらっているんです。バリスタの方々に『自分たちが今使っている抹茶がどんなものか』っていうのを問いかけるための大会でもあるんです。予選通過者には、練習用として[辻喜]さんの抹茶を送るのですが、皆さん驚愕するんです。それまで使っていた抹茶とは味わいや香りはもちろん、色合いがが違うと。そうなると、どうやって点てたらいいのか、どういう手順やスチーム度合いにしたらラテアートが描きやすくなるのかっていう試行錯誤が始まるんです」
日本茶業中央会による「覆下栽培した茶葉を揉まずに乾燥した茶葉(碾茶)を茶臼で挽いて微粉状に製造したもの」という抹茶の定義を「Japan Matcha Latte Art Competition」でも守るということは、小山さんの隠れたポリシーなのだそう。
今大会で優勝した松本勇気さんの決勝でのラテアート。「アートだけでなく時間が経っても泡が浮くなどの変化がないのが上手い証。自分にはできないレベルです」と出場者を称える小山さん
優勝者を決めるだけではないのがこの大会。大会を機に、より品質の良い抹茶を使用するようになった店舗や、抹茶ラテアートのセミナーを行いさらなる広がりに貢献してくれているバリスタもいるという。「品質の良い抹茶を流通させたい」という小山さんの想いが着実に実っている。
「今って、自分のアカウントで発信することができる分、ただ流行っているからというだけではなく、ちゃんと品質を見ている人が増えていると思います。そういうことが世界的に起こってくれたら、抹茶の品質が上がり、ひいては日本茶も見直されてく。そういう流れができることを目標にしています。でも、見える部分はあくまでポップに!」
笑顔を絶やさない小山さんだが、その笑顔の裏には深い意図があるのだと気付かされた。
最近では、お店クオリティの抹茶が家庭でも楽しめる「抹茶スティック」を商品化。では、ぜひうちでも抹茶を飲んでみたい。後編では、お家でも美味しく楽しめる抹茶の点て方を伝授いただく。
小山和裕|Kazuhiro Koyama 株式会社抽出社代表。[茶茶の間]などを経て、吉祥寺の日本茶とコーヒーの店[UNI STAND]の店長を務めたのち、バリスタの藤岡響氏と西荻窪に[Satén japanese tea]を開業。シングルオリジンのお茶から抹茶ぷりんまで幅広いメニューで人気店となる。店舗のプロデュースや「Japan Matcha Latte Art Competition」の運営など、活躍の場をますます広げている。saten.jp instagram.com/saten_jp (Satén japanese tea)instagram.com/matchalatteart_japan (Japan Matcha Latte Art Competition)
Photo: Eisuke Asaoka Text: Mika Kobayashi Interview & Edit: Yoshiki Tatezaki